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救世主になるかは不明


御幸は、一言で言うならただの野球馬鹿だった。コイツから野球を取ったら何が残るんだ?って本気で思うぐらい、野球に埋もれて生きているような、そんなやつ。だから、アイツが野球をすることができなくなったときいた時は、死んじまうんじゃないかと本気で懸念した。
御幸が野球をできなくなったのは、とある事故が原因だ。不運な事故、と言えばそうなのだけれど。アイツは、とある人物を守ろうとして、自ら事故に巻き込まれた。そのとある人物というのが、当時の彼女。
御幸は野球馬鹿だったけれど、そんなアイツでも良いと言ってニコニコ笑っているような、そんな彼女だった。正直、羨ましいと思ったのは、一度や二度ではない。御幸には勿体無い、良い彼女。恐らく御幸に自覚はなかっただろうけれど、彼女のことがかなり好きだったと思う。だからあの事故の時、無意識のうちに身体が動いたに違いない。
高校3年生の冬。御幸と彼女は2人で出かけていたらしい。普段は通らない大通り。たまたま信号無視をした車が突っ込んできて、御幸は咄嗟に彼女をかばった。その結果、彼女は奇跡的に擦り傷程度の怪我で済んだけれど、御幸は全治1ヶ月の大怪我を負った。
高校卒業後にプロ入りが決まっていた御幸だけれど、勿論、その道は閉ざされて。その事故を機に彼女と別れ、大学に進学し、今に至るというわけだ。
医者は、大きな事故だったにもかかわらず命が助かっただけでも喜ぶべきだと言っていたけれど、あの時の御幸は、野球ができないなら死んだ方がマシだった、とぼやいていた。確かに、あの頃の御幸は抜け殻状態だったように思う。無理もない。アイツは、根っからの野球馬鹿だから。


「そんなことがあったんですね…」
「まあ、人に話したい過去じゃねぇよな」


場所はコンビニから少し歩いたところにある某ファミレス。夜遅くまでやっているから、という安易な理由で選んだそこは、学生の財布にも優しいリーズナブルさがウリである。
頼んだドリンクバーのジュースを口に含み、名字名前という御幸の後輩の表情を窺うと、その顔は意外にも凛としていた。女ってのはどいつもこいつも強ぇな。


「じゃあ最近御幸先輩のところに現れた女性って…」
「たぶん、その元カノ。たぶんじゃねぇか。絶対、だな」


御幸に会いたい、と。高校の時に別れて以来、初めてそんなことを相談されたのは最近のことだった。だから俺はあらかじめ御幸に忠告しておいたのだ。今と、過去と、上手く折り合いをつけろよ、という意味合いを込めて。
よくよく考えてみたら、御幸にそんな器用なことができるはずがなかった。だからきっと、俺は今、こんなところで初対面の子に御幸の身の上話をするハメになっているのだろう。
俺の話を一通り聞き終えた名字は、御幸にはつい数時間前に別れを告げたばかりだ、と。悲痛な面持ちで教えてくれた。今もやや腫れぼったい目をしているけれど、なるほど、そういうことなら納得である。どうやら俺の登場は少しばかり遅かったようだ。


「御幸先輩は…まだきっと、好き、なんですよね…」
「さぁな。それは知らねぇけど。少なくとも、俺が知ってる中でアイツを絆せたのはその元カノぐらいだわ」


御幸にまだ未練たらたらっぽい名字にとっては、些か残酷すぎる事実だっただろうか。けれど、ここで下手に嘘を吐いたり事実をひた隠しにしたところで、その場凌ぎにしかならない。そもそも、俺はそんなにお人好しじゃないのだ。
さすがの名字も、凛としていた表情をやや曇らせたのが分かった。けれど、そうですか、と淡々とした口調で返事をするあたり、やっぱり女は強ぇなと思わざるを得ない。傷付いているくせにそんな様子を見せぬよう努力している。御幸、お前、結構女を見る目あんじゃねぇの?


「あの、倉持さん」
「ん?何?」
「話してくださってありがとうございました。でも、どうして私に話そうと思ってくれたんですか…?」


俺は言葉に詰まった。そんなことをきかれても、俺にだって理由は分からない。強いて言うなら、たまたまこうして出くわしたのも神の思し召しというか、何かの縁があってのことかもしれない、と。柄にもないことを思ったからだろうか。


「気が向いたからじゃねぇの」
「…はあ」
「そんなことより、このままでいいのかよ」
「このままというと?」
「このまま別れて終わりでいいのかってこと」


俺はお人好しじゃない。面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。けれども、気付けばついついお節介を焼いてしまう。我ながら、損な役回りである。
俺の発言に僅か目を見開いた後に、視線をテーブルの上のジュースに落とす名字。迷っているのだろう。これからどうすべきか。俺になんか指摘されなくたって、遅かれ早かれ悩むことにはなっていたはず。さて、名字は、何と答えるだろう。


「私が決めることじゃないのかもしれません」
「…なるほどね」
「でも、ちゃんと知ってますって伝えようとは思います」


今日、俺から話をきいたと。それを知った上で、元カノがどんな存在かを理解した上で、それでも気持ちは揺らがないと。名字は、そう伝えるつもりのようだ。
自分が決めることじゃない、か。全ての決定権を御幸に委ねるというのは一見無責任にも思えるけれど、そうじゃないと意味がないということを分かっているのだろう。名字は強いだけでなく、なかなか賢いようである。


「なんか安心したわ」
「え?」
「御幸のこと、頼む」
「頼まれても…」
「とりあえず出るか」
「あ、はい」


御幸は元々、なかなか拗らせた性格をしているし、扱いにくいやつだと思う。それはあの事故を経て、余計に難易度を増した。大学進学以降、死んだ魚みたいな目をしているアイツを見るのが耐えられなくて逃げた俺が、頼む、なんて言える立場ではないけれど。名字ならなんとなく、御幸を上手く懐柔できそうな気がしたのだ。
いや、もしかしたらもう、懐柔できているのかもしれない。あの事故以来、まともな彼女の「か」の字もなかった御幸が唯一本気で選んだ女なのだから。
会計を済ませ、2人連れだって店を出る。家まで送るべきかと思い一応申し出たけれど、コンビニに寄ってから帰るから大丈夫だと丁重に断られたので素直に引き下がった。
そうして名字と別れた後、俺は迷わず電話をかける。数回のコールの後、不機嫌そうに、なんだよ、と出た声の主は、勿論、先ほどまで話の渦中にいた御幸だ。


「やっぱ行くのやめるわ」
「は?」
「俺がケツ叩かなくても、どうにかなるだろ」
「最初からお前にケツ叩いてもらうつもりねぇし。そっちが勝手に来るって言ったくせに、どういうことだよ」
「そのうち分かるって。たぶんな」


俺の発言をきいて、はあ?と、不可解さを露わにする御幸に、自然とニヤついてしまう。お膳立てはしておいてやったんだから、あとは自分でどうにかしろよ。直接的にそんなことは絶対に言ってやらないけれど。


「御幸」
「なんだよ」
「…やっぱ言ってやんねぇ」
「お前…なんかあった?」
「なーんにも?」
「気持ち悪ぃ」
「うっせ。じゃあまたな」


一方的に言いたいことだけ言って電話を切る。本当は言ってやろうかと思った。皮肉をたっぷり込めて、そろそろ幸せってやつを見つけやがれ、と。けれど、そこまで言ったらお節介すぎるもんな。
近々、何かしらの報告をもらえることを期待して。俺は、意気揚々と帰路につくのだった。