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部活中に体育館へプリントを取りに来てくれたあの日から、名字さんの様子がおかしい。あからさまではないが、なんとなく避けられているような気がするし、話している時には目も合わせてくれないのだ。やっぱり急に抱き締めちゃったのがまずかったかなぁ…警戒されてんのかな。そんなことを考えてもどうしようもないのは分かっている。
とりあえず、今日は月曜日。俺はいつも通り、お店へ向かう。珍しいことに途中で青城生に出くわしたので、念のため回り道をして、いつもより少し遅い時間に到着した。


「頑張ってる?」
「いつも通りです」
「そっか。…あのさ、」
「何か食べますか。飲み物だけにしますか」
「…じゃあ今日はカフェラテだけで」


やっぱりおかしい。会話すらまともにさせてもらえない。
俺はカフェラテを受け取ると定位置に腰を下ろした。仕事ぶりはいつも通りだし、おばさんとも普通に話している。やっぱり、俺にだけ態度が違う。
デートの時までは結構良い感じだと思っていたのだが…こうなると、あの時、衝動的に抱き締めてしまった自分を殴りたい。これでうまくいかなくなったら、マジでどうしよう。
俺はカフェラテをちびちびと口に運びながら、名字さんのバイトが終わるのを待つのだった。


◇ ◇ ◇



バイトが終わり、おばさんに見送られて2人で帰路につく。いつも以上に会話は弾まないし、空気が重苦しい。


「あのさ…、この前のこと、怒ってんの?」
「この前のこと、とは?」
「部室で…抱き締めちゃったこと」


いつまでもこの状態はつらすぎる。俺は決死の覚悟で名字さんに尋ねてみた。ほんの一瞬、名字さんの表情が強張る。


「怒ってはいません」
「じゃあ…どうして最近、俺に冷たいの?」
「それは…」


口籠る名字さん。怒っていないならなんだというのだろう。そんなに言いにくいことなのだろうか。
不安が募る中、名字さんは恐る恐る俺に尋ねてきた。


「花巻君は、誰にでもああいうことをするんですか?」
「は?ああいうことって…抱き締めること?」
「そうです」
「いやいや…そんなわけないじゃん」
「じゃあ、なんで私に、ああいうことしたんですか」


立ち止まって真剣な眼差しで俺を見つめてくる名字さんの姿に、俺も立ち止まる。なんでって、そんなの決まってるじゃん。


「名字さんのことが、好きだからでしょ」
「……あんまり、からかわないでください…」
「いつも思うんだけどさ、名字さんはどうやったら俺が本気だって信じてくれんの?俺、嘘吐いたことないじゃん」
「だって、花巻君は……、バレー部で、人気もあって、私にこだわる必要、ないじゃないですか」


名字さんは随分と自分を卑下しているようだった。
そりゃあぱっと見、名字さんは地味だし俺だってその容姿に騙されていたけれど、本当はすごく可愛いことを知っている。性格だって、ちょっと真面目すぎるところはあるけれど、なんだかんだで俺に付き合ってくれて優しい。
なんで、自分は選ばれるはずがないと思っているんだろう。俺はちゃんと、純粋に、名字さんが好きなのに。


「誰になんと言われようが、俺は名字さんが良いと思ってる」
「なんで、」
「なんでも」


俺は名字さんの手を引くと、自分の腕の中にすっぽりと閉じ込めた。部室の時とは違って、衝動的にではなく、意図的に、ぎゅっと抱き締める。
あの時と同じように硬直している名字さんの首元に顔を埋めて、俺はできるだけ優しく問いかけた。


「俺にこうされるの、嫌?」
「いや、ではない…です、けど」
「けど?」
「心臓に、悪いです」
「……何それ。ドキドキしてくれてんの?」
「こんなことされて、ドキドキしない方がおかしいです」
「ねぇ名字さん」
「…はい」
「俺のこと、好きになってよ」


名字さんの首元に顔を埋めたまま、そんなことを言ってしまった。名字さんは何も言わない。良いとも、悪いとも、言わなかった。
ほんの少し期待していた。いいですよ、って言ってくれるんじゃないかって。けれど、暫く待っても沈黙が破られることはなかった。
俺はゆっくりと名字さんから離れる。


「ごめん、今のなし。忘れて」
「花巻君、あの、」
「帰ろ。遅くなったらお母さん心配するでしょ」
「……はい、」


拒絶の言葉だったら立ち直れないような気がして、俺は強引に話を終わらせた。ずるいやつだと思う。でも、ごめん、手放したくないから。
何も言わない名字さんを送り届け、1人になった帰り道。思い出されるのは、ふんわり香るシャンプーの匂いと、名字さんの心地良い体温だけだった。


ねがいごとがあります



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