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ご都合主義はお互い様


あの日、倉持さんに出会えたのは、奇跡みたいなものだったと思う。そして、初対面である私に御幸先輩の過去について話してもらえたことも、本来ならあり得ないことだ。けれど、奇跡だろうと神様の気まぐれだろうと、私にとっては大きな収穫だった。
御幸先輩を責めてしまったことは、今更だけれどとても後悔している。私の一方的な感情で別れを告げてしまったことも。倉持さんの、このままでいいのか、という問い掛けに対して、私は綺麗事を言った。
全てきいたことを伝えた上で、それでもやっぱり私は御幸先輩が好きだと、できることならこれからも傍にいたいと、そう言いたい。けれどそれはあくまでも理想でしかなくて、実際に行動に移すには相当の勇気が必要だ。
だって、あまりにも都合が良すぎるではないか。御幸先輩の過去を知った途端、手のひらを返したようにそんなことを言い出すなんて。過去を知らないままだったら、倉持さんに出会わず何も教えてもらえずにいたなら、別れを告げたままで終わっていたのか。そう思われても仕方がないような気がする。
考えに考えを重ねたところで、辿り着く結果は同じ。御幸先輩に気持ちをぶつけるか否か。選択肢は2つに1つしかない。そこまで賢くない私が悩んでも時間の無駄というものだ。
そんなわけで私は、意を決して御幸先輩に連絡してみた。お話したいことがあるんですけどお時間のある時に会えませんか?簡潔明瞭な文面を震える指で送信してからそれほど経たずして、俺はいつでもいいけど、という、これもまた非常にシンプルな返事が送られてきた。てっきり、今更話すことなんてねぇよ、とか、話したいことって何?とか、とにかく会うことを拒まれると思っていただけに、私は少し驚いてしまう。
決意が揺らがぬうちに。そう思って、今日の授業が終わってから会えませんか?と返事をすると、わかった、と。これもまたあっさりと了承をもらえた。途端、高まる緊張。けれど、逃げてはいけない。私は気合いを入れて3限目の授業に向かうのだった。


◇ ◇ ◇



名前に別れを告げられた翌週。話したいことがあると連絡をもらった時は何事かと思った。戸惑いとともに嬉しさが込み上げてきたのは勘違いなんかではない。俺はどうやら自分が思っている以上に随分と未練がましい男だったようだ。
無機質な文面からは何の感情も読み取れなかったけれど、それは名前の方も同じだろう。今になって何の話だ、と不思議には思った。この期に及んで、更に追い打ちをかけてこようというのだろうか。そんなタイプには見えないのだけれど。そうやって悶々とした時間が過ぎていき、あっと言う間に夕方になった。
名前は俺の家を避けている様子だったので、わざわざ俺の方から、大学のどこかで話すか?と提案したのだけれど、御幸先輩の家に伺います、と言われたので素直に待っているのだけれど。それこそ、一体どういう風の吹き回しだ?と思う。本当に来るのかどうか、もはや半信半疑だったけれど、ピンポーン、と鳴り響いたチャイムの音を聞いて、きちんと約束通りに来てくれたことを察した。いつかのように、名前ではなくアイツだったらどうしよう。そんな考えが一瞬頭を過ったけれど、玄関のドアを開けた先に立っていたのは名前だった。


「急に、ごめんなさい」
「別にいいけど。入れば?」
「……お邪魔します」


躊躇っている素振りを見せたけれど、それは一瞬のことで、ぺこりと頭を下げた名前はリビングまで入ってきた。突っ立っている名前に、座れば?とソファに座ることをすすめる。俺が適当にコーヒーを淹れている間、名前はそわそわと落ち着かない様子だったけれど、俺がソファに座ったのを確認すると自分もそれに倣って座った。変なところで律義なやつだ。


「で?盛大に俺のことフった後で何の話があるって?」
「それは!あの…ごめん、なさい…」
「冗談だって。本気で謝られたら逆に傷付くわ」
「傷付く?」


コーヒーをじっと見つめていた名前の視線がちらりと俺に向けられたことで、自分の言ったことにはっとする。何を言っているんだ。それこそ冗談だろ。傷付くってなんだよ。女じゃあるまいし。俺は自分を落ち着けるようにコーヒーを口に含んだ。


