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授業が本格的になる前に、生徒の希望で席替えが行われた。なんとも幸運なことに、名前ちゃんの隣の席になることができたのがつい数日前のこと。この時ばかりは神様って本当にいるのかもと思った。我ながら都合が良い解釈だ。
喜ぶ俺とは逆に、名前ちゃんは一瞬だけ眉を潜めてすぐにいつもの無表情に戻った。勿論、悲しいことにそんな反応に慣れつつある俺は、空き時間には常に名前ちゃんに話しかけ続けたのだが。
そんな努力の甲斐もむなしく、これといった進展はなかった。変わったのは、俺の呼び方が及川くんから及川になったことぐらいだ。なんでも、俺をくん付けして呼ぶ価値がないことに気付いたという。…酷くない?
そして何よりも一番気に食わないのが、LINEの返事を既読スルーされることだ。ファミレスで多少(名前ちゃんいわくかなり)強引に連絡先を交換してからというもの俺は欠かさずメッセージを送り続けているのに、彼女からの返事は一度もない。


「ねーねー名前ちゃん、なんでLINE返事くれないの?」
「逆にきくけど、なんで学校で毎日会うのにLINEでやり取りしなくちゃいけないの?」
「コミュニケーションはどれだけ取ってもいいじゃん!せめて、おはようとかおやすみとか挨拶ぐらい返事してよ!」
「嫌だよ…そんなの彼女としなよ…」


彼女いないもん!そう反論しようとした矢先、及川くーん!と甘ったるい声で呼ばれた。
俺のファンらしいその女の子達数人は、揃いも揃って不自然なまでにバッチリメイクをきめていてギラギラしている。僅かに鼻につくのは香水の匂いだろうか。
いつもの営業用スマイルでどうしたのか問うと、その子達は目を輝かせる。


「今度、練習試合あるってきいて…行ってもいいかなあ?」
「ああ…うん、いいよ。嬉しい」
「やったあ!一生懸命応援するね!」
「ありがとう」


嬉しさの欠片もないくせに、よくもまあこうもすんなりと嘘が吐けるものだと自分でも感心する。
君達に応援されなくても頑張るけどね。心の中で呟いた言葉は、勿論声には出さない。
じゃーねー!と騒々しく去っていく女の子達に手を振って一息。好かれているのは分かっているし嫌な気持ちはしないけれど、ああいうタイプの女の子達は対応に疲れる。


「ああいう子達ならLINEの返事くれるんじゃない?練習試合も、私を誘わなくたって応援してくれる子いっぱいいるでしょ」
「俺は名前ちゃんの返事がほしいし、名前ちゃんに応援してほしいの」
「ふーん………よく分からないけど、及川って変わってるね」
「そう?なんで?」
「私と話しててもつまんないでしょ。リアクション薄いし」
「そんなことないよ!たまに少しだけ表情変わるのもミステリアス?でよくない?」
「…何それ……」


呆れているような素振りで俺から視線を外した彼女は、少し照れているようにも見えた。俺の気のせいかもしれないけれど。


◇ ◇ ◇



午前中の授業を終えて昼休憩。今日は俺のところにいつもの3人が集まっていた。隣には名前ちゃんと湯浅ちゃん、そして最近仲良くなったらしい同じクラスの美波ちゃんがお弁当を広げている。
ちなみに俺は今日も牛乳パン。隣の女の子達のお弁当がキラキラと輝いて見えた。


「及川またそれかよ。飽きねーの?」
「美味しいんだよ、これ!マッキーもいる?」
「いらねー」
「岩泉の母ちゃんの弁当ウマそうだよなー」
「あ?そうか?」
「まっつんのお弁当、何気にいつもハンバーグ入ってるよね」


くだらないお弁当トークに花を咲かせつつ、隣の彼女のお弁当を盗み見る。彩りよく詰められたおかずはどれも美味しそうだ。名前ちゃんのお母さん、料理上手なんだなあ。


「名前ちゃんのお母さんのお弁当美味しそう!食べてみたい!」
「は?」


まさか自分の名前が出るとは思っていなかったのか、名前ちゃんは箸を運ぶ手を止めて俺へと視線を向けた。他の女の子2人と、ついでに話が盛り上がっていたはずの男子3人までもが動きを止めている。


「及川、人のもん欲しがるなよ。名字さん、びっくりしてんじゃん」
「だってさー、まっつんも美味しそうだなーって思わない?」
「いや、美味そうだけど、俺弁当だし」
「同じく」
「まあ俺は及川の気持ちも分かる」


お弁当組のつれないまっつんと岩ちゃん。それに比べて買い弁組のマッキーはさすが話が分かる。
俺はねだるようにもう一度名前ちゃんへ笑顔を投げかける。


「…これ、お母さんが作ったのじゃないよ。私が作ったやつだから味の保証ないし」
「えっ!何それすごくない?ますます食べたい!ちょうだい!」
「嫌だよ…」
「名前ちゃんの手作り弁当、一口でいいからちょうだい!」


まるで駄々っ子みたいだと自覚はしているが、名前ちゃんの手作りときいたらそうなってしまうのも無理はない。
それにしても、今時の高校生が自分でお弁当を作って来るなんて珍しい。その証拠に、名前ちゃんの手作りときいて俺を除く男子3人も驚きと感心が入り混じった表情を浮かべている。女の子2人はというと、俺のちょうだい!をきき飽きたのか、苦笑しながらも名前ちゃんを説得してくれているようだ。
ちょうだい!を連呼し続ける俺に、うるせぇ!と岩ちゃんからの鉄拳が飛んできたけど、今回ばかりは引き下がらないよ!
そして暫くして女の子2人の説得の甲斐あって、名前ちゃんは凄く渋々ながらも卵焼きを一切れ分けてくれた。


「ありがとう…!大切に食べるね!」
「そういうのいいから。黙って食べて」


この際、辛辣な発言はきこえなかったことにして、俺はもらった卵焼きを口に運ぶ。ふんわり甘いけど出汁もしっかりきいていて申し分ない美味しさだ。美人で料理上手とか、名前ちゃん神か!
俺があまりにも満足そうな顔をしていたのだろう。マッキーに、その笑顔すげームカつく、と言われてしまったけれど、そんなことは気にしない。いつか俺にもお弁当作って来てもらいたいなあ、なんて考える俺は馬鹿なのだろうか。


虜になった味覚


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