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#05



「名字、仕事はどうや」
「とりあえずは順調かと」
「アイツとうまくやれとんやな」
「…うまく、とは言えないと思いますけど」
「悪いヤツやないねん。許したってな」


梅雨に差し掛かりジメジメとした日が続くある日、珍しく北さんに話しかけられらと思ったら宮さんのことが話題だった。北さんだけでなく、傍から見れば私と宮さんはうまくやれているように映っているのだろうか。だとしたら私の日々の努力はだいぶ報われているということになる。しいて言うなら、基本的に不真面目な宮さんを嗜めながら仕事をしている私を、もっと評価してもらえるとやる気も違うのだけれど。
今日は珍しく宮さん1人で外回りに行っているのでフロアはとても静かだ。行く前、1人で行ってもつまらんやん、とかなんとか駄々をこねていたけれど、勿論スルー。帰ってきたら一緒に昼ご飯を食べるということでお互いになんとか譲歩した。ていうか仕事なんだから譲歩というのがそもそもおかしい。知らぬ間に私は随分と宮さんに毒されているのかもしれない。気を付けなければ。
仕事に集中して取り組めるのは宮さんがいない間だけ。余計なことを考えるのは止めて、私は午前中のうちにできるだけ複雑な仕事を済ませておこうと気合いを入れ直した。


◇ ◇ ◇



むかえた昼休憩。本当にきっちり昼前までに会社に帰ってきた宮さんは、ええ店見つけてん!と目を輝かせて私に近寄ってきた。私なんかよりも数倍女子力の高い宮さんは、お洒落なお店を無駄によく知っている。それもこれも、仕事中にインターネットで検索したり、外回りの時に寄り道してはお店の偵察をしているからだということを知っているのは、今のところ恐らく私だけである。そんなことをしているにもかかわらずノルマは達成しているのだから、余計に腹が立つし指摘もできない。
約束は約束なので、宮さんの後ろをついて会社を出て歩くこと数分。雰囲気の良さそうなアンティーク調のカフェに辿り付いた宮さんは、ええ感じやろ?と、得意そうに言った。悔しいことに、今まで宮さんに連れて来られたお店でハズレは1つもない。雰囲気も味も値段も、絶妙に抜群なのだ。
道中、初めての来店だと言っていたにもかかわらず、慣れた様子で店内の奥の方に足をのばした宮さんは、半個室になっているような席に腰を落ち着けた。私も向かいの席に座り、すすめられたメニューへと視線を落とす。お店で食事をする時は家であまり食べられないものを食べようと決めているので、できるだけ自分では作らないメニューはないかと探していると、すっとのびてきた長い指。その指が指し示すのは、本日のオススメランチだった。
なんだ。これを頼めということなのか。メニューから視線を上げると、頬杖をついた宮さんと目が合って、ニィ笑われた。さっぱり意味が分からない。


「名前ちゃん、絶対これ選ぶわ」
「本日のオススメランチって何ですか?」
「じっくり煮込んだロールキャベツ」


なんという魅力的な響きだろう。ざっと他のメニューに目を通すと、ハンバーグとかオムライスとか、なんとなく家でも作りそうなものばかり。ロールキャベツはあまり作らないし、最近食べた記憶もない。宮さんの指摘通りに選ぶのは物凄く癪だけれど、確かに私は本日のオススメランチを選ぶことになりそうだ。


「どうして分かったんですか?」
「んー?いつも選んどるメニュー見たらなんとなく分かるやん」
「…いつもってほど、一緒に食事に行った覚えはありませんけど」
「でも名前ちゃんのこと、よぉ分かっとるやろ?」


すんませーん、と店員さんを呼んだ宮さんは、私の分と自分の分の料理を注文した。気付けばいつも宮さんのペースに巻き込まれているような気がする。それがどうにも気に食わないというか、むず痒いというか。私は運ばれてきたお冷を口に含み、ただ黙って料理が運ばれてくるのを待った。宮さんはその間も一方的に、あそこらへんにもええ店あって〜とか、夜だったらあっちの方に気になる店が〜とか、きいてもいないグルメ情報を提供してくるので適当に相槌を打つ。
たまにお昼ご飯を一緒にすれば、こうなるのは必然だ。なんせ私には自分から提供できる話題がないのだから。しかし、今日はいつもと違った。ひたすら聞き役に徹していた私に、マシンガントークを続けていた宮さんが、なあ、と。突然トーンを変えて呼びかけてきたからだ。


