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querelles de l’amant


出社前、何度も鏡でチェックした。今日は髪型をハーフアップにして首元を隠しているから見えないはず。
鉄朗につけられてしまった首筋のキスマークを隠すため、私は朝から奮闘していた。その結果、恐らく自然な形で見えなくなっていると思う。その証拠に、出社してから誰にも指摘されていない。


「うまく隠してんじゃん」
「よく言うよね。誰のせいで朝から苦労したと思ってんの?」
「さーあ?誰かなーあ?」


私のデスクに近付いてきた鉄朗と、小声でボソボソとそんな会話を繰り広げる。こいつ、ちっとも反省してないな。なんてやつだ。バレたらこっちは死活問題だというのに。
私は鉄朗をキッと睨みつけると、パソコンに向かって入力作業を再開する。すると、左隣に座っていた天然で有名な後輩君が、信じられないことを口走った。


「名字さん、首のところ赤くなってますよ?」
「えっ!あ、ほんと?虫にでも刺されちゃったのかな?アハハ…」
「虫刺されっぽくないっスけどねー。……あ。ああ!そういうことっスか!ラブラブっスね!」


私と鉄朗を交互に見遣って何やら察してしまったらしい後輩君はニヤニヤしている。これだから天然男子は困る。察したなら静かに放っておいてくれたらいいものを、大きな声でそんなことを言うものだから、周りにいた社員達が一斉に視線を向けてきたではないか。
このまま適当に無視して仕事に戻ってもらおう。そうしよう。私は何事もなかったかのようにパソコンへ視線を戻す。が、ここで要らぬ発言をする男がもう1人いることを、私はすっかり忘れていた。


「バレちまったなあ、名前?まあ折角見えるとこにつけたんだから俺としてはバレてくれた方が良かったケド?」
「ちょっと!アンタ馬鹿なの!?」
「やっぱり黒尾さんがつけたんスかー?名字さん、愛されてますねー!」
「キミもうるさい!仕事しなさい!」


余計なことを言う鉄朗と後輩君を思わず大声で注意してしまった。仕事に戻りかけていた社員達が、何事かと再びこちらに視線を向けてくる。これはマズい。
元はと言えば馬鹿な後輩と鉄朗のせいだが、このままではうっかりボロが出てしまいそうだ。今度こそ静かに、冷静に対処しよう。そう心に決めたのに、ちっともへこたれていない後輩がグイグイ攻めてくる。


「黒尾さんって結構独占欲強い系っスか?」
「知らない」
「じゃないとキスマークなんかつけないっスよねー?」
「まぁネ」
「鉄朗、黙って」
「名字さん、身体大丈夫なんスか?黒尾さんデカいじゃないっスか」
「そんな心配、キミにされる必要ないから。し、ご、と。しなさい」


この後輩、天然なんかじゃない。天然を装った腹黒男だ。そうじゃなかったら、こんなにグイグイ攻めてくるはずがないだろう。先ほどの大声での発言も、もしかしたら確信犯かもしれない。なんと恐ろしい後輩なのだろうか。
鉄朗は私が必死にたしなめている様を見て面白がっているようだし、本当にひん曲がった性格をしたヤツである。こんな男のどこを好きになったんだろう。甚だ疑問だ。


「じゃあ最後に1つだけ!」
「…何?最後だからね」
「黒尾さんって、夜のあれこれ、うまいっスか?」
「はあ?何きいてきてんの!」
「良いじゃないっスかー」
「俺もそれききたーい」
「鉄朗!悪ノリすんな!」
「これで最後にするんで。ね!」
「知らない!」
「えー。そこはうまいって言えよなー」
「そんなの一々言わなくても分かるでしょ!嫌だったらヤってないし!」


しーん、と。社内が静まり返った。身体からさあっと血の気が引いていく。私は、とんでもないことを言ってしまったのではなかろうか。ボロが出そうだと懸念はしていた。だから細心の注意を払っていたというのに、つい頭に血が上って失言をしてしまった。
鉄朗と腹黒後輩は2人揃ってなぜかニヤニヤしている。もしかしてこいつら、グルなのか。それとも、腹黒同士、仲間意識でも芽生えたのだろうか。この際どちらでも良いが、この社内の空気をどうにかしてほしい。


「名前、大丈夫か?」
「誰のせいでこんな状況になったと思ってんの?」
「可愛い後輩君のせいじゃね?」
「鉄朗も加担してたじゃん!」
「まあ、名前の反応見るの面白ぇし」
「悪趣味!大体、鉄朗がこんなところに痕付けたのが原因でしょ!」
「それもそうだな」
「何冷静に肯定してんのよ。私、浮気なんかしないって言ってんのに!」
「…そりゃどーも」
「名字さん?黒尾君?仲が良いのは分かったから仕事に戻りなさい。ね?」


