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distorsion de inattendu


約束の土曜日。私は鉄朗の運転する車に揺られて鉄朗の実家へ向かっていた。よく考えてみれば、彼氏の実家にお邪魔するという経験は初めてだ。
どんな振る舞いをするべきか分からなかった私は、鉄朗の実家に行くことが決まってから、慌てて女性もの雑誌の特集ページを読み漁った。テーマはずばり、これで完璧!彼氏のお母さんに気に入られる理想の彼女!である。自分がこんな記事を必死になって読む日が来ようとは思わなかったが、こうなったらどんな手段でも利用するべきだ。私は藁にもすがる思いで、記事の内容を頭に叩き込んだのだった。
その結果、今日はちょっと綺麗めで清楚なブラウスとスカートを見に纏い、いつもより淡めのメイクにしている。おかしくはない…と思う。運転席の鉄朗は実家に帰るだけだからとラフな格好をしているから、今の私とは随分アンバランスな印象だ。


「すげー気合い入ってんのな」
「だって、雑誌に書いてあったんだもん…」
「うちの親、そういうの気にしねーって。テキトーに初めましてーって笑っときゃ良いから」
「私は鉄朗みたいに役者じゃないから無理なんですー」
「だからその役者ってのヤメロ」


私の母親に会った時以来、私の中での鉄朗は役者ということで定着した。もはや外面が良いとか、そういうレベルではなかったのだ。良くも悪くも、咄嗟にあんな対処ができるのは羨ましい。
私もあんな風にできたらこんなに悩まなくて済むのになあ、なんて考えていた私に、鉄朗がもうすぐ着くと教えてくれる。私は心臓の鼓動が速くなっていくのを感じながら、流れる景色をぼーっと眺め気を紛らわすのだった。


◇ ◇ ◇



そして到着した鉄朗の実家。ズカズカと家に上がり込む鉄朗について玄関にお邪魔すると、お母さんらしき人が笑顔で出迎えてくれた。ここで挨拶!私、頑張れ!


「初めまして。名字名前と言います。鉄朗さんには、いつもお世話になってます」
「こちらこそ、いつもうちの子がお世話になってます。どうぞ。狭いけどゆっくりしていってね」
「あの、これ、良かったら皆さんで召し上がってください」
「まあ…わざわざありがとう。後で一緒にいただきましょうか」


終始にこやかなお母さんは、私があらかじめ用意していた洋菓子の詰め合わせを嬉しそうに受け取って、家の中に入るよう促してくれた。きっと掴みはバッチリだ。私はホッと一息つきながらパンプスを脱ぎ、玄関の隅に丁寧に並べた。細かいところでも行儀良く振る舞うべし!雑誌にそう書いてあったのを思い出す。
通されたリビングで、鉄朗に座れと言われたソファに腰かける。こういう時、お母さんに何かお手伝いしますって言った方が良いんだよね?え、でも台所までわざわざ行ったら失礼?どうしよう。


「お前、何そわそわしてんの?」
「何かお手伝いしに行った方が良いのかなって…」
「はあ?なんで客なのにそんなことしなきゃなんねーの。座っときゃ良いんだよ」
「でも、印象が…!」
「だーかーらー、誰も気にしてねーっつーの」


そりゃあ鉄朗は実家なんだからそう思うかもしれないけれど、こっちは色々勝負なのだ。ここでお母さんに嫌われでもしたら、きっとこの先、鉄朗と付き合っていくのも難しくなってしまうに違いない。私がこんなに必死なのは今後も鉄朗とうまくやっていくためだというのに、隣の馬鹿男ときたらぐだーっとソファに座って腹へったなーとか言う始末だ。昼ご飯さっき食べてきたじゃん!お前は胃袋まで馬鹿なのか!


