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#04



「宮さん」
「んー?何ー?」
「…この、資料のことなんですけど」


私が名前を呼ぶたびに、宮侑、もとい、宮さんは、とても嬉しそうに顔を綻ばせる。子どもみたいに無邪気に。あちらこちらで女性社員から同じように名前を呼ばれているくせに、私ごときが名前を呼んだからと言って何がそんなに嬉しいのか。
私には宮さんの考えが相変わらず理解できない。ただ、おかげさまで最近は名前を呼ぶだけで大体のお願い(静かにしてください、とか、仕事してください、とか)には素直に応じてくれるようになったので、それに関しては助かっている。
そんなわけで、私は今日もサクサクと仕事を進めていた。そして、とある会社の資料を見直している時に思い出す。そうだ、宮さんにききたいことがあったんだ。


「宮さん」
「何?今日やけに声かけてくれるやん。もしかして名前ちゃん、俺のこと…」
「この会社の宮さんって、ご親戚ですか?」
「相変わらずスルースキル高いわあ」
「それで、どうなんですか?」
「…あー、言うとらんかった?それ、兄弟やねん。俺の双子の」
「やっぱり。似てるとは思っていたんですけど…双子…」


去年から私が担当するようになった大手企業の担当者が、宮さんと同じ名字であまりにもそっくりだったことを思い出して確認してみたのだけれど、なるほど、双子か。双子を見るのは初めてだけれど、言われてみれば納得である。
まあ、それを知ったからどうというわけではないのだけれど、あちらの宮さんのことを少し思い出していると、こちらの宮さん(紛らわしい)が肩をつついてきた。


「どっちのがタイプ?」
「同じ顔じゃないですか」
「髪型とか!ちょっと違うとこあるやん!」
「性格を加味して良いならあちらの宮さんですかね」
「…ほんま……そろそろ泣くで…」
「会議、そろそろ始まりますよ」


わざとらしく項垂れる宮さんは放っておいて、私は席を立つと会議室に向かって歩き出した。


◇ ◇ ◇



4月は忙しいからという理由で5月のゴールデンウィークがあけてから行われた新入社員歓迎会。飲みの席が苦手な私は基本的にこういう会に出席しないのだけれど、歓迎会、忘年会、送別会だけには顔を出せと北さんから言われているので、今日は渋々参加している。これも仕事の一環だと言うけれど、なんとも面倒臭い。
私はテーブルの端の席に座り、ちびちびとカクテルを飲みながら食事を楽しんでいた。新入社員と、今年から部署異動で配属された宮さんの周りは、何やらとても賑わっている。私も新入社員の時はあんな風に歓迎されたのだろうか。あまり覚えていない。
ぼーっとそちらの方を見ていると、ふと、宮さんと目が合った。ここで逸らすのもおかしいかと思い軽く会釈だけした私に向かって、おいで、と言うように手招きされたけれど、そこは見て見ぬフリ。宮さんは何か言いたそうだったけれど、周りの人達に阻まれてこちらに来ることはできず。それからは、会が終わるまで平穏無事に過ごすことができていたのだけれど。


「…宮さん、ちゃんと歩いてください」
「んー…眠い…」


なぜ私が宮さんを送るハメになっているのか。北さん曰く、他の女性社員に任せたら宮と既成事実作ってあとあと面倒になりそうやから、だそうだ。まあ、それは絶対に有り得ないと言い切れないし、むしろ理解はできるけれど。それならば北さんか、そうでなくとも他の男性社員が送ってくれたらいいものを、男性陣は北さんを含め2件目のお店に行かなければならないらしく、酔っ払った宮さんは私に押し付けられた。解せない。
そもそも私は宮さんの家を知らないし、タクシーに押し込めばどうにかなるだろうか。大通りに出てタクシーをつかまえるまでの辛抱だ。自分にそう言い聞かせながらフラフラの宮さんと歩き続ける。とても心配な足取りだ。迎えとか、お願いできないのかな。例えば兄弟の…


