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はやく心中しませんか

相変わらずクラスでは牛島と名前の恋人説が囁かれているものの、噂は徐々に落ち着きつつあった。まだ75日は経過していないが、このまま噂は噂のまま消え去りそうで、名前は安堵する。ちなみに足の捻挫はすっかり良くなり、名前はマネージャー業も普段通り行えるまでに回復している。
インターハイの県大会予選が目前に迫る中、部活はいつも以上にハードになっていた。しかしそれでも、牛島は練習し足りない。まだ打ちたい。まだボールに触れていたい。そんな欲望が収まらないのだ。そこで牛島は、先輩の許可を得て部活終わりにも自主練習に励んでいた。
名前はそんな牛島を見て自分にも何かできないだろうかと考え、ボール拾いぐらいならできるかもしれないという結論に至った。牛島には声をかけず、名前は邪魔にならないようにさり気なくボール拾いをする。


「名字、帰らないのか」
「あ、うん…牛島君こそ、1人で自主練なんて偉いね」
「俺は自分がやりたいことをやっているだけだ」
「うん、知ってる。だから私も、やりたいことをやってるよ」
「ボール拾いをやりたいのか?」
「うん」


牛島は不思議に思いながらも、名前がやりたいようにすれば良いという考えに至り練習に戻った。そんな牛島を見て、名前もボール拾いを再開する。
それから暫く、広い体育館で2人だけの時間が過ぎた。漸く自主練習を終えた牛島が名前に声をかける。


「結局、最後までボール拾いをさせてしまったな」
「最初からそのつもりだったから。自主練、お疲れ様」
「名字は寮だろう?着替えてくるから待っていろ」
「え…」
「送る。どうせ俺も寮に帰るんだから問題ないだろう」
「ありがとう」


そんなやり取りをしてから程なくして、着替えを済ませた牛島が名前の元にやってきた。学園から寮まではそれほど離れていないものの、すっかり暗くなった夜道を女性1人で歩くのはやっぱり怖いものがある。名前は、隣を歩く牛島に頼もしさを覚えていた。


「練習沢山したから、お腹すいたでしょう?」
「ああ」
「……牛島君、夜ご飯どうするの?」
「食堂で食べるつもりだが」
「今日の夜は8時までしかあいてないよ?もう8時過ぎちゃったけど…」


牛島は思わず立ち止まった。練習に没頭するあまり、時間を確認していなかったのだ。これでは夜ご飯にありつけない。さて、どうしたものか。考え込む牛島に、名前が声をかける。


「良かったら私の部屋に来る?夜ご飯、ごちそうするよ」
「……いいのか?」
「うん。この前の足の手当てのお礼も兼ねて」
「そうか…それは助かる」


今の牛島にとって、名前の提案は思ってもみない助け舟だった。コンビニに弁当でも買いに行こうかと考えていたが、名前の手料理が食べられるならそちらの方がずっと良い。
2人はそろって寮に帰ってくると、名前の部屋へ向かった。名前の部屋へ入った牛島は妙な違和感を覚える。自分の部屋と同じ造りであるはずなのに、家具の配置や色味が違うだけで全く異なる空間であることが、どうにも落ち着かなかったのだ。
そもそも牛島は、今まで女の子の部屋に入ったことがない。だから、これが女の子の部屋なのか…という社会勉強みたいな気分にもなっていた。


「好きなところに座ってね。すぐにご飯作るから待ってて」
「ああ…すまない」
「どうして謝るの?私がお誘いしたんだから気にしなくていいのに」
「…そうか」


そんなやり取りを終え、名前は夜ご飯作りに取りかかったが、牛島はやることがない。テレビにも興味がない牛島は、考えた挙句、立ち上がって名前の元に行くと、背後から名前が料理をする様を眺め始めた。


「見てて楽しい?」
「料理とはどうやってするものなのか観察していた。キャベツの千切りは一般人にもできるんだな」
「えっ…うん、できるよ……」
「料理人にしかできないと思っていた」
「牛島君って頭良いのに世間知らずなところがあるよね」
「そうか?」


クスクス笑いながら手を動かす名前に、牛島は首を傾げる。よく分からないが名前が笑っていることに悪い気はしなかったため、牛島はそのまま作業を眺め続けた。
暫くすると、牛島にも何を作っているのか分かってきた。どうやらハンバーグを作ってくれているらしい。牛島はまたもや驚いた。ハンバーグがこんなにも短時間で素人が作れるものなのか、と。


「ご飯も炊けたから、牛島君はあっちに座って待ってて。盛り付けたら持って行くね」
「分かった」


そうして数分後、牛島の目の前には湯気を立てた焼きたてのハンバーグと千切りキャベツがのったプレートと卵や野菜がたっぷり入ったスープ、ほかほかの炊きたてご飯が並んだ。まるでお店の定食のようである。


「遅くなってごめんね。どうぞ召し上がれ」
「いただきます」


礼儀正しく手を合わせてから、牛島は料理を口へ運ぶ。合宿の時にもお弁当のおかずをお裾分けしてもらった時にも思ったことだが、名前の料理は美味しい。牛島は無言で箸をすすめた。
そんな牛島を見て嬉しそうに微笑んだ名前も、ゆっくりと食べ始める。はたから見れば、まるで夫婦のような光景だが、生憎この空間には2人しかいないため、ツっこむ者は誰もいない。


「おかわりまだあるよ。いる?」
「……いる」
「ハンバーグも食べるよね?」
「いいのか」
「どうぞー」


結局牛島は、ご飯を山盛り3杯とスープを2杯、大きめのハンバーグを3つ、綺麗にたいらげた。名前は多めに作ったつもりだったのだが、綺麗に全てなくなったのを見て、さすがに驚く。高校生男子の食欲とは凄まじいものがある。
食後、テキパキと食器の後片付けをする名前の姿をぼんやり見ながら、牛島は思った。こんなにも穏やかで落ち着いた気分になるのは久し振りだ、と。しかも、初めて訪れた女の子の部屋で。不思議なことに牛島は、名前といると常に心が安らぐのを感じていた。


「お腹いっぱいになった?」
「ああ。悪かったな。遅くに俺の分まで作らせてしまって」
「1人で食べるより誰かと食べた方が美味しいよ。牛島君の気が向いたら、またいつでも遊びに来てね」


名前の発言に、牛島は考え込む。これは喜んでいいことなのだろうか。自分は正真正銘の男だ。既に長居してしまっている時点でこんなことを思う資格はないかもしれないが、女子の部屋に男が来るというのは特別なことではないのだろうか。自分は、もしかして男として意識されていないのではないだろうか。


「名字、俺は男だが」
「うん?わかってるよ」
「それでも、来ていいのか」
「いいよ。牛島君だけは特別に」
「…それはどういう意味だ?」
「ふふ、そういう意味だよ」


笑う名前に、またも見惚れる。肝心なところで鈍い牛島には名前の言葉の真意が分からなかったが、自分の胸の高鳴りには気付いていた。一緒にいて、名前の存在を意識し始めると、鼓動が速くなっていく。
実は名前も牛島と同様にドキドキしているのだが、お互いにそんなことには気付くはずもなく。天童あたりが見たら、焦れったーい!と叫んでしまいたくなるような空気が部屋中を埋め尽くしていたが、2人がそれに気付くことはない。



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