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アスフィクシア・エーテル

名前の部屋で、2人は正座をして向かい合ったままだった。さて、付き合うことになったとは言え、自分達はここからどうするべきなのだろうか。お互いにそれが分からず、動けずにいたのだ。
そんな沈黙の中、名前はふと気になることがあったのを思い出した。牛島は、いつから自分のことを好きになったのだろう。元々牛島はほとんど気持ちが表情に出ない。だから名前は、牛島の気持ちの変化にも全く気付くことができなかった。


「牛島君、きいてもいい?」
「なんだ」
「いつ私のことが好きになったの?」
「…分からない」
「ふふ……そっか」
「名字は、どうなんだ?」


素直に答えてくれた牛島に小さく笑った名前は、続けて尋ねてこられたことに口籠もった。本当のことを言ったら、彼はどう思うだろうか。ストーカーみたいだと思われて軽蔑されやしないだろうか。
不安はあったものの、名前は本当のことを伝えることにした。牛島は、きっと、そう簡単に自分を軽蔑したりしない。意味もなく、そんな気がしたからだ。そして何より、常に何事にも真っ直ぐに向き合う牛島に対して、隠し事や嘘を吐くことはしたくなかったのである。


「実はね、入学する前から好きだったんだと思う」
「?どういうことだ」
「入学式の日に私が言ったこと、覚えてる?」
「……すまない…思い出せない」
「私が白鳥沢に入学した理由。牛島君が入学すると思ったからだって言ったの」
「ああ…そういえばそんなことを言っていたな」
「中学の時、初めてバレーを見に行ったの。そこで牛島君を見て、素敵だなあって…カッコいいなあって思って。一目惚れだったんだろうね」
「…そうか」


牛島は、特に驚いた様子も、喜んでいる様子もなく。ただ、事実を受け止めているだけのようだった。


「…引いた?」
「何を引くんだ?」
「……ふふ、あのね、中学の頃に見た牛島君に一目惚れして、同じ高校にまで入ってバレー部のマネージャーになった私のこと、ストーカーみたいで気持ち悪いとか、思わないかってこと」
「…考えたこともなかった」
「そっか。…ごめんね、ずっと黙ってて」
「初めて会った時になぜ言わなかった?」
「言えないよ。牛島君は私のこと知らないわけだし、フられるの分かってたし…」
「断らなかったと思う」
「え?」
「今思えば、俺も一目惚れだったのかもしれない」
「…牛島君は、真っ直ぐだよね」
「そうか?」
「うん。そんなところが、好きです」


照れ笑いをしながらそんなことを言う名前に、牛島は心が掻き乱された。名前に触れたい。そう思った時には身体が動いていて、気付けば牛島は、名前に口付けていた。自分の行動に少なからず驚いたものの、男であれば当然の本能だとも思った牛島は、何食わぬ顔で名前を見つめる。
名前はというと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でポカンとしていた。お世辞にも可愛らしいとは言い難い。けれど、自分に降りかかった出来事を理解した瞬間、名前はみるみるうちに顔を真っ赤にさせたのだった。
無理もない。あの牛島がキスしてきたのだ。名前でなくとも、牛島のことを知る者ならば誰しも驚くにきまっている。


「牛島、くん…いま、あの…」
「すまない。身体が勝手に動いた」
「……そう、ですか…」
「嫌だったか?」
「いやじゃない、けど…びっくりして…その、嬉しくて…」
「そうか。それならもう1回したい」
「え、ちょ、牛島君?」
「嫌か?」
「……いや、じゃ、ないです…」


名前の返事をきいて、牛島は再び口付けを落とした。純情そうな牛島が、なんとも深い口付けをしてくるものだから、名前は眩暈がした。こんな牛島は、きっと誰も知らない。
牛島には、男女の身体の関係はおろか、女の子と交際した経験がなかった。「好き」という感情を抱いたこと自体が初めてかもしれない。それでも、それなりの知識はあったし、今むくむくと湧き上がってくる感情は男としてのそれだという確信があった。名前にもっと触れたい。自分のものにしたい。そう、思ってしまったのだ。