「それも冗談。そんなことより話ってのは?」
「あ…えっと…」


上手く誤魔化して話を切り替えたところで名前は言葉を濁らせた。まあ別れを切り出した男に話しやすい内容なんてないだろうけれど。それでも、どうしても話したいことがあったってことだろ?俺は名前の方から言葉を紡ぎ出すまで沈黙を貫いた。
時計のカチコチと時間を刻む音だけが静かに響き続けて、一体どれぐらい経ったのか。部屋が暗くなり始めたので電気を点けようとソファから立ち上がって席を離れたところで、倉持さんに会いました、と。名前の口から聞き覚えのありすぎる名前が飛び出して驚いた。倉持って…俺の知ってる倉持?だよな?
パチン。電気を点けて明るくなった室内。照らし出された名前は、俺を真っ直ぐに見据えていた。さっきまで俯いていたくせに。一体なんなんだよ。


「御幸先輩と、最後にお話した日…近くのコンビニで、偶然」
「マジかよ…アイツ…」
「それで、勝手に御幸先輩の過去に何があったかきいてしまいました。ごめんなさい」
「……倉持が話したんだろ。お前が謝るなよ」
「でも…知られたくなかったんですよね…?」


知られたくなかったというわけじゃない。話しにくい内容ではあったけれど、今更嫌煙するような話でもない。ただ、名前に変な勘違いをさせたくはないと思っていた。例えば、俺がいまだにアイツのことを引き摺っている、とか。結果的に、全てを話さなかったことで最悪な結果にはなったけれど、暗くて重たい過去の話を軽率に吐露するのはどうしても憚られたのだ。タイミングを見計らっていた、と言えばきこえは良いかもしれないけれど、俺は逃げていただけなのかもしれない。
大学に進学したばかりの頃、先輩の紹介で仕方なく付き合っていた女がいた。その女は他大学のやつだったのだけれど、やけに俺のプライベートや過去を詮索したがるやつだったのでお望み通り教えてやったら、目の色を変えてこう言ったのだ。過去の女を引き摺っている上にプロ野球選手になれなかったなんてただの負け犬じゃないか、と。
まあ確かに俺は負け犬だ。アイツのことを引き摺っているつもりはないけれど、夢を断たれて逃げ出したことは否定できない。ただそれを、何も知らないやつに指摘されるのは心底腹が立った。というわけで、そんな出来事があって以来、俺は事故のことについて話すのをやめたというわけだ。


「話きいて、どう思った?」
「え?えっと…御幸先輩はその彼女さんのこと、すごく、大切に想っていたんだなって…」
「他には?」
「その彼女さん、どんな方だったのかなって…」
「は?」
「…羨ましいなって…」
「羨ましい?」
「だって、それだけ御幸先輩に好きって思ってもらえていたってことじゃないですか。それだけの彼女さんがどんな方だったのか、気になるなって…」


ちっとも予想していなかった答えに、俺は思わず固まってしまった。過去のことを知ったら、真っ先にアイツのことを嫌悪すると思っていた。やっぱり元カノのことが好きなんだろう。だから自分に話してくれなかったんだろう。そういう風にまた責められると思っていた。それが、まさかアイツに興味を示すなんて。しかもその興味は、憎しみを込めて何かしてやろうという憎悪ではなく、単純な羨望。


「あんな風に一方的にさようならって言っておいて、都合が良いのは分かってます。身を挺して守りたいほど素敵な彼女さんがいて、その方のこと、忘れられなくても仕方がないとも思いました、けど、でも…勝手に、御幸先輩のこと、好きなままじゃダメですか…?」


ああ、そうだった。こういうところが好きだと思ったんだ。外的要因に左右されずに、自分の意思を貫くところ。誰も傷付けないところ。ああ、俺は盛大にフラれて傷付いたけど、それは例外として。ほんと、最初に会った時も思ったけど、変なやつだよなあ。


「だめ」
「…」
「…って言ったら、諦めんの?」
「諦めませんよ」
「ふーん…でもさ」
「え…みゆ、き、せんぱ…っ」
「俺、名前のこと嫌いになったなんて言ったっけ?」


名前の顎をくいっと持ち上げてから顔を近付けて、ニヤリと笑ってみせる。俺は性格が悪いと自覚している。だから、まだ未練がましくお前のことが好きだなんて、そう簡単には言ってやれねぇんだ。捻くれててごめんな。でもこんな俺を、お前は好きだって言ってくれるんだろ?
それを確かめるみたいに、俺は恐る恐る唇を重ねた。