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散りばめた嘘の味


もぞりと、隣で何かが動く気配がして目を覚ました。見慣れない天井と、肌に直接触れるシーツの感触。ああそうだ、昨日は確か飲みの帰りに御幸先輩を送って…それで…、それで?そうして思い出したのは、自分がとんでもないことをやらかしてしまったという事実。きっと、少なからず私も酔っていたのだ。
となると、隣で動いたのは。薄っすらとしか開けていなかった目をパッチリと開け、いまだにもぞもぞと動く布団の方へと視線を向ける。暫く見えなかったものの、漸く布団から覗かせたその顔は、当たり前のことながらこの部屋の主である御幸先輩。
眼鏡をかけていないことと、まだ寝惚けているせいもあるのだろう。御幸先輩は私とバッチリ目が合ったにもかかわらず何の反応も見せず、上半身を起こして眼鏡をかけると、もう一度私の方を見た。そして、固まった。当然と言えば当然の反応だと思う。
私がいるというだけでも驚きなのに、布団から覗く肩は何も身に纏っていないことが丸分かりだし、チラリと視線を落とした先には私が昨日着ていた服が落ちているのだ。驚くなと言う方が無理な話である。


「…おはようございます」
「……呑気に挨拶できる状況じゃねぇんだけど」
「昨日のこと、何も覚えてないんですか?」
「あー…店出て歩いてたのは覚えてる…けど、その後はさっぱり」


バツが悪そうに頭を掻いた御幸先輩は、ベッドの下に無造作に投げ捨てられている衣服と私を交互に見比べてから、はぁ、と小さく溜息を吐いて項垂れた。
御幸先輩は、昨日の夜、私が考えた狡い策略にまんまとハマってしまっているのだろう。それならば。このまま醜い嘘を吐き続けたら、御幸先輩はどんな顔をするだろうか。


「もしも御幸先輩が想像してるようなことを昨日していたとしたら…どうします?」
「……マジで?」
「…マジ、です」
「…嘘だろ……」


そう、嘘だ。全ては真っ赤な嘘。けれどもそれを嘘だと知っているのは私だけ。御幸先輩には教えない。なけなしの良心で少しばかり胸がチクチクと痛んだけれど、それには気付かないフリを決め込んだ。
どんな形でもいい。御幸先輩と距離を縮めることができるなら。我ながら狂っていると思うけれど、もう後戻りはできない。
私は御幸先輩に倣って上半身を起こす。頼りない布団でかろうじて隠れているけれど、ひとたびこの布団を捲られてしまえば一糸纏わぬ裸体が露わになってしまう。


「……どう、しますか?」
「どうするって…何を?」
「なかったことにしますか?」
「……いくら俺に記憶がねぇからって、それはさすがに最低すぎるだろ…」
「じゃあ、どうするんですか?」


何も悪くない御幸先輩を、私は嘘で塗り固めた出来事で追い詰める。御幸先輩は僅か何かを考える素振りを見せた後、私を見つめて。


「名字はどうしてほしいの?」


真剣な眼差しで、そう尋ねてきた。
どうしてほしいか、なんて。そんなの、決まってる。


「責任、取ってください」
「……名字の言う責任の取り方って何?」
「私と付き合ってくださいよ」


こんな告白の仕方は間違っている。そんなこと、十分すぎるほど分かっているのだ。これじゃあまるで、仕方なく御幸先輩に付き合ってもらう、という風に受け取られてしまうだろう。けれども、こうするしかなかった。まともに告白したところでフラれるのは目に見えているから。
どんなに卑怯な手を使ってでも御幸先輩を自分のものにしたかった。それほどまでに想っていると言えば多少は聞こえが良いのだろうか。だからと言って、私がしていることは最低で許されることではないのだけれど。
私の発言に、御幸先輩は驚くこともなければ焦ることもなく、ただ数回瞬きを繰り返しただけ。こんなことをしても御幸先輩と特別な関係にはなれないのか、と、落胆して目を伏せた時だった。分かった、と。確かにそう、私の耳に聞こえたのは。


「え…、」
「なんで驚くんだよ。名字から言ってきたことだろ」
「でも…本当に良いんですか…?」
「良いも悪いも…俺に決定権ねぇし」


もしも私の言ったことが全て真実だったならそうかもしれない。けれど、本当は、違う。御幸先輩の思わぬ真摯な対応に、今更ながら罪悪感が募る。今ならまだ、間に合う。ごめんなさい、全部嘘なんです。そう言えば、この胸の罪悪感は綺麗さっぱりなくなるだろう。
けれどもそれと引き換えに、私は御幸先輩から軽蔑されるようになるに違いない。勿論、今の話も全てなかったことになるはずだ。それが、当たり前の仕打ち。そしてきっと、正しい選択。


「…じゃあ、宜しくお願いします…」


私はまた、間違っていることを確信していながら嘘を重ねた。


◇ ◇ ◇



「つーか、なんで俺だけ服着てんだよ…マジで最低じゃん」
「私、すぐ寝ちゃったからですかね…?」


その後、早く服を着ろと言われ昨夜自ら脱いだ服を着る私に、御幸先輩が呟くように吐き捨てたセリフを聞いてどきりとした。確かに、御幸先輩はきっちり服を着ているのに私だけ何も着ていないというのは、よく考えてみればおかしい。
我ながら苦しい言い訳だとは思ったけれど、服を着ながらだったので御幸先輩の顔を見ることなく、さらりと嘯いてみせる。御幸先輩は、だとしても…とかなんとか、暫く気にしている様子だったけれど、最終的には納得したようでホッと胸を撫で下ろした。
私が服を整えている間に御幸先輩は寝室から出て行ってしまったので、布団を適当に整えてから部屋を出る。すると、扉を開けた途端に鼻腔を擽る良い香り。匂いに誘われるように台所に行ってみると、御幸先輩がフライパンで何かを焼いていた。
御幸先輩って料理するんだ。普段の様子からは想像できない姿に、私の目は釘付けになる。そんな私からの視線に気付いたのか、飯食うだろ、と何食わぬ顔で尋ねてきた御幸先輩は、焼きあがったばかりの目玉焼きを皿にのせた。その動作はとてもスムーズで、料理をすることに慣れている人の手付き。もしかして御幸先輩は料理上手なのだろうか。だとしたら、新しい発見である。


「座れば?」
「あ、はい…失礼します…」
「何もなかったからろくなもん作れなかったけど、文句言うなよ」
「御幸先輩の手料理をいただけるだけで嬉しいです」
「あ、そ」


私の正面の椅子に座った御幸先輩は私の発言になど興味がないようで、自分の目玉焼きを頬張った。さりげなく焼きたてのトーストとコーヒーまで用意されていることに感謝しつつ、料理を頬張る。普通に美味しい。


「名字」
「なんですか?」
「…変な期待すんなよ」
「変な、とは?」
「俺に“恋人らしさ”とか求めんなってこと」
「…そんなの、分かってます」


好きだから付き合うわけじゃないですもんね、と。吐き捨てるように言い放ったセリフ。声は震えていなかっただろうか。平静を装ってへらりと笑ってみせたつもりだけれど、表情は引き攣っていなかっただろうか。何も言ってこないところを見ると、私の言動に不自然なところはなかったのだろう。自分の演技力も捨てたものじゃないのかな、なんて。
啜ったコーヒーはひどく苦い。この黒々しさは、今の私にお似合いだ。それまで美味しいと感じていた食事は、一瞬にして味を失った。