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誰が砂糖を溢したの?

翌日、予想通りと言うべきか、体育館での一件から牛島と名前は付き合っているらしいという噂が流れていた。真相を尋ねられては、付き合っていない、と繰り返し答える名前だったが、照れ隠しとでも思われているのか、なかなか信じてもらえない。
名前の足は、牛島の迅速な応急処置によって軽い捻挫で済んだ。そのことには感謝しているものの、名前はこの現状に頭を抱えるしかなかった。人の噂も75日とはよく言ったものだが、75日なんて長期間、ほとぼりが冷めるまで待つのは忍耐力がいる。せめて1週間程度で消えてくれないものか。そう思わずにはいられなかった。
そんな名前とは対照的に、牛島は全くと言っていいほど普段と変わらない様子だった。それもそのはず。クラスメイト達は、名前をからかうことはあっても、牛島にはその話題を持ちかけることすらしていなかったのだ。厳かなオーラを持つ牛島をからかう勇気は、誰にもないらしい。
元々、周りがどんな噂をしていようが我関せずというスタンスを取っていた牛島は、まさか自分が噂の根源となっていることなど気付きもしなかったのである。ある意味とても幸せなタイプだ。
昼休み、そんな2人の元に来訪者が現れた。噂を聞きつけたらしいバレー部の天童と瀬見である。


「わっかとっしくーん!食堂でご飯だよね?俺達も一緒にいい?」
「ああ」
「名字も行こーぜ」
「えっ、私は…お弁当だし」
「食堂でお弁当食べればいいじゃーん!みんなで楽しくお昼ご飯!はいはい行くよー」


人の話をまるっと無視した天童に捕まり、名前はお弁当を持って食堂に行くことになってしまった。できることなら牛島とは別行動を取りたかったのだが仕方がない。まあ、牛島と2人きりで食べるわけではないからいいか。そう自分を納得させる。
昼休みの食堂は混み合っていたが、長身の男子3人組はスイスイと進んでいく。名前も3人に囲まれているお陰か、比較的スムーズに席につくことができた。


「若利君は昼ご飯ほぼハヤシライスだよね」
「美味いからな」
「たまには定食とか食えば?種類多いし美味いのに」
「たまに食べている」
「1ヶ月に1回とかじゃなーい?」
「牛島君、ハヤシライスしか食べないの?」


名前の問いかけに、牛島は静かに頷いた。牛島の好物はハヤシライスだ。それゆえに、天童の話によると、昼ご飯はほぼハヤシライスらしい。朝晩は寮の食堂でバランスの取れた食事を摂っているようだが、そうだとしても、なんとも不摂生である。スポーツマンとしてはいただけない。
そんな牛島を気遣ってか、名前は自分のお弁当の中に入っていた卵焼きやポテトサラダを、牛島が食べるハヤシライスの皿の隅に置いた。気休め程度にしかならないが、野菜を何も食べないよりはマシだと思ったのだ。この行動には、さすがの牛島も驚く。


「嫌いなのか」
「違うよ。ハヤシライス以外のものも食べた方が良いと思って。お裾分け」
「いいのか?」
「うん、どうぞ。お口に合うか分かりませんが」
「名字の料理が美味いのは知っている」


牛島は好意に甘えて、お裾分けしてもらったものを食べる。合宿の時にその料理の腕は確認しているが、相変わらず美味しい。
名前は牛島と同じく寮生だ。女子で寮に入るのは珍しいことなのだが、実家が遠いため通学は難しいらしい。寮生は基本的に寮内の食堂を利用する者がほとんどだが、それぞれの部屋にはキッチンが備え付けられているので自炊も可能だ。名前は寮でも数少ない、自炊するタイプの人間だった。だから、お弁当も勿論手作りである。
そんな名前の作ったおかずを咀嚼しながら、牛島はあることに気付いた。これでは名字の食べるものが減ってしまう。それはよくない、と。


「名字、これを食え」
「えっ、それは牛島君のハヤシライスでしょう…?」
「そうだ。おかずを分けてもらった分、返さなければならない」
「いいよ、そんな大した量じゃないし…」
「俺がよくない」


スプーンにのせられたハヤシライスを目の前に出され、名前は困り果ててしまう。しかし、いくら断り続けても、牛島は引き下がりそうにない。それならばいっそ、一口だけもらってしまえばいいか。
名前は意を決して目の前のスプーンをパクリと口に含んだ。牛島は満足そうに頷き、食事を再開する。


「ありがとう、美味しいね」
「そうだろう」
「あのー…お2人さん?俺達の存在、忘れてなーい?」
「お前らって、やっぱり付き合ってんの?」
「まさか!」
「付き合ってはいない」


牛島と名前のやり取りを静かに見ていた2人が、やっとのことで口を挟んだ。瀬見はその様子を見て噂は本当だったのかと思い、確認の意味で質問を投げかけたつもりだったのだが、2人の否定の言葉に唖然とする。
つい数分前、自分の目の前で繰り広げられた行為は、所謂恋人同士がやるような、あーん、というやつではなかったか。付き合ってもいない男女が行うようなものだっただろうか。瀬見は答えを求めて、隣の天童へと視線を送った。
天童も何やら難しそうな顔をしているところを見ると、瀬見と同じことを思っているのだろう。2人の言動は奇想天外な行動を取ってばかりの天童ですら理解に苦しむようだ。


「うん。分かったよ。付き合ってないんだネ」
「そうだよ」
「でもなんていうかさぁ…とりあえず、ゴチソウサマデシタって感じ?」
「天童、まだ唐揚げが残っているぞ」
「違ぁーう!そういう意味じゃないんだよ若利君!」
「天童、諦めろ。飯食おうぜ」


天童の言葉の意味を理解した名前は、何も言わずに黙々とお弁当を食べていた。なんとも言えない甘ったるい空気を感じていないのは、ハヤシライスを綺麗に食べ終えた牛島だけのようで、天童は密かに思った。
これは前途多難だな。



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