×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


始業式の日、強引に連行されたファミレスからの帰り道で、私は初めて琴乃の想いを知った。彼女はあの場にいた岩泉くんが好きだという。私はその話をきいて、素直に、岩泉くんは真面目そうだし及川みたいに五月蠅くないし、大人しくてふんわりした琴乃にはお似合いだと思った。
だから練習試合を見に行きたかったの、と。恥ずかしそうにそう言う琴乃は、恋する女の子モード全開で、女の私から見ても可愛かった。
そんなこんなで、今日はその練習試合の日。
土曜日なのに制服を着る私にお母さんが不思議そうな顔をしていたので、学校に行ってくる、とだけ伝えて家を出た。正門前で琴乃と合流し、休日だというのに賑やかな体育館を目指す。試合の15分ほど前にもかかわらず、既に2階の観覧席は沢山の生徒で埋め尽くされている。
女子生徒ばかりがこれだけ集まるなんて、男子バレー部って本当に凄かったんだ。
今更のように驚いていると琴乃に名前を呼ばれた。どうやら良いポジションが見つかったらしい。
ふとコートの方へ視線を落とすと、いつもの制服ではなく白とペールグリーンのユニフォームに身を包んだ例の4人が見えた。ウォーミングアップ中なのだろう、及川がチームメイト達にトスを上げている。
へぇ…ちゃんとバレーやってるんだ。本日2度目の驚き。手すりに肘をついて暫く眺めていると、及川が2階へと視線を送ってきた。目が、合う。


「俺頑張るからちゃんと見ててねー!」


体育館に響く及川の声に大勢の女の子達がキャー!頑張ってー!と黄色い声援を送る。
目が合った瞬間にそんなことを言うから私に向けたものかと一瞬でも勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。そりゃそうだ。これだけ大勢のファンの子達がいるのだから、私1人に向けて言ってくるわけがない。
なんで、ちょっとがっかりしてんの、私。自分でも意味が分からない。それでも先ほどのように及川を見ていることができなくて、私は何のリアクションもせず、席に戻った。


◇ ◇ ◇



練習試合が始まった。あ、及川サーブだ。女の子達の声援が一際大きくなる。
審判の笛の音が響いて静寂に包まれる体育館。いつものヘラヘラした顔じゃない、真剣な表情の及川を見て、どくん、と心臓が脈打つ。ボールがふわりとあがり、それを追うように跳んだ及川のフォームは、素人の私から見てもとても綺麗だった。そして、あっという間に相手のコートに叩きつけられたボール。
キャーキャーと黄色い声がきこえて、我に帰る。見惚れていた。あの、及川に。そう気付くのに少し時間がかかった。
…カッコいいじゃんか。そう認めざるを得ない。
その後もサーブだけではなく正確にあげられるトスや必死にボールを追いかける及川の姿を食い入るように見ている自分がいた。隣の琴乃は岩泉くんをひたすら見つめていて、私が夢中になっていることには気付いていないようだ。
青城はさすが強豪といわれるだけあって、気付けばあっさりと勝利をおさめていた。試合中とは打って変わってニコニコと観客席に笑いかける姿は、いつもの及川だ。またもや、視線が合う。たまたまだろう。そう思って視線をそらそうとした時、及川の声が響く。


「名前ちゃーん!着替えてくるから待っててねー!」
「えっ!」


ファンの女の子達の視線が、一斉に私に向けられるのが分かった。
ちょっと!何もこんなところで名前呼ばなくても!内心焦りまくっている私をよそに、にこやかな笑顔を崩さず手を振っている及川。
私はいたたまれなくなり、足早にその場を後にした。


「名前ちゃん、大丈夫?」
「琴乃…ごめん、あそこにいるの耐えられなくて…」
「ううん、すごい注目されちゃったもんね。でも名前ちゃん、表情ひとつ変えないから何とも思ってないのかと思っちゃった」
「あー…うん、だろうね」
「及川くんのこと、待つんでしょ?」
「えっ…うーん…どうしようかな…そもそもそんな仲じゃないし…」
「でも、バレーしてる及川くん見て凄いと思ったでしょ?お疲れ様って言うだけでもきっと及川くん喜ぶよ」
「そうかなあ…」


琴乃はなぜか、私に及川のもとへ行ってほしいらしかった。まあ、確かに凄いとは思ったし、ここで無視して帰ったら来週学校で会ったときに面倒なことになりそうな気がする。
色々と悩んだ結果、私は大人しく及川を待つことにした。琴乃は、先に帰るねー、とにこやかに帰ってしまった。
どこで待っていたら良いのか分からず、とりあえず部室棟の傍の花壇に腰掛ける。スマホをいじりながら待っていると、花巻くんや松川くんが部室から出てきたのが見えて、その後に続くように岩泉くんと及川も現れた。
花壇から立ち上がり彼らの方へ近付こうとした、その時。
1人の女の子が及川へ声をかけた。その手には大切そうに封筒らしきものが握りしめられている。あれはきっと、ラブレターだ。女の子の表情を見たら及川のことが好きで一生懸命なのが伝わってきた。恥ずかしそうに、けれど必死にそれを渡す女の子は、恋する乙女だ。
驚きながらも満更ではなさそうな及川と、冷やかす3人。及川が女の子から封筒を受け取った。どくん。また、心臓が跳ねる。幸いなことに私の存在には誰も気付いていない。
帰ろう。私はそっと、その場にいた5人へ背を向けて正門へ向かった。私はあの場にいちゃいけない。いや、いたくなかっただけかもしれないけれど、今はそんなのどちらでも良い。


“私、帰るから。”


及川に初めてLINEでメッセージを送った。勿論、既読にはならない。
スマホをポケットにしまい、足早に帰路につく。できるだけ早く学校から遠ざかりたい。その一心だった。
思い出されるのはなぜかバレー中に見せた真剣な表情の及川じゃなく、先ほど告白されている時に見せた照れたような表情の及川で。どくん、どくん。自分のものじゃないみたいに脈打つ心臓がうるさい。
こんなの、知らない。
こんな感情、知らない。
私は知らぬ間に走り出していた。まるで、走ったから胸が苦しいんだ、と言い訳するみたいに。


鼓動が物語る


BACK |