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#06




「これも仕事の一環やから」
「…1人でも良いって言ったと思うんですけど」


本来であれば仕事から解放されるはずの土曜日。私は私服姿で宮さんと見知らぬ土地を歩いていた。冒頭で宮さんが言った通り、これは仕事の一環だ。けれども、2人で来る必要は全くない。
私は事前に伝えていた。1人で行ってきます、と。にもかかわらず、今日の朝、駅で待ち合わせな〜!という一方的な連絡をしてきた宮さん。勿論、返事はせずに無視を決め込んだのだけれど、私の行動などお見通しと言わんばかりに待ち伏せされていた結果、不本意ながら2人で電車に揺られてここまで来てしまった。
隣を歩く宮さんは上機嫌で辺りをキョロキョロ見回していて、まるで観光にでも来たみたいだ。こうなったら、さっさと仕事を済ませて帰るしかない。私はスマホ片手に目的地を目指して歩く。


「名前ちゃん、どこ行くん?」
「視察予定の場所に決まってるじゃないですか」
「そっちやあらへんよ」
「え?」
「…もしかして名前ちゃん、方向音痴なん?」


図星だった。昔から地図は全く読めない。だから、どこかに初めて行くという時はかなり早めに家を出るようにしている。そんなわけで今日も随分と朝早く家を出たはずなのに、宮さんに先回りされていたのだ。スマホのアプリを使用しているにもかかわらず、どうして逆方向に行ってしまうのだろう。自分でもさっぱり意味が分からない。
押し黙っている私を見て図星だということに気付いたのか、宮さんは楽しそうに口元を歪める。宮さんにだけは弱味を握られたくないと思っていただけに、これはかなりのダメージだ。


「なんや、可愛いとこあるやん」
「どうせいつもは可愛くありませんよ」
「俺に可愛いて思てほしいん?」
「そういう意味で言ったわけじゃありません」
「ふぅーん?」


何を言ってもニヤニヤされるので、私はそれ以上もう口を開かないことに決めた。とりあえず、指摘された正しい方向へと足を向け、ずんずんと歩き出す。
暫く歩き続けたところで分かれ道に差し掛かった。ちらりと宮さんの様子を窺うけれど、憎たらしいほど綺麗に微笑まれて苛々が増しただけ。仕方なく頼りになるかどうかも分からないスマホを取り出し、少し悩んでから左の道へ。


「ハズレ」
「分かってるなら先に行ってくれたら良いでしょう!」
「迷うてる名前ちゃん可愛かってんもん」


本当に、口から生まれてきたような人だ。私は溜息を吐くと右の道に足を進めた。と、その時。目の前から歩いてきた男性に、名前?と、声をかけられた。
きちんと見ていなかったので気付かなかったけれど、その顔には見覚えがありすぎて思わず顔を顰めてしまう。どうしてこんなところで最悪な再会を果たさなければならないのだろう。忘れたはずの過去がムクムクと蘇ってきて吐き気がした。
その男性は高校時代に少しの間だけ付き合っていた、所謂、元カレである。と言っても、私は遊ばれていただけの浮気相手だったので、きちんとしたお付き合いとは言えない。一方的に好意を寄せて付き合っていると勘違いしていた当時の私はひどく傷付いたけれど、今では騙された自分が悪かったと思っている。
中学時代もそうだった。初めて告白され浮かれ気分のまま付き合いだした彼氏は、結果的に私を3番目の女だと言って笑い飛ばし別れを告げてきた。それで懲りたはずなのに、高校生になって、年上の、上辺だけは優しい目の前の男にまんまと騙されてしまったのだ。
好きだとかお前が1番だとか、散々きかされた。そんな安っぽい言葉を信じていた私は、まだまだ若くて愚かだったのだろう。そんな経験を経て思い知った。私はきっと、愛されるということに向いていない。生まれてから、ずっと。


「やっぱり名前だろ?こんなとこで何やってんの?」
「…仕事で」
「へぇ。土曜日も仕事なんてご苦労サマ。で?そっちのは彼氏?」


昔よりも更に不躾な態度になっている元カレに嫌悪感が募った。宮さんのことを、そっち、とは、初対面の人に向かって失礼すぎるし常識がないにもほどがある。たとえ過去のことであっても、この男を少しでも好きだと思っていた自分の神経を疑う。


