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douce somnolence


翌日の朝7時半。予定通り、黒尾は私のマンションまで迎えに来てくれた。荷物を後ろの座席に詰め込んで、私は助手席に座る。シートベルトをしたことを確認した黒尾は、滑らかに車を発進させた。
目的地までは2時間半から3時間ほどかかるらしい。ご丁寧にカーナビが案内してくれている。


「着いたら昼前に視察して、飯食って、取引先に挨拶だっけ?」
「そうだよー。昼の2時からホテルのロビーで会うことになってるはず」
「ん、りょーかい。昼飯何食いたい?」
「なんでもいい。美味しいやつ」


大丈夫、いつも通り話せてる。私は安堵しながら他愛ない話を続けた。車は高速道路に入り、殺風景な風景が続くようになっている。
車内で過ごすこと約30分。唐突に訪れた沈黙。
あれ、どうしよう。何話せばいいんだっけ?2人で飲んでる時ってもっと盛り上がってたような気がするんだけど。
隣の運転席に座る黒尾は、当たり前だけど前を向いて運転に集中しているようだ。妙に緊張しているのは私だけ。ああ、もう。また無駄なことを考えてる。
私はスマホを取り出すと興味もないくせにSNSをチェックし始めた。視線はスマホに落としているけれど、意識は完全に隣の黒尾に向いている。運転している黒尾が不覚にもカッコよく見えてドキドキしているなんて、私は病気か。
ドキドキはおさまらないまま、時々雑談をしつつ、車は軽快に目的地を目指して走り続けるのだった。


◇ ◇ ◇



現地に到着してからはあっという間に時間が過ぎた。プロジェクトの候補地となっている場所を視察して何枚か写真を撮った後、2人で昼食を取り(結局お蕎麦をいただいた)、取引先に挨拶して、今後の打ち合わせをして…気付いた時には夜の6時を回ろうとしていた。通りでお腹もすくわけだ。


「やっと終わったなー」
「結構疲れたね」
「部屋行くか?」
「んー、お腹すいた。夜ご飯食べに行こうよ」
「だな。美味い酒飲める店、きいてくるわ」


仕事で来ているとは言え、どうせ泊まりがけなのだから旅行気分で楽しまなきゃ損だ。夜ご飯は自腹なわけだし、どこで食べようと問題ないだろう。
私達は黒尾がホテルのフロントできいてきた地元オススメのお店を目指して歩き出した。


◇ ◇ ◇



「うめー!」
「やっぱり地元の人にきいて良かったね」


オススメしてもらった居酒屋は地元の郷土料理や地酒が揃っていてとても美味しかった。おかげでお酒がすすむ。大好きな焼酎も、これで何杯目だろうか。
お酒の力とは偉大なもので、午前中の車内での緊張感など嘘のように、私は黒尾と楽しく過ごすことができている。これでいい。この空気が心地いいのだ。


「くろおー。たのしーね」
「お前、結構飲んだろ。酔った?」
「んーん、だいじょーぶ」


ふわふわして気持ち良いけど、たぶん大丈夫。お酒は強い方だし、今まで酔い潰れたことはない。お酒弱いのー、酔っちゃったー、みたいなことを言う可愛い女ではないのだ。


「そういえばさー、私が合コン行ってホテル連れて行かれそうになった時、なんであんなとこにいたの?」
「…なんで今更そんなこときくんだよ」
「あの時はそんなこときける雰囲気じゃなかったじゃん。今、急に思い出して」
「たまたま通りかかっただけだっつーの」
「へぇ……誰かとホテル行くところだったの?」
「なんだそりゃ」


黒尾は私の発言に呆れているようだけれど、あんなホテル街を1人でうろうろしているなんておかしいと思う。なんだ、私には言えないけど彼女でもできたのか。
もし彼女できたら教えてって言ったのになあ…なんか、切ない。仲が良いつもりだったのは私だけだったのだろうか。


「黒尾、彼女できたんでしょ。いーよ、私に遠慮しなくても」
「はあ?前にも言ったろ、当分彼女つくらねーって」
「ふぅーん?へぇー?」
「信じてねぇな?」
「じゃあさ、好きな人はいないの?」
「…お前、飲みすぎ。そろそろ帰るぞ」
「はぐらかさないでよー」


だんだんと頭が回らなくなってきた。確かに、少し飲みすぎてしまったかもしれない。
黒尾はさっさとお会計を済ませてくれているようで、そういうさり気ないスマートさもモテる理由の1つなんだろうなあ、とぼんやり考える。なんで彼女つくらないんだろう。何か理由でもあるのかな。


「ほら、帰るぞ。立てるか?」
「ん、だいじょぶ」
「大丈夫じゃねーし。フラフラだし。ほら、掴まれって。こけるぞ」
「黒尾って優しーよね」
「は?」


黒尾はポカンと口を開けて呆けている。あれ?私、何か変なこと言ったかな?ふわふわする頭でどれだけ考えても、自分の言ったことを思い出せない。
黒尾はいまだに呆けたままだけれど、もともと顔立ちが良いからなのか、私の特別なフィルターがかかっているからなのか、そんな姿もカッコいいなあと思ってしまう。
最近ドキドキしてるのも、黒尾がカッコいいからなのかなあ。同期としてずっと一緒にいたのに、今まで気付かなかったなあ。


「私さあ、最近おかしーの」
「今も十分おかしいけどな」
「違うのー。そういうのじゃなくてー…なんかねー、最近黒尾と一緒にいるとドキドキするのー。変でしょ」
「…は、」
「黒尾って優しいし、カッコいいし、いいヤツだし…今更気付いちゃったんだー。だからドキドキしてるのかなあ?」
「ちょ、お前…」
「ねぇねぇ黒尾、私ね…、黒尾のこと、すきだよ」
「はあ?おい、ちょ、待てって」


黒尾が何か言っているのが遠くの方できこえるけれど、私の耳には届かない。ふわふわ、ふわふわ。気持ち良い。
私はふわふわした気分のまま、意識を手放した。



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douce somnolence=心地良い(穏やかな)微睡み


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