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純情が歪む

学園生活にもバレー部の活動にも慣れてきた頃、土日の2日間を費やして、泊まりがけの遠征が行われることになった。全国トップクラスの強豪校である白鳥沢学園男子バレー部は、こういった遠征が少なくない。学年ごとに1台、専用のバスが用意されているのは当たり前である。
牛島と名前は、1年生専用のバスに乗り込んだ。既にバスの中には生徒達があちらこちらに座っていて、空いている席は少ない。2人は、なんとなくの流れで隣同士に座った。
バスの真ん中より少し前の席。あまり人気のないその付近の席は、後ろの方のガヤガヤが遠くに感じる。


「牛島君、酔わない?窓側と代わる?」
「このままで問題ない」


短いやり取りの末、名前が窓側、牛島が通路側の席に座って落ち着いた。牛島はガタイが良いので窮屈そうに見えたが、座席を倒すこともなく姿勢よく座っている。名前も、昔からの習い事の影響か、背筋をぴしっと伸ばして座っており、後ろで騒つくメンバーとは全く違う雰囲気を醸し出している。
さて、そんな2人を乗せたバスは、予定時刻に出発した。高校1年生ばかりが集まっているバスの中は後部座席付近を中心にとても賑やかだ。主に盛り上がっているのは、やはりと言うべきか天童である。


「そこのお2人さん!バナナ食べる?」
「私はいらないよ。着いたら練習あるのに、今食べて大丈夫なの?」
「バナナはおやつだから大丈夫なんだよーん。若利君は?いる?」
「……いる」


ワイワイガヤガヤ。後ろの席からわざわざ2人の元までやって来た天童からバナナを受け取った牛島は、すぐさま皮を剥き始める。賑やかなバスの中で静かにバナナを咀嚼する牛島の姿は、なかなかシュールだ。
そんな彼を見て小さく笑った名前に、牛島は首を傾げた。何が面白いのだろう。何を見て笑ったのだろう。もぐもぐ。バナナを胃の中に入れるまで考えた牛島だったが、やはり答えは分からなかった。また、答えに辿り着けない疑問が増える。
そんな2人と賑やかなバレー部員達を乗せ、バスは遠征先へと軽快に走って行くのだった。


◇ ◇ ◇



夕方、遠征先に到着するなり、部員達は体育館へと向かった。一方マネージャー陣は調理場に移動し、夜ご飯の準備に取り掛かる。遠征先の宿舎では自炊しなければならないという決まりがあるからだ。食事作りはマネージャーの大切な仕事である。
名前は料理が得意な方で手際も良い。必要最低限のことができる人間でなければならない。両親からの教えによって、名前は自然と、ありとあらゆることが人並み以上にできるようになっていたのである。そんなわけで夜ご飯のカレーやポテトサラダは、いつの間にか名前が中心となって作っていた。
そうして夕方。到着するなりハードな練習をこなした部員達が、お腹をすかせて食堂へやって来る。食欲をそそる匂いに、部員達の期待は高まるばかりだ。そしてその期待を裏切らない美味しさに、皆揃って舌鼓を打つ。


「今回のは特別美味いなあ」
「名字さんがすごく料理上手なの!」
「へー。名字が」


先輩達からも好評なようで、名字は嬉しそうに笑う。その様子を牛島も見ていた。そうか、これは名字が作ったのか。確かに美味い。しいて言うならハヤシライスの方が好物ではあるが、カレーでも十分だ。そんなことを思う。
おかわりは自由。というわけで牛島は、無心で食事を続けていた。そんな、黙々とスプーンをすすめる牛島の元に、名前がやってきて声をかける。


「美味しい?」
「ああ、美味い。名字が作ったんだろう?」
「私だけじゃないよ。先輩達と協力して作ったの」
「そうか。勉強といい、名字は何でもできるんだな」
「そんなことないよ」


謙遜しながらも、名前は照れくさそうに笑っていて嬉しそうだった。様々な名前の表情を見るたびに、牛島の心には言いようのない感情が込み上げてくる。
まただ。また、この感覚。これは一体。考えても分からないと知っている疑問なのに、牛島は自問自答を繰り返す。答えが出ないのは好きではないはずなのに、名前に関する疑問に関しては不思議と、答えが出なくてもいいと思えた。


◇ ◇ ◇



食事を終えた部員達はお風呂を済ませ、消灯までは自由時間だった。マネージャー達は後片付けをしてからお風呂に入るらしい。
牛島は風呂上がりにも自室で筋トレをしていた。暫く腕立て伏せや腹筋、スクワットを行っていたが、ふと、喉の渇きを覚えた牛島は飲み物を買いに部屋を出る。
そこで牛島は、偶然にも名前と遭遇した。


「あ、牛島君。お疲れ様」
「名字か。そっちこそ、後片付けまでして疲れただろう」
「バレーの練習に比べたら全然平気だよ。牛島君は、筋トレでもしてたんでしょう?」
「なぜ分かった」
「牛島君はそういう人だから」


ふわり、笑う表情はいつもより色っぽく感じた。そうか、風呂上がりだからか。牛島は改めて名前をまじまじと見つめた。
風呂上がり特有の蒸気した頬やしっとりと湿り気を帯びた髪、ほんのり鼻孔をくすぐるシャンプーの香り。全てが、名前の女の子らしさを増幅させているように感じた。そしてそれにより、牛島は男としての本能が疼きそうになる。


「牛島君?」
「あ?ああ…風邪をひくぞ。早く部屋に戻った方が良い」
「そうだね。ありがとう。牛島君も早く休んでね…おやすみなさい」


牛島は自分らしくないと思い密かに焦っていたが、名前は特に気にした素振りもなく部屋へ帰って行った。
牛島も健全な高校生男子である。女の子の、それも少し意識している相手の、普段とは違う一面を見れば、胸が高鳴るのは仕方のないことだろう。それでもなぜか、自分がひどく浅ましく感じた牛島は、飲み物を買いに行くことも忘れ、頭を冷やすべくロードワークに行ってしまうのだった。



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