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今日は待ちに待った土曜日だ。そう、名字さんと初デートの日。
今日までの俺は、自分でもツっこみたくなるほど浮かれて過ごしていた。それは名字さんのLINEのせいなのだけれど、当の送り主はと言うと、翌日学校で会った時も何食わぬ顔をしていて拍子抜けした。
そういえば俺は、名字さんが笑っているところを見たことがないような気がする。せめて今日のデートでは、笑顔のひとつでも拝ませていただきたい。
午前中の部活を終えて即帰宅、即シャワーを浴びて即昼飯を食って、待ち合わせ場所の駅前に到着。時刻は13時5分前。なんとなくだけど真面目な名字さんはもう来ているような気がして辺りをキョロキョロと見渡してみる。
すると、見つけた。眼鏡は相変わらずだけどいつもの三つ編みじゃない。胸元ぐらいまで伸びた髪が風で靡いている。私服姿を見るのも初めてだし、思っていた以上に心臓がバクバクうるさい。なんだよ、可愛い格好できるんじゃんか。


「名字さん、お待たせ」
「花巻君。部活お疲れ様でした」


俺が声をかけるといつもと同じトーンで返されて、少し残念に思う。俺だけが舞い上がってるみたいじゃないか。まあ実際にその通りなわけだが。


「私服姿見るの初めてだけど、可愛い」
「……そうですか」
「照れてる?」
「面と向かってそんなことを言われれば、それなりに照れます」
「全然そんな感じしないんだけど」


通常運転のように見える名字さんだけど、ほんのちょっとデートモードになってくれているようだ。俺はするりと自分の手を名字さんの手に絡ませて笑った。
初めて手を繋いだ時と同じように、名字さんはピクリと反応しただけで嫌がりはしない。付き合っているから渋々受け入れてくれているのか、俺だから心を許してくれているのか。どちらかは分からないが、このままでも良いならどっちでも良い。
俺は意気揚々と名字さんの手を取って歩き出した。


◇ ◇ ◇



駅前から電車に乗って、少し離れた大型ショッピングモールに来た。買い物もできて映画も観られるここなら時間が潰せるはずだ。特に行く当てもなくぶらぶら歩きながら名字さんを見遣る。相変わらずクスリとも笑わない。

「今日、来たくなかった?」
「嫌ならハナからお誘いを受けたりはしません」
「…でも、さっきから楽しそうには見えないし?」
「花巻君は私と歩いているだけで楽しいですか?」
「楽しいよ。名字さんと一緒だから」


嫌々来てくれたわけじゃないことは素直に嬉しかった。けれど、デートでこんなに無表情でいられるのもどうだろうか。
最初は名字さんとデートできるだけで良いと思っていたくせに、いざデートをしてみれば、楽しそうにしてほしいとか笑ってほしいとか、俺は随分欲張りだ。


「私も、楽しいですよ」
「え?…そうなの?」
「はい。デートというのは初めてですけど」
「名字さんってさ、今まで誰かと付き合ったことないの?」
「ないです。興味もなければ縁もありませんでした」
「じゃあ、俺が初めて?」
「そういうことになりますね」


なんということだろう。てっきり今までに1人や2人ぐらい付き合ったことがあるだろうと思っていたのに、まさかの初めてとは。嬉しい反面、こんな俺が初めてのデート相手で良かったのかと不安にもなる。
そんな俺の心中を察することもなく、名字さんは楽しいと言ったくせにニコリともしない。まあ、仕方ないか。名字さんらしいと言えば名字さんらしい。


「あ、カフェあるじゃん。ちょっとお茶しない?」
「いいですよ」


時刻は15時を過ぎたところ。ちょうどオヤツの時間ということもあり店は混雑しているが、運良く数分待つ程度で案内してもらうことができた。
ショーケースの中から好きなものを選んで店内で食べるシステムになっているそのお店は、名字さんのバイト先と雰囲気が似ている。
俺は迷わずシュークリームを選び、ついでにカフェオレを注文した。名字さんは暫く悩んでいたようだが、季節のタルトとミルクティーを注文した。本来ならカッコよく名字さんの分までお金を払いたいところなのだが、そうしようとしたら名字さんに全力で嫌がられたので諦める。そんなこんなで、俺達は注文したものをトレーにのせて空いている席に座った。


「俺が奢ったのに」
「自分のものは自分で払います」
「今日はデートなんだから俺にカッコつけさせてくれても良いのに」
「そんなのカッコ良いと思いません」
「……あ、そう…」


名字さんのキッパリとした言い分に苦笑しつつ、俺はシュークリームを齧る。美味い。けど、いつも食べているあのシュークリームの方が美味しい。
そんなことを思っていると、俺がシュークリームを食べている姿をなぜか名字さんが凝視していることに気付いた。ほしいのかな?あーんとか、絶対してくれないよな?


「花巻君はシュークリームが好きなんですか?」
「そう。大好き」
「最初から意外だと思っていました」
「よく言われる。甘党なんだよねー。あ、でも今はシュークリームより名字さんが好き」


調子に乗ってそんなことを言ってみたら、無言で返された。分かってましたけどね。そんな反応されることぐらい。なかばヤケになりながらそんなことを思っていると、名字さんが小さく笑った。
え、は?笑った?


「私も好きですよ」
「…は、」
「シュークリーム」


言うだけ言って、タルトを口に運ぶ名字さん。
いやいや、思わせぶりすぎるでしょ。今のタイミングで好きってさ、勘違いするって普通。しかもちゃっかり笑ってくれちゃってさあ…どんだけ俺のこと弄ぶつもりだよ。
そんなことを思ったけれど、分かっている。名字さんは弄んでいるつもりは微塵もないのだ。天然でこれだから、心臓に悪い。LINEの件といい、とんだ魔性の女である。
とは言え、そんな些細なことで口元が緩みっぱなしになる俺は、幸せ者なのかもしれない。


ハニートラップ?



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