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真実が謳う終焉


私は御幸先輩に振り回されている。薄々気付いていたことではあったけれど、先日の一件でそれが確信に変わった。この関係を望んだのは他でもない私だけれど、御幸先輩は果たしてそれをどのように受け止めているのだろう。曖昧に、狡猾に、御幸先輩は私を弄んでいるから、楽しんでいるようにすら思える。
少しぐらい期待してもいい、と。御幸先輩は言った。その前の飲み会の帰り道でも、意味深にごめんな、と謝ってきた。私はそれらをどう受け止めるべきなのだろう。もやもやとした感情をそのままにしておくことはできなくて、私は意を決して御幸先輩に尋ねてみることにした。
大学で話すのは憚られるから、と思って、今度の日曜日どこかに行きませんか、とメッセージを送ったのだけれど、送信した後で気付いた。これではデートのお誘いみたいじゃないか。しかも、いつもは返事の遅い御幸先輩がこういう時に限って、デートにでも誘ってるつもり?と素早く返信してきたものだから言い訳をする隙さえ与えてもらえなかった。
よくよく考えてみたら形式上は彼氏彼女の関係なのだからデートという名義でも間違いではないのだろうけれど、その時の私は必死に、違います!を繰り返し続けていた。必死すぎる自分が恥ずかしい。
そんなやり取りがあってから迎えた日曜日。天気は晴れ。どこに行くとか、そういうことは一切決めていない。けれど、そんなことはどうだって良いのだ。私の目的は御幸先輩の真意を探ること。そりゃあ、好きな人と一緒に過ごせることは嬉しいけれど、今日の本題はそこではない。
それなりに身だしなみを整えて待ち合わせ場所で待っていると、時間ぴったりに現れた御幸先輩。まず、すっぽかされなかったことに安堵する。


「で?どこ行くの?」
「え…と、それは決めてないんですけど…」
「は?行きたいところがあるから誘ったんじゃねぇの?」
「私はただ、御幸先輩とゆっくり話がしたくて…!」


呆れたように私を見つめていた御幸先輩は、続く発言を聞いて面食らったように押し黙る。そして、バツが悪そうに首裏を掻くと、とりあえず行こう、と歩き始めた。どこに向かっているのかは分からない。けれども、御幸先輩は私が何をしたいか、何をきこうとしているか、もう既に分かっていると思うから。私は黙ってその後を追うことした。


◇ ◇ ◇



「ここって…」
「見たら分かるだろ。バッティングセンター。行くとこ決まってねぇなら付き合って」
「それは良いですけど…」


御幸先輩って野球するんだ、と。すごく意外に思った。けれども、スポーツをしているところは見たことがなくても、全くできないというイメージがあるわけでもなく。この場所に連れて来られたということが、私にとっては大きな衝撃だった。だってきっと、こんな御幸先輩、私しか知らない。
手慣れた様子でフェンスの向こう側に入って行った御幸先輩はバットを握ってバッターボックスに立った。そして、そこからはあっと言う間の出来事。こちらに向かって猛スピードで放たれる白球を、御幸先輩は次から次へと打っていく。こんなに簡単に打てるものだっけ?と疑問に思うぐらいには至極余裕そうに打つものだから、ちらりと隣のバッターボックスに立つ人を見物してみたけれど、その人は空振りばかりだった。やっぱり、こんなの普通じゃないよね?
全ての球を打ち終えたのか、御幸先輩は涼しい顔でこちらに戻ってきた。汗ひとつかくことなく、備え付けの自動販売機でスポーツドリンクを買って喉に流し込む姿は、部活後の野球部を彷彿とさせる。もしかして御幸先輩、高校では野球部だったのかな?そんなほんの少しの好奇心から、先輩は野球部だったんですか?と尋ねたのが間違いだったのだろうか。
それまでの表情から一変、御幸先輩がひどく冷たく感情の見えない眼差しになったものだから、私は思わず後退りしてしまった。ごめんなさい、と。口から謝罪の言葉が零れたのは、ほぼ反射のようなものだ。


