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願わなければ救われたのか


眠たい目を擦って受けた1限目の授業を終え、2限目は空きコマだった。3限目にはまた授業があるから帰ることはできないし、お昼ご飯にはまだ早い。ということで、女子が集まってすることの定番と言えば恋バナというやつである。正直、私は全く気乗りしなかったのだけれど、私を除く全員がやる気満々となれば流れに身を任せてしまうというものだ。
そうして食堂の一角を陣取って始まった雑談は、名前は御幸先輩のどこが好きなの?という質問からスタートした。どうせそんなことだろうとは思ったけれど、いきなりその話題からなのか。私の返事を待つ皆の視線が、キラキラしすぎていて非常に辛い。


「どこって…どこだろう」
「どうせイケメンだからでしょー」
「御幸先輩イケメンだけど、ちょっと近寄り難くない?」
「わかるー。心開いてませんって感じするよねー」
「名前の前ではやっぱり違うの?」


そんなことをきかれても。2人きりになったことは数えるほどしかないし、何度も言うが私と御幸先輩は皆が思っているような関係ではないから、御幸先輩の素顔なんて私が知るはずもない。これ以上の嘘を重ねるのはさすがに憚られるので、いつもと変わらないよ、と答えると、友達は揃って眉を顰めた。


「付き合ってるんだよね?」
「まあ…一応?」
「どこまで進んだの?」
「は?」
「キスぐらいはした?」
「え!」


今時、中学生でもしないんじゃないかと思うほど低俗な会話なのに、つい動揺してしまう。なんでそんなことまで暴露しなければならないのだ。いや、暴露できるようなことは何もしていないのだけれど、返答に困る。
そんな時、タイミング良くと言うべきか悪くと言うべきか。食堂の入り口付近からこちらに歩いてくる御幸先輩の姿が目に入って、思わず、あ、と声を漏らしてしまった。そのせいで友達も御幸先輩の存在に気付いたようで、何を思ったか、御幸先輩ー!と呼ぶではないか。どう考えても嫌な予感しかしない。最近の私はどうしてこんなにもツイていないのだろうか。
とても面倒臭そうに、けれども呼ばれたからには無視するわけにもいかなかったのだろう。御幸先輩は私達の元にやって来て、第一声、何か用?と尋ねてきた。その声はいつも通りと言うべきか、冷たい温度を感じさせる。


「御幸先輩は名前のどこが好きで付き合ってるんですか?」
「ちょっと…!いきなりそういうこときくのやめなよ!」


近寄り難いとか心を開いていない感じがするとか、散々なことを言っていたわりに随分とストレートな質問をぶつける友達に、慌てて制止の声をかける。それでも、いいじゃーん、とヘラヘラ笑っている友達は、普通のカップルをからかっているだけのつもりなのだろう。残念ながらそんな甘い関係じゃないのだけれど、それを知っているのは私と御幸先輩だけなので、こういう時に困るなあと心の中で頭を抱えた。


「名字は人のことをよく見てる」
「え?」
「だから気遣いができるし空気も読める」
「あ、あの、」
「そういうところが好きなのかもな」


ぱぁん、と。何かが自分の中で弾けるような音がした。言うだけ言って、もういい?と断りを入れてから颯爽と去って行く御幸先輩の後姿を、私はただただ呆然と見つめる。
愛されてるじゃーん、とからかってくる友達の声は聞こえているけれど、右から左へと抜けていくばかりで脳内には残らない。残っているのは、御幸先輩の発言だけ。どうしていつも、御幸先輩は私の心をかき乱していくのだろう。なんとも思っていないくせに。私の嘘に騙されているだけのくせに。好きじゃ、ないくせに。
動揺するなと言い聞かせれば言い聞かせるほど、振り回されている自分が嫌になる。けれどもどうしようもないのだ。私は、御幸先輩に恋をしているのだから。