「鉄朗、いつからお付き合いしてるの?」
「あー…分かんね。4ヶ月ぐらい前から?」
「そんなに前なの?ちっとも教えてくれないから知らなかったわ…」
「いちいち親に報告するわけねーじゃん。子どもかよ」
「アンタは私の子どもでしょ」
「うっせーなあ…だから連れて来てやったろ。な?名前?」
「へ?え、あ、はい?」


鉄朗が言い負かされている感じが新鮮で、なかば感心しながら親子のやり取りを眺めていたところ急に名前を呼ばれたものだから、私はマヌケな返事しかできなかった。恐らく顔も相当マヌケヅラだろう。私は慌ててにこやかな笑みを浮かべると、お会いできて嬉しいです、と取り繕った。咄嗟にしては、なかなか気の利いたセリフだったと思う。
お母さんは少し不思議そうな顔をして、けれど特に私の言動にツっこむことなく、淹れたての紅茶をすすめてくれた。私が持って来たお菓子も、綺麗なお皿に載せられている。


「そういえば研磨君の家に夜久君達が来てるって言ってたわよ。名前さんを連れて行くんじゃないの?」
「あー、そうだった。これ飲んだら行ってくるわ」
「高校のバレーの人達だっけ?」
「そう。最近会ってなかったからなー」


そう話す鉄朗は昔のことでも思い出しているのか、とても楽しそうだ。木兎、赤葦、月島には会ったことがあるけれど、そういえば肝心のチームメイト達には会ったことがなかった。話ではよく聞くけれど、一体どんな人達なのだろうか。私は密かにワクワクしながらお母さんが淹れてくれた紅茶を啜った。


◇ ◇ ◇



洗い物をすると申し出たがやんわり断られ、私はご馳走になるだけご馳走になって研磨君の家に来ていた。チャイムを鳴らすと研磨君のお母さんらしき人が出迎えてくれて、鉄朗と挨拶を交わしている。どうやら随分と通い詰めていたのか、鉄朗は挨拶を済ますと、まるで自分の家であるかのように中に入って行った。私もお母さんに会釈だけすると、慌ててその後を追う。
階段を上った先にある部屋からはワイワイガヤガヤと話し声がきこえてくるところを見ると、どうやら盛り上がっているらしい。新参者の私が急に入っても大丈夫だろうかと一抹の不安が過ぎる中、鉄朗はなんの躊躇もなく部屋に突入した。


「お前ら元気だったかー?」
「お!黒尾じゃん!相変わらず髪立ってんなー」
「夜っ久んは相変わらず小さいですねぇ?お魚食べてますかぁ?」
「クロ…来て早々ケンカしないでよ…うるさい…」
「ンなこと言ったってなあ研磨…喧嘩売ってきたのは夜っ久んの方なんだけど」
「あの!クロさん!そちらの麗しい女性はどちら様ですか!」
「あー?俺のカノジョ。山本が麗しいってよ。良かったな」
「馬鹿にしてるでしょ…」


その部屋には見知らぬ男の人が4人、ぎゅうぎゅう詰めで座っていた。金髪プリンの研磨君、小柄なやっくん?、モヒカンの山本さん、そして名前はわからないが穏やかそうな坊主の人。どうやら全員、高校時代のバレーメンバーのようだ。
なかなかに個性豊かなメンツに少しばかり驚きつつ、自分はどこにいれば良いのだろうかと戸惑っていると、鉄朗が強引に研磨君が座るベッドの上に陣取って私を手招きした。いやいや…もうぎゅうぎゅうだし。どこに座れって言うの?なんで手招きしてんの?
私が動かず立ち尽くしていると、やっくんと呼ばれていた人が、行かないの?と言ってきた。え?あなた、鉄朗と同じくこの状況が分かってない人なの?


「こっち来いって」
「いや…座るとこないじゃん」
「あるし」
「は?え、わぁ!ちょ、鉄朗!」
「な?あったろ?」


鉄朗に手を引かれ、申し訳なくも研磨君のベッドの上にお邪魔してしまったかと思えば、私が座らされたのは胡座をかく鉄朗の足の上だった。は?待って待って!これは駄目でしょ!何考えてんの!
急いで立ち上がろうしたけれど、背後からお腹に回された腕にがっちりホールドされている私は、思うように動けない。そんな私達を見たモヒカンの山本と呼ばれた人は、顔を真っ赤にさせている。赤面したいのはこっちだ!たぶんもう赤いけど!


