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委員長こと、名字さんの秘密を知ってからというもの、俺は密かに名字さんを観察していた。
授業中はうたた寝することもなく真面目に板書(俺が寝ていた時は分からないが、たぶん寝てないと思う)、休憩中は読書したりたまにクラスメイトと雑談(敬語で喋ってたから本当にクセだったようだ)、先生に雑用を頼まれたら嫌な顔ひとつせずにこなし、たまに回ってくる掃除当番の時でさえもサボらず掃除に励んでいる。これで放課後バイトもしているのだから、どこで気を抜いているのかと勝手ながら心配になったりして。
で、観察しているだけではつまらなくなってきた俺は、少しずつ名字さんに話しかける回数を増やしていった。


「名字さん、何読んでんの?」
「…花巻君、興味ありますか?」
「本には興味ないけど、名字さんには興味あるかも」
「チャイム鳴りますよ。席に戻ってください」


こんな感じであしらわれているだけなので会話らしい会話は成立しない。ついでに言うと、連絡先を交換したからLINEしてみたら、はい、そうですか、では、などの単語しか返されなかった。これにはもう、返事があるだけマシだと思って自分を慰めるしかなかった。
それでも地道に話しかけたり観察し続けた結果、気付いたことがある。それは、名字さんは俺が思っている以上にハイスペックだということだ。
まず、字が綺麗。板書できなかったところがあると言ってノートを借りた時、その文字の羅列に感動すらした。
そして料理がうまい。家庭科の調理実習で女子達がカップケーキを作っていて、俺はなかば強引に名字さんの作ったものをもらった。すごく美味しかった。名字さんと昼ご飯を食べている女子によると、お弁当も自分で作っているらしい。
真面目で頭が良くて先生からも友達からも頼られて字が綺麗で料理もできて可愛い(可愛いってのは俺しか知らないけど)。しかも学費のためにバイトまでしてて親孝行。名字さん、完璧すぎじゃね?
ますます名字さんに惹かれていく自分がいる。そりゃあ最初は地味な見た目に惑わされましたけど。きっかけはどうあれ、彼女のことを想う気持ちが募っていくのは嘘じゃないと思う。


そんなある日、俺に幸運が訪れた。先生に社会科資料室の整理を頼まれたのだ。整理を頼まれたこと自体は不幸だが、クラス委員長の名字さんも一緒となれば話は別である。
部活に遅れてしまうので本来ならばどうにかして断るところだが、俺は快く引き受けた。普段の俺からは有り得ない返答をきいて驚いた先生の顔はなかなか見ものだったと思う。
そして待ちに待った放課後。俺は意気揚々と社会科資料室に向かった。
ガラリと扉を開ければ少し埃っぽい臭いが立ち込める。既に資料室には名字さんがいて、整理を始めていた。


「これ、どこ持ってく?」
「一番左の奥の棚に上から順番に並べてください」


端的に指示を出し整理を進めていく名字さん。こういう時、背が高いのは楽だ。上の棚にも余裕で手が届く。俺は指示された通りに本を並べていった。


「今日もケーキ屋さん?休みないの?」
「学校でその話はしないでください。誰かにきかれたらどうするんですか」
「だってさー、LINEしても返事ちゃんとしてくんないじゃん?」
「花巻君、プライバシーという言葉を知っていますか?」
「知ってるけど」
「私のプライバシーを侵害しないでください」


なかなかに手厳しい。難攻不落とはまさにこういうことを言うのだろうか。
ひたすら手を動かし続ける名字さんをぼーっと眺め、ふと、眼鏡に視線が止まる。あのケーキ屋さんからの帰り道、眼鏡は伊達だと言っていた。
もう1度、あの瞳が見たい。そう思った俺は無意識の内に彼女に近付いて眼鏡に手を伸ばしていた。


「やっぱこっちのが断然可愛いわ」
「ちょっと!何するんですか!返してください!」
「いーじゃん、今は2人きりなんだし」
「よくないです。誰か来たらどうするんですか!」


背が高いのをいいことに、俺は奪った眼鏡を高々と頭上に掲げる。身長差はどうやっても埋められない。名字さんは眼鏡を奪い返すことを諦め、作業に戻った。


「ねぇ、こっち向いて?」
「手を動かしてください。終わりませんよ。部活あるんじゃないんですか」
「ちょっと見てくれるだけでいーから。こっち見てくれたら眼鏡返すよ?」
「……なんなんですか一体…」


俺の発言をきいて渋々こちらを向いてくれた名字さんの瞳が、俺の視線と交わる。ああ、この瞳だ。初めて見た時にも思った。俺はこの真っ直ぐで純粋そうな瞳を見て、好きだと思ったのだ。


「意地悪してごめんネ?」
「もういいですから…はやく終わらせましょう」


俺がそっと彼女に眼鏡をかけながら謝ると、困ったような、それでいて少し照れたような表情をして顔を逸らされた。あーヤバイ。今の顔はなかなかクる。たぶん彼女は無意識なんだろうけど、だからこそ心臓に悪い。
俺はそれから、嘘みたいに静かに資料整理に励んだ。柄にもなくドキドキして何を話せばいいのか分からなくなってしまったからだ。
彼女の方も何も言わないから、沈黙が続く。それでも不思議とその沈黙が嫌だとは思わなかった。
このまま時間が止まればいいのに。そんなことを思ってしまうなんて、我ながらなんて乙女だ。


その感情の名は、



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