「野球部だったとしたら、何?」
「いや…ただ、上手だなって思っただけで…」
「東京選抜に選ばれたことあるし」
「え」
「プロになろうと思ってた」
「…せん、ぱい?」
「でも、なれなかった」


それはきっと、御幸先輩が生きてきた中で一番の挫折だったに違いない。遠くを見つめる瞳は、どこか自嘲気味でさめざめとしていた。素人の私でも分かるぐらい上手なバッティング。プロに選ばれたっておかしくない実力の持ち主なのだろう。けれども、今、御幸先輩は野球選手でもなければ大学の野球部に属しているわけでもない。つまりは、そういうこと。御幸先輩は何かしらの理由で野球をする未来を奪われてしまったのだ。あの日の夜、譫言のように呟いていた、やめたくない、の一言は野球のことだったのだと、漸く合点がいった。
こういう時、何と声をかけたら良いのだろう。何も知らない、何も分からない私が投げかけられる言葉など、ありはしない。そう感じたから、私はあえて、何も言わなかった。ただ呆然と、御幸先輩の傍に立っているだけ。その状態でどれぐらいの時間が経ったのだろうか。ふっと、御幸先輩が小さく笑ったことによって、突然空気が和らいだ。


「なんでだろうな」
「はい?」
「野球部だったことも、プロになれなかったことも、誰にも言ったことねぇし言う気もなかったのに、名字だけに言っちまったの」
「え…、」
「なんかすっきりしたわ」


言葉通り、なんとなく憑き物が落ちたような清々しい表情をしている御幸先輩は、今まで見たことがない顔をしていた。なんで、私なんかに言ってくれたのか。知られたくないであろう過去を教えてくれたのか。御幸先輩自身に分からないのならば私に分かるはずもない。ただ、どんな理由でも、たとえ理由などなくてその場の勢いや流れやそれ以外の何かによるものだったとしても、私にだけ特別を与えてくれたことに変わりはなくて。
また、期待してしまった。もしかしたら私は、特別な存在になれたんじゃないかって。


「で?話がしたいって言ってたの、そっちじゃなかったっけ?」
「ああ…そう、ですね、そうなんですけど…」
「ここじゃ不満?」
「不満じゃないです!そうじゃなくて、」
「分かってる。冗談だって。でもここじゃ微妙な話だろ?」


やっぱり、御幸先輩は私が何の話をしたいのか分かってる。バッティングセンターを出て、再び御幸先輩の後ろを歩く。最初は分からなかった行き先が、途中から、もしかして?という疑念に変わる。そしてその疑念は、間もなく確信へと変わった。御幸先輩が足を止めたのは、御幸先輩の住む家の前だったから。
どくり、どくり。あの日の光景が蘇る。今日はお酒を飲んでいるわけではないから酔ってはいない。誰かと一緒に遊びに来たわけでもない。それなのに私は、御幸先輩の家の前にいる。ガチャリ。御幸先輩が玄関の鍵を開ける音が聞こえた。


「入んねぇの?」
「良いんですか?」
「カノジョ、なんだろ?」


ズルい。私は彼女だけど、彼女じゃないから。そんな誘い方は卑怯じゃないか。
断ることだってできた。別に話なんて、御幸先輩の家じゃなくてそこら辺の喫茶店でもファミレスでもできることなのだ。けれども、誘われるまま、お邪魔します、と家の中に入ってしまった私は、ひどく邪だった。バタン。玄関の扉が閉まる。歩みを進めるほどに御幸先輩の香りが濃くなって噎せ返りそう。


「話する前に、こっちからきいていい?」
「なんですか?」
「あの日の夜のこと」


あの日の夜とは、勿論、私が最大の嘘を吐いた日のことで。向かい合う御幸先輩の眼差しは驚くほど柔らかい。だからこそ、背筋が凍りついた。待って、それ以上言わないで。まだ、終わらせないで。嫌な予感を察知した私が制止の言葉を紡ぎ出す前に、御幸先輩の口から吐き出されたのは。


「俺達、何もなかったんだろ?」


まぎれもない、真実だった。