◇ ◇ ◇



そんな出来事があってから数日後のこと。次の授業は選択科目なので友達とは別行動だからとのんびり歩いていたところ、私は御幸先輩が見知らぬ女の人(恐らく御幸先輩と同学年の人)に告白されている現場に遭遇してしまった。
少し近道しようと思って人気の少ないルートを選んだのが間違いだったと後悔しても、もう遅い。すぐさま引き返せば良かったのだろうけれど、どうせならどんな会話をしているのか聞いてみたいという好奇心が働いて、私はそのまま物陰からこっそりと2人のやり取りに耳を傾けた。盗み聞きとは、我ながら趣味が悪い。


「御幸君に彼女ができたって…本当なの?」
「さっきもそう言って断ったはずだけど」
「今まで誰とも付き合ってなかったのに、急にどうして?」
「それ、アンタに言う必要ある?」
「…納得できない」
「誰かに納得してもらうためにアイツと付き合ってるわけじゃねぇから」


なんだろう、この違和感は。前にも感じた。私は、御幸先輩と付き合っていることを暴露した飲み会の帰り道にも似たような感覚を覚えたのを思い出す。御幸先輩はいつも、仕方がなく付き合っている、という雰囲気で話をしない。本当に付き合っている、愛し合っている恋人同士みたいな言動を示すのだ。それがどうにも私にとっては不自然に感じた。
期待するなと言われた。当たり前のことながら好きだとも言われていないし、始まり方は契約的。それなのに、どうして御幸先輩は私をないがしろにするような言動をしないのだろう。


「じゃあ御幸君は、その子のことが好きなの?」


純粋でストレート、だからこそ核心を突くその質問に、御幸先輩は何と答えるのか。上手くはぐらかすか、いつもみたいに冷静なトーンで嘯くか。食堂で友達に問い質された時と同じように、嘘でも好きと言ってくれるだろうか、なんて。ゴクリ。なぜか私の方が緊張してしまう。


「好きだよ」


嘘だと分かっていても胸がきゅうっと締め付けられた。そういう、お芝居。そういう、設定。だから言っただけ。ちゃんと分かってる。本気になんてしない。でも、嬉しい。
女の人は、そう…、と呟くと、納得したかどうかは定かではないが、私がいる方向とは逆の方に向かって走り去って行った。御幸先輩はモテるようだから、もしかしたら私が知らないところでこういうことが何度も起こっているのかもしれない。だとしたら、相当な迷惑をかけているよなあと今更のように気付く。


「そこにいるの、バレバレだから」
「えっ」
「覗くならもう少しバレねぇようにしろって」
「たまたま見ちゃっただけで、最初から覗くつもりはなかったんですけど…あの、ごめんなさい…」
「別に。見られて困ること何もしてねぇから」


いつから私の存在はバレていたのだろうか。いや、そんなことよりも、私がいることを知っていながら先ほどの発言をしたということの方が問題なわけで。いちいち御幸先輩の発言に心を揺り動かされている自分が、ひどく滑稽だ。


「先輩は、嘘を吐くのが上手ですね」
「何の話?」
「さっき。私のこと好きだって。嘘ばっかり」
「ああ…アレか」


なんでもないことのように。言ったこと自体を忘れてしまっていたかのように。御幸先輩は小さく呟いて私を見つめる。相変わらず整った顔立ちだけれど、いつもと違うのはその表情だろうか。身に纏う雰囲気だろうか。幾分か柔らかくも感じるそれに妙な胸騒ぎを覚えた直後、弧を描いた御幸先輩の口から落とされたのは。


「嘘だって思ってる?」
「……え、」
「なーんて言い方したら、期待するか」


私の心臓も脳も、全部壊すみたいな冗談だった。その冗談をほんの一瞬でも本気にしてしまったのは、そうであってほしいと願っていたからだ。一瞬でも夢を見ていたかったからだ。期待しない。しちゃいけない。何度も言い聞かせて、何度も失敗した。今日もまた、私は無様な失敗を繰り返す。


「少しぐらい期待してもいいけどな」


ほら、ね。あなたの一言に、こんなにも焦がれてる。