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盲目のフリをしようか

翌朝、前日の夕食と同様、非常に美味しく栄養バランスも整っている朝食を取った部員達は、そそくさと体育館へ向かう。朝5時半起床、ランニングを済ませた後に朝食、そして体育館での練習。強豪校であれば当たり前と思われるかもしれないが、これらの基礎練習はなかなかにハードである。
そしてそれらを周りで支えるマネージャー陣の仕事もなかなかにハードだった。朝食作りのために選手達と同様5時半起床。朝食の後片付けを手早く済ませたら、普段の部活の時と同じくマネージャー業務をこなさなければならないのだ。
ハードな練習をこなす部員達をサポートするべく、名前は弱音も文句も言わず、ひたすら業務をこなしていく。スポーツドリンクの準備、ボール拾い、スコアカウント等々…マネージャー業は山ほどある。ハードな業務に奔走しながらも、部員達の休憩のたびに笑顔でタオルとスポーツドリンクを渡すのも欠かさない。
牛島はそんな名前を無意識に目で追っていた。どのマネージャーも名前と同じことをしているのは分かっている。それでも、部員達のためにセカセカと働く姿には好感が持てると改めて感じていた。


「はい、タオル」
「ああ…」
「練習キツそうだね」
「大したことはない。マネージャーの方が大変そうだが」
「そんなことないよー。それこそ、大したことない」
「そうか」
「残りの練習も頑張ってね!美味しい昼ご飯作るから!」
「楽しみにしている」


休憩の終了を告げる号令がかかり、牛島は再び練習に戻った。単純なことに、名前の応援の言葉が活力となった牛島は、それまで以上に調子を上げて練習に励むのだった。


◇ ◇ ◇



昼食もマネージャー陣手作りのおにぎりや細々としたおかずを例の如く美味しくたいらげ、少しばかり練習したら、あっと言う間に帰宅の時刻となった。1泊2日とは一瞬である。
来る時と同様、学年ごとに用意されたバスがあり、牛島は1年生のバスに乗り込んだ。そして、ふと考える。来る時はなんとなく流れで名前の隣に座ったが、帰りはどうするべきだろうか。席は沢山空いている。何も名前の隣に座る必要はない。
隣に座りたくないわけではないが、わざわざ自ら座りに行くのは違うような気がする。直感で行動するタイプの牛島にしては珍しく、自分の行動に迷いが生じていた。
僅かな時間悩んだ結果、牛島は名前の座っている席を通りすぎ、後ろの空いている席に座ることに決めた。一歩一歩、大股で狭い通路を進む。そして、ちょうど名前の隣を通り過ぎようとした時だった。牛島は声をかけられた。他でもない、名前に、である。


「牛島君、ここに座らないの?」
「……邪魔じゃないのか」
「1人だとなんとなく寂しいから、隣に座ってもらった方が嬉しいよ」
「…そうか。名字がそう言うなら座らせてもらう」
「どうぞー」


にこり、という効果音がつきそうな笑顔とともにそう言われれば、牛島も満更ではない。まさか名前の方から隣に座ってほしいなどと言ってくるとは思わなかった牛島は、驚いた反面、他の誰でもない自分に声をかけてくれたことに喜びを感じていた。自分にとって名前が他の女の子とは少し違う存在であるように、名前にとっても自分は他の男子と違う存在として認識されているのではないか。そんな期待を持ったのである。
2人は行きの時と同じく、何かを話すわけでも、何かをするわけでもなかった。それでも不思議と、お互いに居心地が良いと感じていた。リラックスしていた。だからだろうか。
バスが出発して暫く経った頃、牛島は突然睡魔に襲われた。ハードな練習をこなし続けてきたのだから、当たり前といえば当たり前のことかもしれない。ふと気付けば、来る時は騒がしかった車内が今は嘘のように静かだ。ちらりと周りを見渡せば、他の部員達も疲れて眠ってしまっているようである。
牛島は自分の欲求に逆らうことなく眠ることにした。瞼を閉じればすぐにでも意識を手放せる。そんな状態だった。だから牛島は、目を瞑ってものの数秒で眠りについてしまったのである。


◇ ◇ ◇



牛島が目を覚ました時には、学園まであと少しの距離になっていた。自分でも驚くほど深い眠りについていたらしい牛島は、凝り固まった身体をほぐそうと思い上体を起こそうとしたところで、腕に微かな重みを感じて動きを止めた。
隣を見遣れば名前が眠っており、その頭が自分の腕に寄り掛かっている。起きている時には見られないあどけない表情の名前に、牛島の心臓は不覚にも心拍数を上げていた。
こういう表情を「可愛い」と言うのだろうか。盗み見ているようで僅かに罪悪感はあったが、それでも牛島は名前の寝顔から目が離せなかった。
起こすのは忍びない。動かないようにしよう。そう決めた牛島は、バスが学園に到着するまでの間、微動だにしなかった。


そんな2人を密かに見ている人物がいた。天童と大平である。バスの後方に座る2人には、前方に座る牛島と名前の姿がよく見えたのだ。


「ねぇねぇ、あの2人どう思う?」
「ん?若利と名字か?」
「そうそう!いい感じじゃなーい?」
「どうだろうな。あんまり引っ掻き回すなよ」
「そんなこと俺がするわけないじゃーん!見てるだけで楽しいもんネー!」


大平は苦笑する。良い雰囲気であることは分かるが、あの2人にはあの2人のペースがあるのだろう。ここはそっと見守ってやるのがベストだ。そう思った。
恐らく天童もそれなりに節度をわきまえているはずだから、楽しみこそすれ、余計なことはしないだろう。少しばかり首を突っ込むことはあるかもしれないが、2人の関係を壊すようなことはするまい。
バレーをしている時には決して見られない牛島の姿を、まるで子どもを見守る母親のような気持ちで眺める大平は、隣ではしゃぐまた別の子どもを見ながら再び苦笑した。



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