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夢幻唯心論

結局それから、牛島と名前は会話すらすることなく解散した。その日以降も、なんとなくどう接したら良いのか分からない2人は、どことなくぎこちない。
牛島は自分のことをどう思っているのだろう。名前はそんなことを考えていたが、直接本人に尋ねる勇気はなかった。一方の牛島も、バレーに打ち込んではいるものの、ふと気付けば名前のことを考えていた。
そんなある日の部活前、牛島はとうとう部室で天童に尋ねられた。


「若利君と名前ちゃん、喧嘩でもしたのー?」
「いや、そんな覚えはないが」
「でも最近おかしくない?なんかあったの?」


牛島は何をどう説明したらいいのか分からず、結局、試合会場でのことを包み隠さず話した。何にせよ、秘密にするようなことではないと思ったからだ。天童はその話をきき、ニィ、と笑う。実は部室にいた大平と瀬見も、天童同様に薄く笑っていたことに、牛島は気付いていない。


「若利君は名前ちゃんとどうなりたいの?」
「どうなりたい?というと?」
「若利。及川に名字を取られたらどうするんだ?」
「それは何としても阻止する」
「なんで?マネージャーだから?」
「……それは違うな」


いつの間にか、きいているだけだったはずの大平と瀬見も会話に参加していた。2人の成り行きが気になるのは、天童だけではないのだ。
3人からの質問に答えながら、牛島は自分の気持ちを整理した。及川に挑発されて不覚にもイライラしてしまったのはなぜだろうか。他のマネージャーが同じように声をかけられていても、助けこそすれ、きっとイライラすることはなかっただろう。名前のことになると、どうも自分は制御できなくなる。
それはつまり、もしかしなくても、


「俺は名字のことが好きだ」
「気付いちゃった?」
「若利……!」
「おお…!」


牛島の言葉に、3人は目を輝かせた。焦れったい関係に漸く進展が見られたのだ。しかも恋愛事に疎いであろうあの牛島が、自らの力で「好きだ」という気持ちに気付いたという事実。そりゃあ喜ばずにはいられない。
余談だが、その日の部活はいつにも増して1年生陣が絶好調で、マネージャー陣を含め先輩達がひどく驚いていたのだが、名前はその理由を知る由もない。
さて、その部活も終わり、牛島は日課となっている自主練習に励んでいた。名前もまた、マネージャー業の一環として牛島の自主練習に付き合うのが日課となっており、ボール拾いに精を出している。お互いにぎこちない関係になっているとしても、部活には私情を挟まないのが2人の暗黙のルールみたいなものだ。
自主練習を終え、牛島は名前に声をかけた。


「名字、話がある」
「え…と、帰りながらでも良い?」
「構わない」


突然のことで動揺する名前だったが、牛島に話があると言われればきかずにはいられない。牛島が着替え終わるのを待つ間、名前はなんとも言えない緊張感に包まれていた。
2人で寮まで歩く道のりは精々5分ほどだ。話がある、と言ったものの、何をどう切り出せばいいのか全く考えていなかった牛島は、その5分で何も話せずに終わってしまった。寮に着いてしまったのである。


「牛島君、話って…」
「ああ、それなんだが……」


寮の出入り口で漸く話を切り出した牛島だったが、場所が場所だけに、寮生がワイワイ騒ぐ声がうるさい。ここで伝えるのは違う気がする。牛島は口籠もった。


「ここ、賑やかだね。私の部屋で話す?」
「いいのか」
「どうぞ。あ、食堂でご飯食べる?」
「いや、いい。話が先だ」


食事のことは後で良い。今は名前に自分の気持ちを伝えることが先だ。牛島は分かっていた。ここで伝えなければ、またズルズルと何もせぬまま過ごしてしまう、と。
名前は牛島のただならぬ決心に再び緊張しながらも、自分の部屋へと招き入れた。なんとなくお互い正座で向かい合う。
牛島は名前の部屋に行くまでの僅かな時間で考えていた。何をどう伝えるべきか。そして考えた結論を、そのまま口にした。


「名字、」
「はい」
「俺はお前が好きだ」
「えっ…、」
「色々考えたんだが、名字が他の奴のものになるのは嫌だと思った」
「は、い……」
「名字の気持ちをきかせてほしい」


まどろっこしい言い方は性に合わない。というか、まどろっこしい言い方などできなかった。牛島にとってこれは、初恋だったからである。
一方名前は、ド直球な牛島の告白に戸惑いが隠しきれずにいた。牛島の気持ちは勿論嬉しい。しかし、自分で良いのだろうかという躊躇いもあったのだ。
名前は知っての通り、自分が牛島のことを好きだという自覚をしていた。しかし名前にとって牛島は雲の上の存在で、好きだという気持ちと同じぐらい尊敬に近い感情があった。それゆえに、今後、確実に高校男子バレー界を背負って立つ男の相手が自分なんて…と、思わずにはいられなかったのである。


「牛島君はすごい人だから…私なんかで良いのかなって思う」
「?何を気にしているのか分からない。名字は俺のことが好きなのか嫌いなのか、それだけだろう?」
「それは……好き、だけど…」
「なら問題ない。俺のものになればいい」


牛島はすっきりした顔をして、そう言ってのけた。牛島にとって自分に釣り合うかどうかなど問題ではない。自分のことをどう思っているか。ただそれだけが大事なのだ。
名前はその言葉をきいて、自分がごちゃごちゃ考えているのが馬鹿らしくなった。そうだ、牛島の言う通りだ。自分が好きだと思っているなら傍にいればいいだけのことではないか。何も迷う必要はない。


「牛島君、ありがとう」
「何がだ?」
「私のことを好きになってくれて」
「そんなことか」
「ふふ…これから宜しくお願いします」
「ああ」


こうして2人は、晴れて恋人同士になったのだった。



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