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シャンゼリゼの憂鬱

夢のような1日を終えた翌日。牛島は約束通り、名前の部屋を訪れていた。昨日のことは夢だったのではないかと少しばかり疑っていた名前は、玄関先で待つ牛島を見て、昨日の出来事は全て現実なのだと改めて受け止める。
いつもの通学路を、牛島と名前は特に会話もなく歩く。名前は緊張から、牛島は単に話題がないから。無言で歩き続ける2人の姿は滑稽だった。
あっという間に体育館に着くと、2人はそれぞれ朝練の準備に取り掛かった。ひとたび練習が始まれば、2人の関係は恋人同士ではなく選手とマネージャーへと変貌を遂げる。特にお互いの存在を意識することなく、朝練は通常通りに終わった。


「名前ちゃんも教室行くー?」
「うん」


朝練終了後、天童に声をかけられた名前は、1年生部員達と教室を目指す。勿論、牛島も一緒だ。


「名字、昼飯は食堂でいいか」
「食堂じゃないと牛島君のご飯、ないでしょう?」
「そうだな」
「あ…もし良かったら、明日からお弁当作って来ようか?」
「いいのか?」
「うん。私が作ったもので良ければ」
「助かる」


何の気なしにそんな会話を繰り広げる2人に、他の部員達は首を傾げる。お花がふわふわ飛んでいる、というような甘い雰囲気は感じられない。けれど、まるで何年も交際を続けているカップルのようなそれに、疑問を抱くのは当たり前のことだろう。
けれど、あの牛島が?という疑念の方が強く、誰も何もツっこまない。こんな時に何の躊躇いもなく発言できるのはただ1人だ。


「ねぇねぇ若利君?もしかしなくても名前ちゃんと付き合ってるの?」
「ああ。そうだが」
「俺、きいてないよ!」
「言っていないからな」
「教えてよー。俺と若利君の仲なんだからさー!」
「分かった。以後、気を付ける」


律儀な牛島の返答にヘラヘラ笑う天童は楽しそうだ。大平と瀬見は、うまくいったんだな、と安堵の表情だったが、経緯を何も知らない他の部員達は驚愕のあまり声も出ない。バレーにしか興味がなくバレーのために生きていると言っても過言ではない牛島に、なんと彼女ができたのだ。しかもその相手が、自分達にとっても身近な存在であるマネージャーの名前となると、なぜ今まで気付かなかったのかとも思う。


「お昼ご飯、2人きりで食べたい?俺も一緒に食べていい?いいよね?」
「私はいいよ。みんなで食べようよ。ね、牛島君?」
「ああ」
「やったー!じゃあみんな、昼は食堂集合ね!若利君と名前ちゃんの馴れ初めきかせてもらうんだから!」
「えっ!それは嫌だよ!」
「まあまあ照れないで。若利君は別にいいよねぇ?」
「ああ。構わない」
「牛島君!そこは駄目って言わなきゃダメだよ!」
「そうなのか?」
「名字、諦めろ。若利からたっぷりきかせてもらうからな?」
「大平君まで…ひどい……」


名前は昼休憩が憂鬱でたまらなくなった。牛島はきっと、きかれたことに素直に答えてしまうに違いない。そんな辱めを受けるのは耐え難い。いっそ、自分は行かない方がいいような気がする。しかし自分がいなければ、誰も牛島を止める者がいない。全て包み隠さず話されてしまったら、その後の自分への冷やかしは相当なものだろう。そちらの方が辛いかもしれない。
教室が近付いてきて皆がそれぞれの教室に入っていく中、名前は項垂れながら自分もクラスへ入った。どことなく元気がなさそうな名前を見て不思議に思う牛島だったが、すぐにチャイムが鳴ってしまったため声はかけられず。自身の席から名前の後ろ姿を静かに眺めながら首を傾げるのだった。


◇ ◇ ◇



そうして、約束の昼休憩。名前は重い足取りで食堂に向かう。牛島は隣で、そんな名前を案じていた。


「名字、朝練の後から様子がおかしいようだが大丈夫か?」
「……牛島君。お願いがあるの」
「なんだ」
「昨日のことは、他の人には言わないでほしいの」
「知られると何か問題があるのか」
「…場合によってはマネージャー業に支障をきたすかも」
「それは困る。分かった。言わなければいいんだな」
「何きかれても、覚えてないって言ってね」
「……分かった」


鬼気迫る表情の名前を見てただならぬ事態だと理解した牛島は、大きく頷いた。
2人は、既に大所帯で集まっているバレー部員達の席に合流する。待ってましたとばかりにニコニコしている彼らを確認し、名前はゾッとした。けれど、牛島の口止めはした。だからきっと、大丈夫。名前は自分にそんな暗示をかけながら勧められた席に座った。隣に牛島も座る。注がれる視線が痛すぎて、名前は居た堪れない。


