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あいまいなあいをさけぶ

インターハイ県大会予選。白鳥沢学園は、1年生ながらスタメンで出場した牛島の活躍もあって順調に勝ち進み、あっと言う間に優勝した。本当に言葉通り「あっと言う間」の出来事だった。


「やったね。優勝したね」
「全国制覇の通過点にすぎない」
「ふふ…そうだね。あ、私忘れ物しちゃったみたい。牛島君、先に行ってて」


ロビーでそんなやり取りを交わした名前は応援席へ戻る。ポケットに入れたはずのスマホがないことに気付いたからだ。
急いで戻ると、先ほどまで名前が座っていたところには、スマホが置き去りになっていた。誰かに取られたりしていなくて良かった。名前はホッとしながらスマホをポケットに入れ、皆のところに戻ろうとした。しかしその時、名前の前に、すぅっと背の高い男が現れた。
随分と整った顔立ちのその男には見覚えがある。身に纏うジャージは白と薄緑色。薄茶色のふわふわした髪の毛と作り物のような綺麗な顔。間違いない。その男は青葉城西の及川徹だった。及川は名前に人懐こそうな笑顔を向ける。


「その制服、白鳥沢だよね?1人?」
「忘れ物を取りに来ただけです。もう戻ります」
「戻っちゃう前にさ、俺と連絡先交換しない?」
「どうして?」
「可愛いなーと思ったから。…名前、教えてよ」
「すみません、急いでいるので」


確かに及川はイケメンだと思う名前だったが、少々軟派すぎる性格には好感が持てなかった。どうにかしてその場から去ろうとするものの、自分よりも明らかに大きな男を前に、名前はなかなか振り払うことができない。
そんな時、名字、と。名前を呼ばれた。聞き慣れたその声の持ち主は、及川の背後にぬうっと現れる。牛島だ。


「…及川。うちのマネージャーに何の用だ」
「これはこれはウシワカちゃん。この子、名字ちゃんって言うんだね」
「何の用だときいている」
「別にー?ちょっとお話してただけだよ。ね、名字ちゃん?」
「え、あ、はい……?」


突然名前を呼ばれ困惑しながら答える名前を見て、牛島は眉を顰める。そんな牛島を見て、何やら勘付いたらしい及川は、1人でほくそ笑んだ。なるほど、そういうことなのかな?ウシワカちゃんも隅に置けないねぇ…。そんなことを考えている及川の頭の中など、2人には分かるはずもない。


「何をそんなにピリピリしちゃってるの?」
「うちのマネージャーに手を出すな」
「ふぅーん…ホントにマネージャーだから、なの?」
「何が言いたい」
「別にー?でもこれだけは言っとくよ。名字ちゃん可愛いから、放っておいたら俺が奪っちゃうかもね?」
「馬鹿げた話だな」
「女の子の扱いだったらウシワカちゃんより優れてる自信あるよ。まあバレーでも負けないけどね」
「……名字、行くぞ」
「えっ、ちょ、牛島君?」
「またねー名字ちゃん」


牛島と及川の一触即発とも言えるようなやり取りをオロオロ見つめていた名前だったが、牛島が手首を掴んで強引にその場を立ち去ったことにより事態は収束した。背後でにこやかに手を振る及川のことなど、名前には気にしている余裕がなかった。大股で歩く牛島に連れられているため、名前は小走りで必死に後を追わざるを得なかったのだ。
ロビーまで来たところで、漸く牛島は名前の腕を解放した。どことなく纏っている空気が刺々しい。自分がもたもたしていたから牛島を怒らせてしまったのだろうか。迷惑をかけてしまったからイライラされているのだろうか。名前の心の中には暗雲が立ち込める。


「牛島君…」
「及川には今後近付くな」
「え?どうして?」
「どうしてもだ」
「今日はたまたま声をかけられただけだし、大丈夫だよ」
「駄目だ」


牛島は自分がなぜこんなにも及川にイライラしているのか分からなかった。バレーのことで挑発されても冷静に対処できるのに、名前のこととなると冷静でいられなくなっている。
明らかに及川を危険視している牛島を不思議に思う名前は、冗談めいて言った。


「そんなに心配なら、牛島君が守ってくれたら良いのに」
「……、」
「なーんて……ごめんね、冗談」
「分かった」
「うん?」
「俺が名字を守ればいいんだな」
「え、いや、それは冗談で…」
「試合中以外は俺から離れるな。分かったな?」
「え……あ…はい…?」


名前の返答に満足そうに頷いた牛島は、他の部員達が集まるバスの方へ歩き出した。ぽかんと呆けている名前は、自分の顔がみるみるうちに熱くなっていくのを感じていた。
先ほどの牛島のセリフは、まるで告白のようだった。牛島はそんなつもりで言ったわけではないのかもしれないが、意識してしまうには十分すぎるそれに、名前は戸惑う。前にもこんなことがあった。保健室での出来事だ。
牛島はいつも真っ直ぐな言葉をぶつけてくるが、その言葉にどんな意味があるのかは不明である。特別な意味を孕んでいるのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。期待したら傷付くかもしれないが、それでも期待したくなる。
名前は熱くなった顔を隠すように俯くと、そのまま無言でバスに乗り込んだ。牛島とは、離れた席に座った。そうしなければ気持ちの整理ができなかったからだ。
合宿の時のように流れに身を任せて、いや、流れなどなくても名前は自分の隣に座るだろうと思っていた牛島が、人知れず少しばかり落胆していたことなど知りもせずに。



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