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無意識の射殺

その日の体育は、男女ともに体育館で行われていた。男女別々の種目を行うのだが、頼りないネットでしか仕切られていないため、お互いの様子は丸見えである。
男子はバスケをやるようだ。牛島は知っての通りバレーで有名だが、その恵まれた体格ゆえに運動に関することならば全般的に秀でている。現に牛島は、他の男子達を寄せ付けず、ゴールにシュートを決め続けていた。
そんな牛島を、名前はネット越しに見ていた。やっぱりなんでもできちゃうんだなぁ…と小さく呟く名前を、友達は怪訝そうな顔で見つめる。この子は牛島に恋をしているのだろうか。そんな風に観察していたのである。
その時、牛島が名前の方を見た。名前は牛島を眺めていたものだから、当然のように自然な流れで目が合う。名前は反射的に、にこりと笑顔を見せた。
なぜ笑顔を向けられたのか分からない牛島は、どう反応するのが正解か分からず、再びバスケの試合に意識を戻すしかない。しかし、バスケをしながらも過ぎる名前の笑顔。やはり牛島にとって名前は特別な女の子に違いなかった。


さて、一方で女子の種目はバドミントンだ。なかば本気で試合に臨んでいる男子達とは違い、女子特有の緩い雰囲気で試合が展開されていた。先生は緊急会議とやらで不在のため、雑談に花を咲かせている集団も見られる。名前は暫くバドミントンをしていたが、友達に誘われるまま体育館の隅で雑談を始めていた。
話す内容といったら、授業のことや先生のこと、部活のこと、そして恋愛関係のことだ。入学してまだ数ヶ月しか経っていないというのに、彼氏はできたか、カッコいい人は見つけたか、気になっている人はいないかなど、この手の話は大いに盛り上がる。
名前は聞く側に徹し、自分に振られた話は上手に受け流していた。たとえ牛島のことを特別視しているとしても、現段階でそれを誰かに知られたくはない。そう思ってのことだった。
そのため名前は深く追求されることを防ぐために、暫く雑談に付き合った後、頃合いを見計らってバドミントンをしようとコートに戻った。しかし、そこで思わぬハプニングが発生する。試合をしていない男子達がふざけて投げ合っていたバスケットボールがネットを突き抜けて、あろうことか名前の足に直撃したのだ。


「いっ、た…」
「名前!大丈夫?」
「うん。大丈夫大丈夫…痛っ…」
「挫いちゃったの?」
「そうかも…」
「ちょっとー!男子のせいで名前が足挫いちゃったじゃーん!」
「いいよ、大丈夫だから」


なかなかの球威で当たったため、どうやらコケた拍子に足を挫いてしまったらしい。名前は皆に心配をかけまいと、大丈夫、と繰り返してはいたが、実際のところ足には鈍い痛みが走っている。それでも、ボールを投げた張本人である男子が申し訳なさそうに謝りに来たら責めることはできない。名前は周りに悟られない程度に無理矢理笑顔を作った。
既に数人の生徒が集まってきていることで、なんだなんだ、とザワつき始めているものの、これ以上の騒動になるのは避けたい。とりあえず保健室に行こう。そう思った名前が立ち上がろうとした時、視界が暗くなった。暗くなったのは、目の前に牛島が立っており影を落としていたからだ。


「あの…牛島君?」
「名字、足を挫いたんだろう」
「大丈夫だよ、大したことないから…」
「駄目だ。保健室に行くぞ」
「え、ちょっと、牛島君!?」


ふわり。身体が浮いたかと思うと、名前は牛島に抱き抱えられていた。所謂、お姫様抱っこである。体育館内にいる男女の視線が一気に集まるのを感じた名前は、思わず俯く。
騒動になるのは避けたかった。だからこの場を立ち去ろうとした。だから保健室に連れて行こうとしてくれるのは有難いし間違った行動ではないのだが、その方法が大胆すぎる。これでは違う意味で大騒動だ。


「牛島君、みんなに見られてるから…歩くよ、私」
「挫いているんだろう。歩かせるわけにはいかない」
「でも、見られてるし、」
「問題ない」


牛島としては、足を挫いているのに無理に歩かせるわけにはいかない、という心理が働いたがゆえの純粋な行動だった。何度も言うように、そこに間違いはない。
しかし名前の方からしてみれば「問題あり」だった。クラスメイト達に注目されている。なんてったってお姫様抱っこだ。人生の中で誰かにお姫様抱っこをされる経験なんてそうそうない。
しかし牛島は、そんな名前の気持ちなど知る由もないので、周りの目を気にすることなく、そのまま体育館を出て行った。幸いにも、授業中ということで保健室までの道のりで誰も出くわさなかったことは、名前にとっての救いである。
保健室に到着すると、牛島は漸く名前を下ろした。先生は見当たらない。保健室の先生も会議に参加しているのかもしれない。


「いないな。手当てをしよう」
「え、牛島君が…?」
「テーピングをして冷やそう。早く手当てしないと腫れがひどくなる」
「うん…ありがとう」


長年バレーをしているため慣れているのか、牛島はテキパキとテーピングを巻いていく。アイシングを行っている間の沈黙を気まずく感じた名前は、牛島に声をかけた。


「もう大丈夫だから…牛島君は戻っても良いよ」
「アイシングが終わったら包帯を巻かないといけないだろう」
「…そうだけど。みんなに色々言われちゃうよ?」
「色々とは何だ」
「…付き合ってるんじゃないか、とか」
「言わせておけばいい。今は手当ての方が大事だ」
「ありがとう…牛島君は優しいね」
「誰にでもこんなことをするわけじゃない」
「え…?どういうこと?」
「名字は大事なマネージャーだ。今日は念のため病院に行った方がいい。部長には俺から言っておく」
「あ、うん…」


牛島の淡々とした物言いに、名前は頷くことしかできなかった。名前は、ほんの少しでも自分だけが特別かもしれないと思ってしまったことに、恥じらいを感じていた。牛島はマネージャーだから気にかけてくれたのだ。それ以上の意味はない。しかし、大切なマネージャーとして認識されていただけでも十分じゃないか。そう言い聞かせる。


「よし、包帯を巻こう」
「…うん」
「どうした?痛むのか」
「ううん、大丈夫だよ」
「名字は大丈夫しか言わないな。辛い時は言えばいい」


飾らない牛島の言葉が優しくて、けれど、その言葉に深い意味はないのだと思うと残酷で。名前は複雑な心境の中、自分の足に丁寧に包帯を巻く牛島を見つめていた。
大きくて、骨ばっていて、男らしい手。その手に少し触れられるだけでトクントクンと胸が弾んでいることなんて、牛島は気付かないのだろう。気付いてほしい。いや、気付かない方がいいかな。名前の胸中はまた複雑な思いでぐちゃぐちゃに絡まっていった。



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