「さてお2人さん。いつから付き合い始めたの?昨日は普通だったから…昨日の夜とか?何かあったの?」
「覚えていない」
「アレ?」
「牛島君、ご飯食べよう。ハヤシライス冷めるよ」
「ああ」
「若利君、朝は教えてくれるって感じだったよね?どうしちゃったの?」
「覚えていない」
「んー?アレレー?」


天童が明らかに不満そうな表情を見せている中、名前はホッとしていた。この調子で続けてくれれば、きっと問題ない。五月蝿い天童を無視して2人は黙々と食事を進める。
これには天童だけでなく、他の部員達も不満だった。少しぐらい話をしてくれても良いではないか、と思ってしまったのだ。


「若利。告白した時の名字はどうだった?」
「覚えていない」
「どこで告白したんだよ」
「覚えていない」
「そもそもいつから意識し始めた?」
「覚えていない」
「ちょっと!若利君!覚えていないしか言えないロボットになっちゃってるよ!」
「名字にはマネージャーとして働いてもらわないと困る。だから、覚えていないとしか答えられない」
「…ん?どういうことだ?」


大平が訝しげに名前へと視線を送る。天童もそれに気付いたのか、名前を見遣った。その視線に気付きながらも、名前は静かに食事を続ける。


「名前ちゃん、若利君に何か言ったでしょ?」
「口止めはしたよ。当たり前でしょう?」
「つまんなぁい!」
「つまんなくていいよ」


天童はいよいよ不貞腐れた。が、そこはさすがのゲスモンスター。すぐにあることを思いつくと、ニヤァと笑いながら牛島へ視線を送る。


「若利君、もし答えてくれなかったらバレー部のみんなが名前ちゃんのこといじめちゃうかもよ?」
「なんだと?」
「名前ちゃんはそもそもみんなのマネージャーなんだから、若利君だけが独占するのっておかしいよねぇ?」
「だが俺と名字は付き合っている」
「そんなの俺達には本当か分かんないもーん。付き合ってるならさぁ、色々それらしいことしたの?」
「ちょっと!天童君!」
「した」
「牛島君!約束!」
「名字がマネージャーをやめるより、名字に危害を加えられる方が問題だ」
「大丈夫だってば。そんなことされないから」


天童が煽るものだから、牛島はつい口を滑らせてしまった。というか、名前を守らなければならないという動物的本能が働いたのだ。
してやったり、と笑う天童を睨みながら、名前は牛島を宥める。こうなったら早く食事を終わらせて2人で退散しよう。そう思い、牛島に食事を早く済ませるよう急かす名前。自分もお弁当箱の残りを掻き込むように口に入れる。


「したって、何を?」
「天童君、やめて」
「えー?じゃあ当てちゃう?はい、英太君!何だと思う?」
「俺かよ!えーっと…ハグとか?」
「若利にそんなことされたら、名字、潰れそうだな」
「潰してない。手加減した」
「あ、そうなんだー?」
「牛島君……」


大平と瀬見の協力もあって、またもやうっかり反応してしまった牛島に、名前は溜息を吐いて俯いた。名前はニヤニヤしている天童を殴りたい気持ちでいっぱいだったが、そんなことより昨日の出来事が急に思い出されてしまってそれどころではなくなった。


「名字、大丈夫か?顔が赤いぞ。熱でもあるのか」
「牛島君のせいだからね」
「体調が悪かったのか。気付かなくてすまない」
「え、違うよ、そういう意味じゃない…!」
「保健室に行こう」
「行かないよ!私元気だから、」


慌てふためきながら勢いよく立ち上がった名前だったが、その際バランスを失いグラリと体が揺れた。こけそうになったところをすかさず支えたのは、勿論牛島だ。


「フラついている。そんなにひどいのか」
「違う違う…これはただバランス崩しただけだから…」
「無理はよくない。歩くのがつらいなら俺が連れて行く」
「え?わぁ!ダメダメ牛島君!おろして!」
「わーお。これはなかなか見せつけてくれるねぇ…」


いつかの体育の授業の時のように、牛島は軽々と名前をお姫様抱っこすると、食堂のど真ん中を歩き始めた。体育館の時はクラスメイトしかいなかったし授業中だったので、そこまで多くの人間に見られたわけではない。けれど、今はどうだろう。
昼休憩。しかも賑わう食堂内。2人は格好の見世物になっていた。名前は羞恥で顔をさらに赤らめ、抵抗する気力さえ失う。


「辛いのか」
「……うん、すごく」
「そうか。保健室に急ごう」


完全に勘違いしたままの牛島は、名前をお姫様抱っこしたまま保健室までの道のりを急いだ。そんな2人の姿をまざまざと見せつけられたバレー部員達と食堂にいる生徒達は大騒ぎである。


「あんなこと、若利にしかできないな」
「ラブラブだねぇー!」
「天童が煽ったせいだろ。後で名字に怒られるぞ」


そんなこんなで、図らずも2人の関係は学園内の生徒達の間で公認となったのだった。



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