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開けなければ救われたのか


飲み会は、悪ノリした幹事の先輩が御幸先輩に絡むという大騒動になり大変だった。元々酒癖の良い先輩ではなかったけれど、段々ひどくなってきているような気がする。
御幸先輩は、それはそれは面倒臭そうにあしらっていたけれど、それでもなんだかんだで煽りを食らってお酒を飲みすぎたらしい。いつもはお会計を済ますとさっさと帰ってしまうのに、今日はやけに足取り重く店内から出てきていた。


「御幸〜?お前、わりと酔ってるだろ〜?」
「誰のせいだと思ってんだよ…」


これ以上近寄るなと言わんばかりに眉間に皺を寄せて悪ノリした先輩を睨む御幸先輩は、なかなかの迫力だ。けれどもその足元はなんとなく覚束ないから、わりと限界なのかもしれない。
各々が帰路につく中、私の帰る方向は御幸先輩と同じなので必然的に一緒に帰る形になる。別にこんなことは今日が初めてというわけではないけれど、毎回少しだけ心拍数が上がってしまうのは仕方のないことだと思う。
隣を歩く御幸先輩は無言で、ふらりふらりとした足取り。いつも自分のコントロールができているところしか見たことがないだけに、その姿はある意味新鮮だ。


「大丈夫ですか?」
「んー…眠い…」
「タクシーひろいます?」
「…んー……」


どうやら酔った御幸先輩は眠たくなるタイプらしい。返事が、んー…としかこなくなったところで、私はタクシーをひろうことに決めた。御幸先輩の家は以前に何人かでお邪魔したことがあるので大体の位置は分かる。歩いて帰れない距離ではないけれど、早く帰って寝てもらった方が良いだろう。
私はタクシーをひろうと御幸先輩を押し込んで先輩の家の方へと向かってもらった。御幸先輩の家から私の家まではそんなに遠くないし、御幸先輩を送り届けたら歩いて帰れば良い。
数分ほど走るとタクシーは目的地に到着した。お金を払って御幸先輩を引き摺り下ろし、着きましたよ?と声をかけてみる。けれども、返事はやはり、んー…、という唸り声だけ。
なんとか自分で鍵を出してもらい扉を開けると、ふわりと御幸先輩の香りが強く薫った。御幸先輩が住んでいるのだから当たり前なのだけれど、私の心拍数はまた少し跳ね上がる。
今は、何人かとお邪魔した時とは違う。この場にいるのは御幸先輩と私だけ。おまけに御幸先輩は明らかに酔っていて、ほとんど夢の中だ。私の中の悪い部分が、ここぞとばかりに顔を覗かせる。


「御幸先輩?入っちゃいますよ?」
「ん、」
「……お邪魔、します」


断りを入れてはみたものの、御幸先輩は私の存在など認識せぬまま習慣的な動作で暗闇の中を歩いて、寝室らしき部屋へ向かっていく。私は罪悪感を抱きつつも欲求に打ち勝つことができず、御幸先輩の後ろを静かに着いて行くと、初めてその場所に足を踏み入れた。
以前訪れた時は当たり前のことながらリビングでしか過ごしていなかったので、寝室は見たことがない。リビング同様、あまり散らかってはいないシンプルな室内は、カーテンが閉まっていないことによって月明かりが差し込んできて薄っすらと明るい。
ばふ、とベッドに沈む音が聞こえて、御幸先輩が倒れ込んだことを確認した私は、そろりと室内を見渡した。ほんと、何もない。生活しているのだろうけれど、生活感がないというか。御幸先輩は、普段ここでどうやって過ごしているのだろう。


「ん…俺、は……」
「御幸先輩?」
「やめたく、ない」
「……御幸、先輩?」


寝言だろうか。それにしてはやけにはっきりと聞こえた発言に、首を傾げる。やめたくないって、何をだろう。何にも執着しなさそうな先輩が、何かに固執していたことが、過去にあったのだろうか。
そこで、飲み会前の御幸先輩の言葉を思い出す。挫折したことがある、と。何のことかは分からないけれど、そう言っていた御幸先輩。そのことと今の寝言は、何か関係があるのだろうか。
疑問ばかりが増えていく中、御幸先輩が眼鏡をかけたまま倒れ込んでいることに気付いた私は、好奇心からその眼鏡にそっと手をかけた。いつも眼鏡をかけている御幸先輩の素顔を見てみたい。いけないことをしていると自覚しつつも、勝手に部屋に上がり込んでいる時点で、もう何をやっても同じことだと開き直る。
御幸先輩が起きないよう、ゆっくりとそれを外して、ベッドサイドの小さなテーブルに置く。そして、初めて見た御幸先輩の素顔は、寝顔だからということもあってか、いつもよりあどけなく見えた。


「御幸先輩…」


呼んだところで勿論返事はない。静かに寝息を立てる御幸先輩の顔は月明かりに照らされ、あどけなさの中に大人びた綺麗さを醸し出していて。そっと、その頬に手を伸ばしてしまった。ん…、と小さく声が出たものの、その瞼が開くことはなく、心の中でホッと息を吐く。
今なら何をしても御幸先輩は気付かない。それならば、私がここで狡い手段を講じたら御幸先輩はどんな反応をするだろう。そんないやらしい考えが頭を過る。
人をこんなにも好きになったことはない。だから、こんな狂った考えを生み出してしまうのだ。たとえそれがどんなに許されない行為だと分かっていても試してしまいたくなるほどに。
ばさり。響いたのは、私の服が床に落ちる音。一枚一枚ゆっくりと身に纏うものを脱いでいき、ついには下着だけの姿に。
何をしているのか、冷静に考えてみればとんでもないことをしているというのは分かりきっているけれど。ぱさ。頼りなく肌を覆っていた下着も脱ぎ捨てた私は、御幸先輩の隣に身を寄せた。


「ごめんなさい、先輩、」


呟いて、御幸先輩の服の裾を掴み目を瞑る。先輩の肌に触れたのは、先ほどの一度きり。眠っている御幸先輩の方からは、勿論、私の肌に触れてくることなどない。けれど、一糸纏わぬ姿で寄り添う私を見た先輩は、目を覚ました時、きっと勘違いしてしまうだろう。酔った勢いで、とんでもない間違いを犯してしまった、と。
既成事実を作る。それが、御幸先輩を手に入れるために私が考えた狡い手段であり、いやらしい考え。
こんな酷く醜いことでしかあなたを手に入れられない愚かな私を、許してほしいなんて言いません。謝って済むとも思っていません。それでも、今この瞬間、あなたの隣で眠れることが幸せだなんて思ってしまったから。
このまま朝なんて来なければいい。そう願いながら微睡む私の腰に、残酷にも、御幸先輩の手が触れた。ただ、寝返りをうった反動で当たっただけ。それなのに、無意識に抱き寄せるように引き寄せられたことで、愛されているみたいな錯覚を覚えてしまう。


「すき、なんです…せんぱい…っ、」


束の間の幸せが苦しくて。私は届かぬ悲鳴をあげて、幻の温もりに包まれたまま、眠りの底に落ちていった。