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はじめまして、
恋ですか?


03サービスしすぎじゃないか?







結局、今のところ週に1、2回のペースで定食屋に通っている俺は、一体何をしているのだろうか。幸いなことにあそこの定食屋のメニューはそんなにカロリーが高いものは出てこないし、野菜も多めでバランスよく食べられるので、スポーツ選手である俺としては有難いことなのだけれど。今日もこうして、飽きもせずに来てしまった。そろそろおじさんに、最近よく来るね、なんてつっこまれそうで嫌だなと思ったりもするが、俺はあくまでも食事をしに来ている客なのだから気にしないでもらいたい。
ガラリ。いつも通り引き戸を開けて中に入ると、いらっしゃいませー、という元気なお決まりのフレーズとともに彼女の笑顔が向けられる。俺は客だから笑顔を向けられるのは当然のことだ。きっと他の客にだって同じ笑顔を振り撒いているはず。こっちの定食屋でも、俺の知らないカフェの方でも。それがほんの少し気に食わない。…なんでだ。


「いつもので良いですか?」
「うん」


慣れた手つきで水の入ったコップを持ってきた彼女と短い会話を交わし、料理が運ばれてくるのをぼーっと待つ。今日は土曜日。俺が入店した時にはそこそこ客がいたけれど、遅い時間に来たこともあってかどんどん店内の人口密度は減っていく。
そういえばおばさんは体調を崩していると言っていたけれど、いつ頃お店に戻ってこれそうなのだろうか。おばさんがお店に戻ってきたらお手伝いの必要はなくなるわけで、つまりそうなると彼女はこの定食屋に現れなくなる。それはなんだかつまらないな、などと思った時に、おまたせしました、と料理が運ばれてきた。今日は豚の生姜焼き定食らしい。食欲をそそるいい匂いがする。
手を合わせて食事を始めてから暫くして。俺は違和感を感じていた。いつも水や料理を運んでくる時と会計の時にしか接触してこない彼女が、今日はやけにそわそわした様子でこちらを見てくるのだ。何かおかしなところでもあるのだろうか。なんにせよ、非常に気になる。


「あのさ」
「はい!」
「俺に何か言いたいことでもあんの?」
「え…」
「俺のこと見すぎ。いつもと違うのバレバレだから」
「すみません…」
「別にいいけど。何?」


あれで普段と同じように振る舞っていたつもりだったのだろうか。彼女は、どうしてわかったんだと言わんばかりの表情をしていたけれど、あれだけチラチラ視線を送られて気付かない方がおかしいと思う。俺が要件を言うように促せば、彼女は少しだけ躊躇うような素振りを見せてから、じゃあ…あの…と、俺に近付いてきて、恐る恐る口を開いた。そうして彼女が続けて言ってきた言葉に、俺は拍子抜けする。


「お誕生日おめでとうございます!」
「へ?」
「今日、誕生日ですよね?」
「そうだけど…そんなこと?」
「だって、まさか御幸選手に直接言えるなんて思わないじゃないですか」
「だから、その選手ってのやめろ」
「すみません…」


本当は御幸選手だろうが御幸さんだろうが、今の俺は何と呼ばれても気にならなかった。それぐらい気分が良かったから。誕生日なんて祝われても嬉しくもなんともない年齢だ。現に今日も、携帯に何通かメールがきていたり電話をもらったりもしたけれど、わざわざどうも、ぐらいにしか思っていなかった。それが、彼女にお決まりのフレーズを言われただけで気分が高揚したのはなぜだろう。つーか、俺の誕生日知ってんのか。そりゃあ調べればすぐに分かることではあるけれど、さすが俺のファンだな。そういえば毎年、誕生日には球団の方に沢山プレゼントが届いているんだったっけ。興味がなさ過ぎてすっかり忘れていた。


「おじさんが、今日のお代はいらないって。誕生日プレゼントだそうです」
「それは嬉しいけど…名前ちゃんからは?」
「え?」
「俺の大ファンなのに名前ちゃんからのプレゼントはないんだ?」


ちょっとした出来心だった。ほとんど冗談のつもりで言ったし、本気でプレゼントがほしいなどとは思っていない。それなのに彼女は、いつも俺の予想を裏切る反応をしてくれる。私なんかのプレゼントを受け取ってくれるんですか?って。もらう側の俺よりも嬉しそうに、そう尋ねてきたのだ。


「そりゃあるならもらうけど」
「じゃ、じゃあ、ちょっと待っててください!」


まだ少し食事残ってるし帰るつもりねぇけど、と思いつつ頷けば、名前ちゃんは厨房の方へと走って行き、ものの数秒で俺の元へ帰ってきた。手にはラッピングされた小さめの袋。どうやら用意してくれていたらしい。今日俺に会えるかどうかも分からないのに。実はこの手のプレゼントは直接受け取らないようにしている俺だけれど、名前ちゃんから渡されたそれだけはなぜか何の抵抗もなくすんなりと受け取った。そうしなければならないような気がしたのだ。
いらなかったら捨ててもいいので、と前置きされたそれの中身は入浴剤。これなら寒くなってきたこれからの時期に使えるし、残るものでもないから有難い。きっとそういうことも考えて選んでくれたんだろうなということが、彼女の人柄から伝わってくる。


「ちゃんと使う。ありがとな」
「いえいえ!こちらこそ…受け取ってもらえて嬉しいです…」
「そんなに俺のこと崇拝してんの?」
「はい!大好きです!」


大好き。その言葉は勿論、犬や猫が好き、などと同じニュアンスで使われた言葉に違いない。それは分かっているのだけれど、どきりとした。何の躊躇いもなく投げかけられたことが、嬉しいような悲しいような、複雑な心境。「野球選手の御幸一也」ではなく、ただの「御幸一也」を前にした時、彼女は同じ言葉を言ってくれるだろうか。そんなことが気になり始めた自分に苦笑する。そんなことを考えても何の意味もないというのに。


「名前ちゃんはなんで俺のファンなの?」
「だって、キラキラしてるじゃないですか」
「…なんだそりゃ」
「他の選手も勿論すごいんですけど、なんていうか御幸せん…、御幸さんは誰よりも野球のことが好きなんだなって感じると言いますか…!こう、とにかく、キラキラしてて…!」
「ああ、うん、分かった、ありがとう」


必死に俺の魅力を語ってくれる名前ちゃんに、俺はたじたじだった。幾らファンだからってそんなに褒めるか?そりゃ野球は死ぬほど好きだし、それが伝わっているのは嬉しいことだと思う。けれども、こんなにストレートに褒めちぎられるのは擽ったすぎる。誕生日だからサービスされてんのか?と疑いたくなるほどだけれど、俺には分かっていた。名前ちゃんの口から飛び出した言葉にはひとつも嘘がないってことを。
何がキラキラしてる、だ。今の名前ちゃんの笑顔の方がよっぽどキラキラしてんじゃねぇの?そう言いそうになったのをぐっと堪えて、代わりに、ありがとうの言葉とともに笑顔を返しておいた。すると、今まで元気いっぱいだった名前ちゃんが急に静かになって、みるみるうちに顔を赤らめていくではないか。俺、そんな反応されることしたか?すげぇ気まずいんですけど。


「しょ、食事中に失礼しました!ごゆっくり!」
「あ、うん」


結局、名前ちゃんは逃げるようにその場を去ってしまって、お会計の時もいつもよりカチコチした動きだった。さっぱり意味が分からない。けれども、まあいいか。俺は家への道を歩きながら、今日の風呂はいつもよりゆっくり浸かることにしようなどと考えるのだった。

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