「治さんに迎えとかお願いできないんですか?」
「は!?なんでやねん!?」
「いや…だって宮さん、フラフラですし…」
「ちゃう!なんで治のこと名前で呼んでんねん!」
「え?ああ…だって紛らわしいじゃないですか。どっちも宮さんですし」


特別な意味はなかった。ただ、宮さんと宮さんじゃあ分かりにくいし、隣を歩く宮さんを侑さんと呼ぶのは憚られたので、勝手に治さんと呼んでみただけなのだけれど。宮さんはそのことに随分とご立腹のようだ。


「名前ちゃんは治の方が好きなん?」
「またそういう子どもみたいなことを…」
「決めた。名前ちゃんが俺のこと侑て呼ぶまで仕事せぇへん」


なんと子どもじみていて手がかかるのだろう。酔っているせいもあって、いつもより更に頑固で性質が悪い。私は溜息を吐くより他なかった。


「じゃあ1人で仕事します」
「名前呼ぶだけやん!」
「それだけのことにこだわっているのは宮さんの方でしょう」


こんなことになるなら治さんの名前を出さなければ良かったと後悔してももう遅い。大きな図体をした駄々っ子は、名前〜呼んで〜と、しつこく言ってくる。
私はその発言を無視してタクシーをつかまえると、宮さんをタクシーに押し込んだ。あとは自分でどうにかして帰ってくれ。


「家まで帰れますよね?私はここで…」
「名前ちゃんも一緒に乗ろ?」
「ちょ、宮さん…!」


酔っ払いでもさすがは男。私の腕をぐいぐいと引っ張って強引にタクシーに引き摺り込んだ宮さんは、私を解放してくれる気などないらしい。非常に迷惑だ。けれど、タクシーの運転手さんを困らせるわけにもいかないので、私は仕方なく宮さんの隣に腰をおろすしかなかった。
とりあえず、先に宮さんの家に送ってもらおう。それからうちに帰れば問題ない。後日、タクシー代はきちんと請求すれば良いことだ。


「家どこですか?」
「んー?うち来てくれるん?」
「先に送ってもらいます」


名前ちゃん、うちに寄っていけばええやん!などと喚いているけれど、行き先とは関係のない発言はとりあえず無視して、なんとか家の場所を運転手さんに伝えた私は、隣で尚もうるさい宮さんに耳を傾けることなく、窓の外を見つめる。宮さんの家、案外うちから近いんだなあ、などと思ったことは絶対に口にしない。
それから暫くして、宮さんが静かになった。酔っ払い特有の、騒いだ後は寝るというパターンだろうか。様子を窺うべく、窓の外の景色から反対方向の宮さんへと視線を向けると、今まで見たこともないようなとろりとした目で私を見つめているものだから、不覚にも、どきりとしてしまった。


「俺な、ほんまに名前ちゃんのこと好きやねん」


するり。私の手を握ってそう言った宮さんに、2度目のどきり。駄目だ。相手は酔っ払い。本気にすると痛い目を見る。握られた手が熱いのは、酔っている宮さんの手が熱いからそれが伝わってきただけ。何を、勘違いしているんだ。


「…はいはい」
「ちゃんと、考えてや…」


懇願するように落とされた言葉を最後に宮さんはうとうとし始めて、私の肩に寄りかかってくる。重たい。けれど、それを跳ね除けようとは思わなかった。手も握られたまま。それも、引き剥がそうとは考えなかった。
私が動くことで宮さんが起きてしまったら、またうるさくなるから。というのは、きっと建前。ならば、私の本音は?ああ、もう。調子が狂う。
明日になったら、今日の出来事なんて、宮さんは綺麗サッパリ忘れているのだろう。それでいい。そう思っているはずなのに、もしも覚えていたらどうする?と、期待している自分もいる。わけが分からない。
早く着いてほしい。私を、無駄に迷わせないで。こんな風に心が乱されているのは、私もお酒を飲んだせいだ。きっとそうに違いない。目的地まで繋がれたままの手と肩にのしかかる重みを知っているのは、私だけ。それが安心でもあり、寂しくもあったなんて。やっぱり私は、酔っていたのだ。


心をされました