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蜜罰

その日の朝はいつもと違っていた。牛島が名前の部屋に行こうとしたところ、今日は休む、と連絡がきたのだ。なぜかと尋ねれば、風邪を引いたらしく熱があるという。朝練に遅れるわけにはいかないため、牛島は名前のことが気になりながらも1人で体育館へ向かった。
練習には参加しているものの、いつもの牛島より明らかに集中力が低下していることに気付いた部員達は、密かに驚いていた。あの牛島でも、彼女がいないと調子を落とすのか、と。


「若利、名字はどうした?」
「風邪を引いて熱があるから休むと言っていた」
「だからいねぇのか」
「若利君、お見舞い行かないの?」


朝練が終わってから、大平、瀬見、天童が牛島の元にやってくるのはいつものことだ。天童の問いかけに、牛島は首を捻る。見舞いになど行って、果たして自分は何ができるのだろうか。逆に迷惑ではなかろうか。そんなことを考えていたのだ。


「若利君、もしかして、お見舞いに行っても何もできることがないから意味ないとか思ってない?」
「ああ」
「行けよ、見舞い」
「なぜだ」
「名字は若利の顔を見るだけで元気になるかもしれないぞ」
「愛の力ってやつだね」


牛島には3人の考えがよく分からなかったが、大平の言う通り、もし自分の顔を見るだけで元気になるのだとしたら、それは行くべきだと思い至った。牛島は3人に、分かった、とだけ返事をすると自分の教室へ入って行った。


◇ ◇ ◇



放課後の部活も終わり、皆が帰り支度をしている頃。牛島は通常であれば自主練をしているはずなのだが、今日は違った。練習が終わるとすぐさま着替えを済ませ、誰よりも早く寮へと帰って行ったのだ。これには先輩達も唖然とする。バレーよりも名前を優先する姿に、感動すらしていた。
そんな風に思われていることなどつゆ知らず、牛島は一目散に寮へ帰ると名前の部屋を訪ねた。暫く待っているとゆっくりと扉が開き、気怠げな名前が顔を覗かせる。


「え、わかとし、くん?」
「名前、まだ熱があるのか」
「ううん…熱は下がったけど、まだ少し怠いかな。それより…どうしたの?」
「見舞いに来た」
「ありがとう。でも、風邪うつったらいけないから」


名前は、牛島が自分を心配して来てくれたことは嬉しかったが、それよりも、牛島に自分の風邪がうつってバレーに差し支えたらどうしよう、という不安の方が大きかった。それゆえに扉は半開きのままで、室内に入れる気はないらしい。
その発言に、牛島は眉を顰めた。そして、扉をいとも簡単に開くと、ずいっと部屋に上がり込み玄関を閉める。名前はただでさえ身体に力が入らないため、抵抗などできるはずもない。


「俺はそんなにヤワじゃない」
「そうかもしれないけど…でも、」
「そんなことより寝ていろ。まだ怠いんだろう?」
「……うん」


断固として帰る気のない牛島の気配を読み取った名前は、諦めてベッドに潜り込んだ。牛島はベッドの脇に座り込み、名前の顔をじぃっと眺めている。
さて、なかば強引に上がり込んだものの、ここからどうすればいいのだろうか。今更ながらに牛島は考え込む。衝動的に行動してしまったため、具体的に何をするつもりか全く決めていなかったのだ。


「…名前、何か俺にできることはないか」
「え?いや…気持ちだけで十分かな…」
「そうか。すまない。俺は役に立たないな」
「そんなことないよ。来てくれただけで嬉しいし…早く元気になれる気がする」
「…そうか」
「あ、じゃあ、お願いがあるんだけど…」
「なんだ」
「私が寝るまで、傍にいてくれる?」


力なく、けれど照れたように笑う名前が、牛島には途轍もなく可愛く思えた。弱々しいながらも、熱があったせいかやや火照った頬はほんのり赤く染まっていて、どこか色気がある。しかもこの部屋には当たり前のことながら2人きりなのだ。男である牛島が、なんの意識もしない方がおかしな話である。


「名前」
「…なぁに……?」
「風邪は他人にうつしたら治ると聞いたことがある」
「うん?まあ…確かにそれはそうかもしれないけど…」
「それなら、俺にうつせばいい」
「えっ!いや、ダメだよ!そもそも、どうやってうつす…っ!」


牛島の発言に思わず上体を起こして抗議しようとした名前だったが、何かに口を塞がれてしまったためにそれはかなわなかった。何か、とは、この場合勿論と言うべきか、牛島の口である。
風邪のせいではなく、明らかに恥ずかしさから顔を真っ赤にさせる名前に、牛島は再び男心を擽られる。気付けば無意識の内に名前の唇に吸い寄せられるように口付けていて、牛島自身も驚いていた。


「ん、っ、わか、としく…っ」
「…すまない」
「本当にうつったら大変だから、」
「うつったとしても俺は風邪などひかない」
「そういう問題じゃ、ないよ…」
「なら、どういう問題なんだ」
「…」
「嫌だったのか」
「それは違う!けど…」


口籠る名前に、牛島はいつもと同じ真っ直ぐな視線を送り続ける。どうやら、けど…、に続く言葉を待っているようだ。


「兎に角、今はキスしちゃダメ」
「…風邪が治ったら、いいのか」
「………うん」
「そうか。分かった。それなら早く治してもらわないと困るな」
「若利君って、実はかなり大胆だよね…」


名前は困り顔で、けれどどこか嬉しそうに微笑む。牛島は高鳴る鼓動を抑えつつ、自分に言い聞かせていた。今は我慢だ、と。


「寝るまで傍にいる。だから早く寝ろ。そして治せ」
「…はい」


名前は素直に頷き再びベッドに横になった。牛島はなんとなく、子どもを寝かし付ける時のように名前の頭を撫でる。そんな牛島の行動に驚きつつも、安心したのか心地良かったのか。名前は暫くすると、寝息を立て始めた。
普段よりも幼い寝顔に、牛島が1人で悶絶していたことなど全く知らない名前は、幸せそうに深い眠りに落ちていく。


「……許してくれ、名前」


結局、きいているはずもない名前にそんな言葉を呟いて。牛島は、その唇にもう一度、自分のそれを重ねてから、名前の部屋を後にしたのだった。



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