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harceler


「え…なんで…?」
「やぁねぇ、娘の顔を見にきた親に向かってそんな反応して」
「だって何の連絡もなかったじゃない!」
「いいじゃないの。親子なんだから。こっちに来たから寄っただけよ」


土曜日の昼過ぎ。例のごとく鉄朗が泊まりに来ていたのでグダグタ、ちょっとイチャイチャしながら過ごしていたら、突然チャイムが鳴った。宅配便かな?と思いながら玄関の扉を開くと、そこに立っていたのはなんと母で。突然の来訪に、冒頭の会話を繰り広げることになったわけである。
親だとしても、何の連絡もなく来るなんて非常識ではないだろうか。そんなことを思っても、来てしまったものは仕方がない。追い返すわけにもいかず、私は渋々家の中へと招き入れた。が、靴を脱ぐ母の後ろ姿を見ながら大切なことを思い出す。今、鉄朗がいる!気付いた時にはもう遅く、母は既にリビングへ向かっていて、ソファに座る鉄朗とご対面していた。
母と鉄朗がお互いに目を見合わせて固まること数秒。先に動いたのは鉄朗の方だった。


「もしかしてお母さんですか?」
「え?ええ…名前の母ですが…あなたは?」
「ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。名前さんとお付き合いさせていただいてます、黒尾鉄朗と申します」
「あらぁ!そうなの!名前!お母さん聞いてないわよ!」
「そりゃそうだろうね…言ってないもん…」


こんな予想だにしない展開にもかかわらず鉄朗は凄まじいスピードで適応し、胡散臭い笑顔を振りまきながら、なんともご丁寧な挨拶をしてくれた。まったく、口から生まれたようなヤツである。
お母さんは私に彼氏がいると分かってテンションが上がっているし、恐らくこの空間で憂鬱なのは私だけだ。これから3人で、どうしろと言うのだろうか。


「名前、こんなにイケメンで背が高くて礼儀正しい彼氏の前で、そんな格好してないで!着替えてらっしゃい!」
「なんでよ…ここ、私んちなのに…」
「名前はどんな姿でも可愛いから大丈夫です」
「まあ!心の広い彼氏ねぇ…!」


よくもまあ、これっぽっちも思っていないくせにそんな歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだ。お母さんはまんまと騙されて感激しているし、鉄朗の思う壺である。
私は2人のやり取りを無視して、とりあえずコーヒーでも淹れようとキッチンに向かった。どうやったら早く帰ってくれるだろうか。そんなことをひたすら考えながら1人で過ごしていると、リビングから2人の笑い声が聞こえてきた。何の話をしているのか、キッチンからは聞こえない。
コーヒーを淹れ終えた私は、3人分の飲み物と簡単なお菓子を持ってリビングに戻った。相変わらず鉄朗はにこにこと完璧な笑顔で会話をしている。少しぐらいボロを出しても良いだろうに…お前は役者なのか。


「お母さん、いつ帰るの?」
「まだ来たばっかりじゃない。鉄朗君ともお話したいし、もう少しいさせてよ」
「鉄朗君って…」
「さすが名前のお母さんですね。明るくて話しやすくて、僕も楽しいです」
「本当に良い子ねぇ…名前には勿体ないわ」


お母さんは、また、騙された。ていうか鉄朗、僕って何。あなたは誰ですか。もはや目の前の男は私の知る黒尾鉄朗ではなく全くの別人である。
調子に乗んな、という念を込めて鉄朗を睨んでやったが、気付いているくせに素知らぬ顔をされた。ムカつく。
それから3人で…と言っても、ほぼお母さんと鉄朗で話すこと小1時間。すっかり打ち解けた2人は、私の存在を忘れているのではないかと疑いたくなるほど盛り上がっている。


「今度はうちに遊びに来てね。お父さんにも言っとくから」
「はい。ぜひ」
「え、お父さんに言うの?」
「当たり前じゃない。お父さん心配してたもの…名前はお嫁にいけるのかって」
「ちょ、待ってよ。お嫁って…そんな話…」
「また改めて、ご挨拶に伺います」
「は?鉄朗?」
「ふふ、待ってるわ」


なんだかよく分からない展開になっているが、その場凌ぎの冗談だろう。私は穏便に話を終わらせるため、敢えてそれ以上何も言わなかった。
結局それからまた30分ほど話をしたお母さんは、やっと気が済んだのか帰り支度を始めてくれた。鉄朗のおかげで終始ご機嫌だったのは、まあ、有り難い。玄関まで見送りに行った私と鉄朗にお母さんは笑顔で一言。