「こちらは私の職場の上司で、」
「彼氏」
「は?」
「それがどないしたん?」
「え、ちが、」
「名前ちゃんは黙っとき」


私は口を噤まざるを得なかった。だって、初めてだったのだ。宮さんのあんなに冷たい眼差しを見たのは。口調はいつもと変わらない。けれど、その表情とオーラからは確実に怒気を感じた。どうして?何に対して?いつ?どのタイミングでスイッチが入った?私には何も分からない。
内心パニック状態の私の前にずいっと出てきて、まるで元カレと私の間に壁を作るみたいに立ちはだかった宮さんの背中は、いつも以上に広く見えた。ああ、きっとこんなに至近距離でこの人の背後に立ったことがないからそんな風に感じるんだ。そんな場違いなことを考える。
宮さんの横から覗き見た元カレの表情は少し強張っていて、宮さんの殺気みたいなものに怯んでいることが窺えた。それでも口は達者なままで、私に視線を向けながら憎まれ口を叩くのだからタフな男だ。


「まあいまだに俺のこと引き摺られてても困るし、彼氏できて良かったじゃん。このカレシサンに飽きたら、また浮気相手になってやっても…おい、なんだよ…!」
「そういうこと言う男はモテへんで。そのへんにしときや」
「いってぇな…離せよ!」
「先に喧嘩売ってきたん自分やん」
「なんだと…?」
「自分みたいなクズに名前ちゃん渡すわけないやろ。目障りや。消えてくれへん?」


他人事のようにやり取りを見ていた私も、さすがにまずいと我に返り仲裁に入ろうとしたけれど、それより早く、元カレが黙った。それもそのはず。宮さんの表情は先ほどよりもさらに冷酷さを増していて、今にも人を殺してしまうんじゃないかと思うほど殺気を帯びていたからだ。
きっと牽制のつもりで掴んでいたのだろう。元カレの手首をぎりりと握り締めている力は、それなりに強そうだ。その証拠に、元カレの表情は歪んでいる。元カレはまだ何か言いたそうだったけれど、掴まれていた手を振りほどくと、こちらをひと睨みしてから私達の来た方向に向かってドカドカと歩いて行った。嵐のような男である。


「名前ちゃん、男見る目ないわぁ」
「……それに関しては否定しません」
「元カレやろ?浮気されたん?」
「…そんなことより、なんで彼氏だなんて嘘吐いたんですか」
「名前ちゃんが助けてほしそうやったから」
「はい?」
「さっきまで泣きそうな顔しとったやん」


まさか。冗談はやめてほしい。元カレを前にして動揺したことは認めよう。けれど、私が泣きそうになる理由なんてひとつもない。元カレには未練の欠片も残っていないし、嫌悪感こそあれど、それ以外の感情は抱いていなかった。
そんな嘘吐かないでください。
そう言おうとして開きかけた口は、音を奏でることなく閉ざされる。心底ホッとしたと言わんばかりの柔らかな表情で、私より先に口を開いた宮さんが、良かった、と零したからだ。何が良かったんだ。どうして宮さんが安心するんだ。そんな表情を見せるんだ。今日は分からないことだらけで疲れる。


「ほな行こか」
「宮さん…ありがとう、ございました」
「何が?」
「気遣ってもらって」
「気遣いちゃうよ。好きな子守るんは当たり前やろ」


突然だけれど、私はイケメンが苦手だ。イケメンで性格が良い人間なんて、漫画やドラマの世界でしかお目にかかったことがない。すなわち、現実世界のイケメンは大抵の場合、性格が悪いと思っている。だから宮さんも胡散臭くて嫌煙していたのだ。
宮さんがイケメンであることは、認めたくないけれど事実だと思う。そして私の中のイケメンの定義に違わず、性格が悪い。と、思っていた。けれど、今までの出来事を振り返ってみると、なんだかんだで私はいつも気遣ってもらっているような気がする。こんなの、まるで本当に大事にされているみたいじゃないか。宮さんは性格が悪いフリをしているだけで本当は良い人なのでは?という幻想まで抱き始めてしまった時点で、私の脳は溶けてきているのかもしれない。
ぼーっと立ち尽くす私の手を取って歩き出す宮さん。勝手に手を繋ぐなと抵抗したら、さっきのご褒美に、などと言われてしまって、逃げる術を失った。この人は性格が悪いんじゃない。ずるいだけだ。繋がれた手を見つめながら、そんなことを思う。私、どうしちゃったんだろう。


脳をかされました