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メシアの牢獄

食堂での一件から数日が経過していた。牛島はそれまでと変わりない日常を送っていたが、名前はというと、どこに行ってもジロジロ見られてしまうためかなりのストレスが溜まっていた。
牛島は学園内でかなりの有名人だ。バレーで名高い白鳥沢の中でも期待の1年生だし、雑誌に掲載されることもある。そんな牛島の彼女がどんな人間なのか、皆興味があるのだろう。名前は困り果てていた。
けれど、マネージャー業を怠るわけにはいかない。それとこれとは話が別なのだ。今日も今日とて、名前は体育館内を忙しなく動き回っている。名前がスポーツドリンクが大量に入った入れ物をヨタヨタと運んでいると、突然牛島がそれを奪い取った。


「どこに持って行くんだ」
「え?あっちのコートの方に持って行こうかと思ってるけど…」
「分かった」
「牛島君、休憩中はちゃんと休まなきゃ」
「これを運ぶぐらいで疲れたりはしない」
「…ありがとう」


付き合い始めてから、牛島はよく名前の行動を見ていた。今のようにさり気なく名前を助けるのも、何度目になるか分からない。そんな2人を、部員達は生温かい目で見守っているのだった。


部活が終わり、牛島は自主練の前に着替えをしようと部室に来ていた。他の部員達もそれぞれに着替えをしている。そんな中、天童が牛島に話しかけた。


「ねぇ若利君、相変わらず名前ちゃんとラブラブだね!」
「そうか?」
「うん。腹立つぐらいラブラブ!」
「何に腹が立つんだ」
「若利、気にしなくていい。ただの嫉妬だ」
「ちょっと!そういうこと言われたら俺ミジメじゃん!」


大平の一言にギャーギャー言う天童を気にすることなく、牛島は着替えを済ませる。自主練に向かおうと騒がしい部室を後にしようとした牛島だったが、再び天童が声をかけたことによって出ることはかなわなかった。


「ところで若利君」
「なんだ。自主練に行きたいんだが」
「どうしてそんなにラブラブなのに、若利君は名前ちゃんのことを名字で呼んでるの?」
「……特に理由はないが。おかしいか」
「おかしいっていうか、付き合い始めたなら名前で呼んであげなよ。名前ちゃんもきっと喜ぶと思うし!」
「そうなのか…分かった。名前で呼ぶことにする」
「うんうん。じゃあ自主練頑張って」


自分の言いたいことだけ言った天童は、にこやかに牛島を見送った。天童は、ニシシと笑う。牛島が名前のことを名前で呼んだら、名前はどんな反応をするだろうか。それが楽しみで仕方なかったのだ。


「天童…あんまりあいつらで遊んでやるなよ」
「結果的には更に親密な関係になれるんだから、よくなーい?」
「お前ってホント、ゲスだよな」


部室で大平と瀬見が呆れる中、天童は素知らぬ顔で口笛を吹くのだった。


その頃、そんな天童の思惑通りに動いていることなど知らない牛島は、密かに名前のことをいつ名前で呼ぼうかと考えながらサーブ練習をしていた。いつも通りせっせとボール拾いに励む名前を横目に、サーブを打ち続ける。しかし、いつもより集中力がないからだろう。サーブミスが格段に多い。


「今日は駄目だな…雑念が多すぎる」


そんなことを呟いて、牛島は練習を切り上げた。バレー馬鹿の牛島が、まさか彼女のことを考えすぎてバレーに集中できなかったなんて知ったら、部員達はさぞかし驚くことだろう。名前はいつもより自主練を早く終わらせる牛島を不思議に思ったが、休むことも大切だと考えて特に理由はきかなかった。
片付けを済ませ、いつも通り2人並んで寮への道を歩く。別に用事はない、が、名前を呼びたい。牛島は寮の玄関口で突然立ち止まった。名前もそれに倣って、何事かと立ち止まる。


「名前」
「えっ、」
「名前」
「ちょっと待って、牛島君、落ち着いて」
「俺は落ち着いている」
「そうなんだけど!…なんで急に、名前で呼ぶの…?」
「付き合っているなら名前で呼んだ方がいいと言われた。今まで呼び方を気にしたことはなかったが、確かに名前と呼ぶ方がしっくりくる」


突然牛島に名前を連呼され、名前は嬉しさとともに恥ずかしさが込み上げてきた。名前で呼ばれるのは嬉しい。けれど、あまりにも急すぎて心臓に悪い。名前は何の躊躇いも恥ずかしげもなく突拍子もないことをする牛島にドキドキさせられっぱなしである。


「名前も俺のことを名前で呼べばいい」
「急にそんなの無理だよ!」
「なぜだ」
「なぜって…なんか緊張するし…」
「名前を呼ぶだけなのにか」
「あのね、私にとって男の人を名前で呼ぶのって特別なことなの。心の準備がいるの」
「俺にはよく分からない」
「だよね」
「だが…そうか、分かった」


分かっていないくせに、牛島はそんなことを言って押し黙った。普段は感情がほとんど表に出ることのない牛島だが、今は若干、萎んでいるように見える。こんな牛島は見たことがない。名前は焦った。
いつも毅然としている牛島が、自分の言動によって随分とヘコんでいる。それほどまでに自分は牛島に影響力があるのかと思うと、嬉しい反面、このままではいけないからどうにかしなければと焦る気持ちがあった。


「あ、の」
「なんだ」
「わかとし、くん」
「!」
「ちゃんと呼べるように練習するから、元気出して?」


名前の口から自分の名前が発せられただけで、牛島の胸はひどく高鳴る。愛おしい。そう思った瞬間、牛島は名前のことを抱き締めていた。硬直する名前。


「ちょっと、わか、とし、くん」
「名前に名前を呼ばれると心臓がうるさい」
「それは私も同じだよ」
「そうか」
「あの、そろそろ離して…」
「駄目だ。今はまだ離したくない」


でもここ、寮の玄関口なんだよ。という名前の声は、まるっと無視された。食堂での一件は寮生達にも伝わっているため、もはや、またやってるよあのバカップル…ぐらいの雰囲気で見られている。名前はそれに気付きとても居心地が悪かったが、牛島がそんなことを気にするわけもなく。
結局、牛島の気が済むまでそうしていたせいで、翌日の学園では新たな噂が流されることになるのだった。



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