「鉄朗君、うちの子のこと、これからも宜しくね」
「はい」


娘である私には何の言葉もなく、帰っていった。我が親ながら、嵐のような人間である。私は大きく溜息を吐いてからリビングに戻った。空のコーヒーカップやお菓子のゴミを片付けていると、役者・黒尾鉄朗が手伝いに来た。もうあの胡散臭い笑顔は消えている。


「役者モードは終わりですか」
「は?何だよそれ」
「お母さんの前では随分と好青年を演じていらっしゃったもので」
「そりゃあ彼女の母親の前でイイ男を演じるのは当たり前だろ」
「ふーん…」


確かに、私が鉄朗の立場でもできるだけ良く見られようと努力はするかもしれない。が、あそこまで完璧に別人だとお母さんを騙しているとは思わないのだろうか、とも思う。複雑な心境の中、鉄朗が突然、あ。と声を漏らした。


「何?」
「お前んち。いつ行く?」
「は?何の話?」
「さっきお母さんと話したろ。お父さんに挨拶に行くって」
「…え。あれ、本気だったの?」
「当たり前だろ」


なぜか呆れられてしまったが、私の反応は正常だと思う。だってあれは、その場凌ぎの冗談だったはずだ。まさか本気でうちの実家に挨拶しに行くなんて思わないじゃないか。
いまだに冗談だと信じて疑わない私に、鉄朗は眉を顰める。そんなに気難しい顔をして、一体何を考えているのだろう。


「お前、俺がどんな気持ちで挨拶行くって言ったか分かってねーな」
「だからー。冗談なんでしょ。お母さんがノリノリだったから合わせてくれたんじゃないの?」
「違うっつーの」
「じゃあ単純に遊びに行きたいだけ?」
「……お前なぁ…いや、まあ…良いけど…はぁ…」
「なんで溜息吐いてんの?」


がっくり肩を落として溜息を吐かれたが、さっぱり意味が分からない。私が不満そうな顔をしていることに気付いた鉄朗は、また溜息を吐いて、珍しくも困ったように笑った。


「まずはうちの実家行くか」
「は?え、なんで、」
「彼女連れて来いってうるせーの。高校ん時の奴らにも久々に会いてーし」
「いや、でも、私なんかが行ったら…鉄朗のお母さん、がっかりするんじゃ…」
「なんでだよ。良いから。来週の土曜日。空けとけよ」
「え!来週って直ぐじゃん!無理無理!」


なぜこんなことになってしまったのだろう。お母さんが突然きたせいで急に思い立ってしまったのだとしたら、私はお母さんを心底恨む。彼氏の実家に挨拶って、そんなのまるで結婚とか考えてるみたいじゃないか。
そこで、私ははっとする。もしかして、いや、有り得ないかもしれないけど、さっき鉄朗がうちの実家に挨拶しに行くと言ったのは、そういう意味だったりして?……いやいや…ないない。それは、ない。1人で考えておきながら小さく頭を横に降る。付き合って数ヶ月が経ったけれど、そんな話はおろか、雰囲気すらないのだ。勝手に夢を抱いていたら、また鉄朗に馬鹿にされてしまう。
けれど、それならば鉄朗の実家に誘われたことにはどういう意図があるのだろうか。ただお母さんを安心させてあげたいだけなのだとしたら、意外と親孝行な息子である。


「鉄朗って、親孝行だったんだ…」
「は?お前急に何言ってんの?」
「お母さんを安心させるために、彼女いるよって教えてあげようとしてるんでしょ?偉いじゃん」
「あー…まあ……、そういうことでイイわ」
「なんか歯切れ悪いなあ」
「前々から分かってたことだけど名前って鈍感極めてるよな」
「は?失礼なんだけど!」


何が鈍感だ!確かに付き合うまで色々あったけれど、そこまで鈍感じゃない…と思う。たぶん。自信を持って言い切れないところが悔しい。
兎にも角にも、来週の土曜日には鉄朗のご実家に行かないといけないわけで。私は、どんな服装で行こう…なんて考えながらスマホで“彼氏の実家 服装”と検索し始めるのだった。



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harceler=悩ませる、振り回す


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