鉄朗にけしかけられたばっかりに、上司に宥められるという恥を晒してしまった。仕事はできるキャラで通ってたのに…もういっそのこと、燃えて灰になってしまいたい。
私はがっくりと肩を落として、仕事に戻った。社員達からの視線が非常に痛い。こんな状態が続くなら、本気で会社なんか辞めてやる!本当に辞める勇気もないくせにそんなことを思ってしまうぐらい、私はイラついていた。


◇ ◇ ◇



仕事中は仕事に逃げられるからまだ良い。問題は昼休憩だ。私は時計を確認して昼休憩に入った瞬間、席を立って逃亡を図る。が、そんな行動を取ることはお見通しだったのだろう。今まで見たこともないような笑顔で私の手を掴む同僚に、ランチへ誘われてしまった。
誘われたというより連行されている、と言った方が正しいような気はするが、仲の良い同僚達4人(2人は男)に囲まれていては逃げることなどできるはずもない。


「あ、黒尾くーん!ランチ行かない?名前もいるんだけど」
「飯?美味いとこなら行く」
「えっ!やだ!じゃあ私、行かない!」
「名前?逃げられると思ってんの?」
「…いやいや…だって鉄朗も一緒とか地獄しか見えないじゃん……」


結局、同僚に手を掴まれたまま会社近くのオシャレなカフェに入ってしまった。頑張れ私。たった数十分の辛抱じゃないか。私は自分を励ましながらメニューに目を通す。ハンバーグかチキン南蛮か。悩ましい。
女子力高めの同僚達はサラダセットだとかサンドイッチだとか言っているが、そんなもので午後から頑張れるのか?私には到底理解できない。


「お前、どっちにすんの?」
「へ?」
「ハンバーグかチキン南蛮だろ」
「え、よく分かったね」
「サラダとか絶対選ばねぇじゃん」
「どうせ女子力低めですよー。決めた。チキン南蛮にする」


私は同僚の男達に混じってチキン南蛮プレートを注文した。同僚達には、相変わらずだなー、と笑われたが、放っておいてほしい。ただでさえ今日はエネルギーを使い果たしたのだ。ここでサラダランチなんか頼もうものなら倒れてしまうに違いない。
注文したものが運ばれてくるのを待つ間、案の定私は散々からかわれまくり瀕死の重傷を負った。なぜこういう時、鉄朗は無傷なのだろう。解せない。これ以上からかわれたら友達辞めてやろう。そう思っていたところに、注文の品が運ばれてきた。ありがとう店員さん。今の私にはあなたが天使に見えます。


「いただきまーす!」
「名前って食べる時は元気だよね」
「食べること以上に幸せなことなんてないもん」
「黒尾といる時が1番幸せーって言えよー」
「黙って!食べろ!」


唯一の至福の時である食事中までからかわれるなんて真っ平御免だ。私はチキン南蛮を頬張りながらご飯を口に運ぶ。うん。美味しい。けれど、目の前でジュージューと音を立てているハンバーグも非常に美味しそうだ。ていうか鉄朗、ハンバーグにしたんだ。お魚ランチにすると思ってたのに。
そんなことをボンヤリ考えていると、鉄朗がハンバーグを半分に切って、その半分を私のプレートの上に置いてきた。え?くれるの?


「食いたかったんだろ」
「え、でも…」
「チキン南蛮ちょーだい」
「あ、うん」


私は残ったチキン南蛮の半分を鉄朗にお裾分けした。もしかして、私が迷ってたの分かっててハンバーグにしてくれたのかな。
こういう時、鉄朗はさりげなく優しい。普段の憎たらしい言動の数々もなんとなく許せてしまうのは、たまに見せるこんな優しい一面があるからだと思う。


「お2人さん、熱いねぇ?」
「ごちそーさま」
「は?な!違う!そんなんじゃない!」
「なー?俺らアツアツで羨ましいだろー?」
「ばっかじゃないの!」
「ついでにあーんでもしとく?」
「しない!」


2人きりじゃなかったことを今更思い出した私は、同僚達の生温かい視線に気付かないフリをしながら食事に集中することにした。鉄朗はきっとこうなることを予想していたのだろう。ニヤニヤしながらチキン南蛮を口に運んでいるのがその証拠だ。
ムカつく!ムカつく、けど。私はハンバーグを見つめながら思う。からかわれるのは嫌だけれど、鉄朗がいつでもどんな時でも私のことを好きだとアピールしてくれるのは、正直嬉しかったりして。ほんの少し緩みそうになった口元に気付かれないように、私はハンバーグを頬張った。



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querelles de l’amant=痴話喧嘩


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