「見せつけてくれるなあ」
「海も彼女いんだろ。こういうことしねーの?」
「黒尾みたいにどこでもかしこでも盛るやつばっかじゃねーだろ。海は特に」
「クロ、彼女さん嫌がってるみたいだけど…」
「照れ隠しだから気にすんな」
「気にしてよ!ばっかじゃないの!」
「クロさん…羨ましいです…!」


研磨君が指摘してくれたというのに、鉄朗は私を解放する気なんてさらさらないらしい。こういう時はどんなに抵抗しても無駄だと悟った私は、諦めてその場で項垂れた。初対面の人達の前で、とんだ羞恥プレイである。
私の気持ちを知ってか知らずか、どうやらこの光景をさほど気にしていないらしい皆さんは、普通に会話を楽しみだした。まあ、有り難いけど。もしかしてこれ、高校の時に付き合ってる彼女とかにもやってたのかな…だからこんなに反応薄いとか?見慣れてる的な?有り得る。…だとしたら、なんか嫌だな。
過去のことに嫉妬しても仕方がないし、本当にそんな過去があるかは分からないけれど、私はなんとなく気持ちが沈んでいくのを感じた。そんな私の様子に気付いたのは、会話に参加せずゲームを楽しんでいるらしい研磨君だった。


「名前さん…元気ないね」
「そんなことないよ。……あれ、私、名前言ったっけ?」
「…色々、きいてるから。みんなも」
「ん?どういうこと?」


研磨君の発言をきいて首を傾げる私。すると、このタイミングで、海と呼ばれていた坊主の人が気になる発言をした。


「黒尾は昔、長続きしなかったよなあ」
「え?」
「高校ん時は色んな子と付き合っててさー、すぐ別れるくせにすげー見せつけられたなー」
「クロさん毎回羨ましかったっす!」
「おい!お前ら!」


予想通りというか、なんというか。恋愛経験豊富だろうということは前々から分かっていたことだし、高校時代に色んな子と付き合っていたとしても不思議はないと思っていた。けれど、それを聞くと、私のことはどうなのだろう?と不安になってしまうのは仕方のないことだと思う。


「名前、あいつらが話してんのは昔の話だから」
「…別に、気にしてないし」
「まあ機嫌直せって…な?」
「だから気にしてない…っ!」


みんなのいる前で、堂々と。鉄朗は何の前触れもなく私にキスをした。すぐに離れたものの、そういう問題ではない。
ここに来るまでの弾んだ気持ちはどこへやら。私は反射的に立ち上がると研磨君の部屋を出て、そのまま玄関を飛び出した。行くところなんてないくせに、恥ずかしさともやもやした感情でいっぱいの私があの場にいられるわけなんてなくて、あてもなく走る。
なんで鉄朗は、いつもあんな風に私を辱めることばかりするんだろう。会社でもそうだ。私を弄んで、どんな反応をするか楽しんでいるのだろうか。だとしたら、付き合っているのも遊びの一環だったりして?
そんなはずはないと信じている。今まで沢山優しくされてきたことだって、忘れたわけじゃない。付き合ってからはたった数ヶ月だけれど、一緒に働き始めてからは何年も経っていて、鉄朗の性格は分かっているつもりだ。でも、でも。
ごちゃごちゃした頭で走り続けている私の手を、誰かが掴んだ。誰かなんて、振り返らなくても分かる。


「待てって」
「やだ、離して」
「さっきのこと怒ってんの?」
「鉄朗はなんでいつもああいうことばっかりするの?私が恥ずかしがって困る姿を見て、そんなに楽しい?今までの彼女も、さっきみたいにみんなに見せつけて楽しんでたの?」
「名前、落ち着けって、」
「私じゃ、鉄朗のこと、分かってあげられないよ…」


私が泣きそうな声で落とした言葉を拾い上げた鉄朗は、掴んでいた手を力なく手放した。



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distorsion de inattendu=予想外の歪み


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