「なんですか?」
「なんで名前ちゃんは試しに付き合うんもしてくれへんの?」


どうして急に真剣な表情を見せたりするのだろう。この人のコロコロと変わる表情は苦手だ。いちいちどきりとしてしまうから。それは決して宮さんを意識しているからではない。普段ヘラヘラしている人が急に真面目な顔をしたら、誰だって驚くはず。つまりは、そういうことだ。


「好きじゃない人と付き合えるほど器用じゃないので」
「一緒におるうちに好きになるかもしれへんやん」
「そんな保証、どこにもないでしょう?」
「そらそうやけど…、」


私達の間にピリついた空気が流れ始めたところで、タイミングよくというべきか、頼んだ料理が運ばれてきた。目の前に置かれたロールキャベツは湯気を立てていてとても美味しそう。
会話はきっとこれで終わり。申し分なく美味しかった料理を口に運びながらそんなことを思っていた私の予想は外れ、私より先に食事を終えたらしい宮さんが再び、なあ、と声をかけてきた。私は何の反応もせず、ロールキャベツの最後の一口を口に運ぶ。


「過去になんかあったん?」
「…宮さんには関係ないでしょう?」
「図星?」
「だとしたらなんだって言うんですか。不愉快です」
「今までより今からが大事や思わへん?」


宮さんは口が上手い。そうやって私をおだてて、優しくするフリをして、もしも私が靡いたら、きっと簡単に裏切るのだ。だから絶対に、騙されたりしない。絆されたりなんかするものか。


「食事、終わりましたね。休憩終わる前に帰りましょう」
「何があったんか知らんけど、」
「ちょ、っと…!」
「1週間でええから俺のこと信じてや」


立ち上がってレジのところへ行こうとした私の手を強く引っ張った宮さんの顔は、真剣だった。最初からどうしても分からない。どうして私に執拗にこだわるのか。本気なわけがないから適当にあしらえばいいと思い続けて早3ヶ月目。一体いつになったらこの茶番は終わるのだろう。
握られた手首は熱くて、私は歓迎会の帰りのタクシーの中でのことを思い出してしまった。翌日の宮さんは、なんも覚えてない!と大騒ぎしていたし、送ってくれたんやろ?ごめんな?と、珍しく謝ってきたので、本当に覚えていなかったのだと思う。だから今、こうしてあの日のことを思い出しているのは私だけだ。


「離してください」
「ヤダ」
「お会計しないと」
「せやな。ほな俺のこと信じてや」
「どうしてそこまでして…」
「前から言うてるやろ。好きやって」


たとえそれが万が一にも本気だったとしても、これは強引すぎやしないだろうか。店員さんも店内にいるお客さんもチラチラとこちらを見ているし、さすがに恥ずかしい。けれどもここで、分かりました、などと返事をしようものなら、これからどうなるか分かったものではない。


「会社に帰るまでの間に話をしましょう」
「…分かった」


その場凌ぎとは言え、なんとかこの場を収束させることができたことに、とりあえず胸を撫でおろす。当たり前のように私の分まで支払いを済ませてくれた宮さんは、私がいくらお金を押し付けても受け取ってくれなかった。しかもお店を出るなり、全部本気やから、と釘を刺され、私はどう返事をすべきか悩まざるを得ない。


「私、恋愛とか、そういうのはもういいやって思ってるんです」
「なんで?」
「…色々ありまして」
「ダメな男に引っかかってばっかりやったとか?」
「まあそんなところです」
「俺もそいつらと同じや思てんの?」


そうですよ。だったら何だって言うんですか。臆病だって笑いますか。過去にとらわれすぎだって苦言を呈しますか。くだらないって一蹴しますか。
一刻も早く会社に辿り着きたくて歩調を速めた私に、名前ちゃん、と声をかけてくるのは、勿論、宮さんだ。先ほどのように手を掴まれたりはしていないけれど、その声に僅か歩調が緩んだ気がする。


「今までのやつらがどんなんだったかは知らんけど、俺は違うで」
「…そう、ですか」
「これでも自分からアプローチすんのは初めてやねん。しつこくても堪忍な」
「何を、今更…」


信じてもらえるまで頑張るわ。
宮さんがどんな表情でその言葉を落としたのかは分からない。けれど、気のせいでなければ、私の中で宮さんの印象が変化したことは間違いなかった。


さらにらがされました