「名字、俺はおかしいのかもしれない」
「は…なにが…?」
「名字に触れたくてたまらない。俺のものにしたいと思ってしまう」
「…っ、牛島君……それ、は…」
「急すぎることは分かっている。これ以上は何もしない」
「でも、その…そういうこと、したいと思ってる、ってことだよね…?」


名前の言う、そういうこと、というのが、自分の思う行為と同じものを指すのかイマイチ分からなかった牛島は、首を傾げた。


「セックスをしたいという意味なら、その通りだ」
「牛島君!」
「どうした?そんなに顔を真っ赤にして」
「もう……牛島君は…、恥ずかしいとか、思わないの…?」
「好きになった相手としたいと思うのは当然のことだろう。恥ずかしがる必要があるのか?」


その発言をきいて、名前は思った。牛島に一般的な反応を求めるのは間違っていた、と。良くも悪くも真っ直ぐで素直な牛島は、何ひとつ包み隠すことなく自分の気持ちを伝えてくる。それが、嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。名前は、項垂れるしかなかった。


「今日は帰る」
「え?あ、うん…いいの?」
「よく考えてみたんだが、セックスをするならきちんと準備をする必要がある。次は避妊具を用意しておく」
「牛島君!そういうことは言わなくていいんだよ!」
「?そうか。分かった。以後、気を付ける」


きょとんとした顔の牛島は、真面目にそう答えた。牛島の言うことは何も間違っていない。けれど。名前はあまりにも直接的な言葉の数々に、身体を熱くさせることしかできなかった。牛島の発言は心臓に悪すぎる。これから付き合っていくというのに、こんなことで自分は大丈夫なのだろうか。名前は不安で仕方がなかった。
牛島はそんな名前の思いなどつゆ知らず、ゆっくりと立ち上がると玄関へ向かった。どうやら本当に帰るらしい。名前は慌てて後を追った。


「牛島君、」
「なんだ」
「あの、さっきも言ったんだけど…私のことを好きになってくれてありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない。俺が勝手に好きになっただけだ」
「うん…でも、ありがとう。私も牛島君のこと大好きです。おやすみなさい」


牛島ほどではないにしろ、自分もきちんと想いを伝えよう。そう考えた名前は、ふわりと微笑みながら気持ちを言葉にした。
すると、牛島は大きく目を見開いて、がばりと名前の身体を抱き締めた。大きな牛島に覆われるような形で抱き締められている名前は身動きが取れないため、そのまま硬直している。暫くその状態で時間が経過し、牛島の気が済んだところで漸く身体が離れた。


「名字の発言は心臓に悪いな」
「牛島君にだけはそんなこと言われたくないよ」
「可愛かった」
「はい?」
「可愛かった。だから離れがたくなってしまった」
「……っ、もう、やめよう…これ以上一緒にいたら、死んじゃいそう…」
「死ぬのは駄目だ」
「本当に死ぬわけじゃないから大丈夫…」
「名字、」
「なぁに…?」
「明日、迎えに来る。朝練にも行くんだろう?」
「うん…分かった。待ってるね」


牛島は名前の返事をきいて満足したのか、今度こそ名前の部屋を後にした。バタン、と扉が閉まった直後。名前はその場に座り込み、両手で顔を覆った。顔が熱い。このまま燃えてしまいそうだ。名前は自分の部屋での出来事を反芻し、身悶える。
牛島にそんなつもりはないのだろうが、天然タラシもいいところである。本人にその自覚がないから余計にタチが悪い。
自分に浴びせられた言葉達を思い出すたびに、名前は恥ずかしくて堪らなくなる。明日から、私はまともに生きていけるだろうか。そんな不安を抱えながらも顔がニヤけてしまう名前は、結局のところ、幸せでいっぱいなのだ。



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