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罪の結晶は美しく輝く


私は変なところで馬鹿正直だ。だから、今日の夜たまたま家に両親がいないということも一也君に伝えてしまった。その結果ノコノコとうちに連れて来て、一也君は今、私の部屋にいる。
公園でのやり取りを忘れたわけではない。忘れられるわけもない。一也君は少しだけ物珍しそうに部屋を見回してから私へ視線を向けると、薄く笑った。さっきと同じ。何かを期待しているわけでも、嬉しそうなわけでもなく、貼り付けられたそれ。


「アイツもここに来た?」
「アイツって…ケンジ君のこと?」
「それ以外に誰がいんの?それとも他にそういう相手がいた?」
「まさか!どうしてそういうことばっかり…ケンジ君はもう関係ないでしょ?」
「関係ない、か…」


一也君の声のトーンが下がる。事あるごとに出てくるケンジ君の存在。私にとってはもう過去のことであって、今は一也君一筋だ。というか、ずっとずっと昔から、私の心を掴んで離さないのは一也君ただ1人だけなのに。
コップに入れていたお茶と氷。それが、カラン、と音を立てて静寂を切り裂いた。冷房はまだしっかりとは効いていなくて、部屋の中は蒸し暑い。喉も唇もカラカラ。氷を入れていても尚まだ生温いお茶を流し込んでみたものの、すぐに渇きを覚えるのは暑さのせいというより緊張のせいだろうか。
あんなことを言ってきたくせに一也君は私と一定の距離を保っていて、今のところ近付いてくる気配はない。私だけが変に緊張していて馬鹿みたいだと思うほど。


「馬鹿みたいだな」
「え?」
「俺も、お前も」
「…どういう意味?」
「本気でそういうことすると思ったのかよ」
「…分からなかった。一也君の考えてることが。…今も」
「名前は?」
「っ、」
「どうしたい?」


やっぱり、私には一也君の考えがさっぱり分からなかった。冷たいとか、怖いとか、負の感情を抱き始めたと思ったらこれだ。急に名前を呼んで、嘘みたいに優しい声音で問いかけてくる。
どうしたい?そんなこと、それこそ分からない。一也君のことは好きだけれど、そういう行為を求めているわけではないと思う。というか、今まで求めたことがないからその感情を抱くキッカケも分かっていなかった。好きなら求めるものなのだろうか。だとしたら私は、一也君のことが好きじゃない?いや、そんなことはない、はず。
カラン。また、氷が溶けた。室内は少しだけ涼しくなってきたような気がする。けれども私の体温は室温に反比例して上昇していく。首筋につうっと汗が伝って気持ち悪い。
一也君がお茶を飲み干して、私に近付いてきた。動けない私を見て目を細める一也君は、一体何を考えているのだろうか。と、考えている間に、トンと強めに肩を押された。無防備だった私はラグマットの上に倒れてしまう。見上げた先には天井と一也君の顔。私の顔の両サイドには一也君の手。つまり私は今、一也君に組み敷かれている。


「一也君、やめよう?らしくないよ…」
「らしくない?じゃあ俺らしいってのはどんなの?」


お前の思う「俺らしい」って何?


一也君がまた、冷たい声音と表情に戻った。ぞくり。背中が粟立つ。
私の知っている一也君は、野球が好きで、その野球のためならどんな努力だって惜しまなくて、真っ直ぐで、いつもキラキラしていて。けれども再会してからの一也君のことを思い返してみれば、野球をしている時は私の知っている一也君だったけれど、野球から離れて私と一緒にいる時の一也君は私が知らない一也君だった。だから怖いと感じたし、何を考えているのか分からなかったのだけれど。
もしかして、そうさせているのは私?私と一緒にいるからそんな顔をするの?知らず知らずのうちに傷付けていたの?もしそうだとしたら。こんな関係を望んじゃいけなかったね。好きだなんて言わなければ良かった。再会、しなければ良かった。


「ごめん…一也君の、好きなようにして」
「…へぇ、それで良いんだ?」
「うん」


制服のリボンが解かれ、シャツのボタンが外されていく。抵抗はしない。だって、これが一也君の望んでいることなら、抵抗する意味なんてないもの。


「これも、初めてじゃねぇの?」
「え?」
「キスもハグも、俺が初めてじゃないんだろ」
「そう、だけど…」
「これも?」


1度だけ。たった1度だけだけれど、大切なその1度を、私は既に経験してしまっていた。一也君の揺らぐ瞳を見て思う。どうして望んでもいなかったくせにその場の雰囲気に飲まれて大切な1度を彼に許してしまったんだろうか、と。けれども、後悔したって過去には戻れない。もう終わってしまったことだ。
嘘を吐いたってきっとバレてしまう。何より、一也君に嘘は吐きたくなかった。だから私は小さく頷く。一也君は興味なさそうに、わざと何の感情も込めぬよう努力しているかのような声色で、あっそ、と吐き捨てた。その表情を窺う勇気はない。
はだけた胸元に一也君の顔が寄せられ、キャミソール越しに感じる一也君の吐息だけで、私の心臓は破裂しそうなほど大きく脈打っている。このまま私は一也君の思うがままになっていくのだろう。それでいい。それ以外、選択肢なんてない。
ぎゅっと目を瞑り、続けられるであろう行為に身を投じようと決心した時だった。ちゅ、と。唇に柔らかくややカサついた感触。それが一也君からの口付けだと認識するのに、少し時間がかかる。
恐る恐る目を開けてみれば一也君はもう私を組み敷いてはいなくて、少し離れた位置に座っていた。ホッとしたような残念なような、とても複雑な心境のままでゆっくりと上半身を起こす。一也君、と呟くように呼んだ声は聞こえているだろうか。何の反応もないから、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。


「…帰るわ」
「どうして…、」
「無理矢理されたかったのかよ」
「そうじゃないけど、でも!」
「お前は!」
「…っ、」
「俺じゃなくても良かったんだな」


このまま帰ってしまったら一也君は永遠に私のことを見てくれないような気がした。だから必死に腕を掴んでいた。絶対に離すものかと決意していた。けれども、その一言と自嘲気味に笑う一也君の表情で、力が抜けた。全てを悟ってしまったから。
俺が大人になったら、絶対に名前のこと迎えに行く。だから待ってろよ。
今でも鮮明に蘇る記憶。子ども染みた口約束。でも、大切な約束だった。ちゃんと覚えていたのに。待っていなくちゃいけなかったのに。ずっと想っていたはずなのに。
一也君が本当に私のことをそれほどまでに想い続けてくれていたのか、それは定かではない。けれど紛れもなく、裏切ったのは、私だ。キラキラと輝く思い出を壊したのも、私だ。だから、こんなことになったのだ。それを悟ってしまった。


「ごめんなさい…ごめんなさいっ…」
「…別に。もう、いい」
「でも私が好きなのはずっと…!」


バタン。扉が閉まって、私の声は届かなかった。追いかけなきゃと思うのに、足は床に貼りついたみたいに動かない。ボロボロとみっともなく涙だけが溢れる。
一也君、ごめんなさい。何度謝ったって許してもらえるとは思ってないよ。許してほしいなんて言わない。でもね、謝り続けることだけは許してもらえないかな。だって、自分から約束を破って、裏切って、一也君のことを傷付けたのに、私はまだこんなにも一也君のことが好きなままなんだもの。
一也君ごめんね、大好きで。これからも、好きなままで。中途半端で。この苦しいぐらいの好きって気持ちも、涙と一緒に流れてしまえば良いのにね。