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私は中学3年生の頃から彼氏がいない。告白してきたのも別れ話をしてきたのも彼の方で、勝手だなあと思ったことをぼんやりと思い出す。今思えば、彼のことがそこまで好きではなかったのだろう、別れ話をされてすんなりと了承した私も私だったと思うけれど。
そういえば、その時の彼が言っていた。一緒にいても楽しくなさそうだし何を考えているか分からなくて不安だ、と。覚えている限りで言うならば、私は彼と付き合っていて楽しいと感じていたはずだけれど、それが上手く伝わらなかったらしい。なんとも難儀な性格である。
そんなことがあったからか、高校生になってから何人かに告白されたことはあっても付き合うことはなかった。ただ単純に、好きな人ができなかったから、というのが一番の理由ではあるけれど。
なぜ私がそんな過去の恋愛事情を反芻しているのかと言うと、その原因は全て、目の前で美味しそうにパフェを頬張る男にある。


パフェを頬張る男―――及川徹には、朝から調子を狂わされっぱなしだ。
転校初日に出会ってから極力関わらないようにしようと決めていたのに、同じクラスになってしまったのが運の尽き。朝から変なあだ名(名字にちゃん付けはなんだか気持ち悪い)で呼んでくるし、放課後は友達の琴乃を巻き込んでファミレスに連行されるし、なぜこんなことになったのか、いまだに分からない。
折角、転校して早々にできた友達―――琴乃と同じクラスになれて密かに喜んでいたのに、この気持ちの落ち込みようを一体どうしてくれよう。
話をしていると及川徹とその友達3人は同じバレー部に所属しているらしい。揃いも揃って恐らく各々モテるだろう容姿を兼ね備えていて、この集団と関わると絶対に私が描いていた穏やかな高校生活は送れそうにないことが容易に想像できた。こうなったら一刻も早く帰りたい。


「じゃあ名字さん、ここ2年以上フリーってこと?意外ー」
「意外?」
「だって綺麗だもんね、名字さん。モテるでしょ」
「そうでもないと思うけど…」


及川くんの両隣に座っている花巻くんと松川くんは、私の恋愛事情を興味深げにきいていたかと思うと、そんなことを口にした。
モテるのはそっちの方でしょ、と言いたい。彼女とかいないのだろうか。もしいるとすれば、私と琴乃という女子とファミレスで昼食を取っているシチュエーションはあまりよくない気がするのだが。
それにしても、と。4人の男子達を改めて順番に見遣る。他の3人がどうかは知らないが(なんとなく岩泉くんは真面目そうだけれど)、及川くんがバレーに打ち込んでいることはかなり意外だった。
正直なところ第一印象が第一印象だっただけに、チャラチャラというか、帰宅部で遊んでますーという雰囲気だったし、更に驚いたことに彼は今年からバレー部の主将だという。何も知らない私が言うのもなんだけれど、他のメンバーは本当にそれでいいのだろうか。隣に座る琴乃いわく青城のバレー部は県内トップクラスの成績を残しているらしいから、これもまた驚きだ。人は見かけによらないとは、まさにこのことである。


「でさ、名字ちゃん」
「さっきも言ったけど、その呼ばれ方は嫌」
「んー…じゃあ、名前ちゃん?」
「…なんでさん付けとか名字呼び捨てとか普通に呼べないの?」
「そんな他人行儀な呼び方ヤダよー!俺と名前ちゃんの仲じゃん!」


どんな仲だよ。私が突っ込む前に松川くんが突っ込んでくれた。良かった、及川くん以外は常識人っぽい。


「いやいや、呼び方の話じゃなくて!今度うちの部活で練習試合あるからさ、名前ちゃん応援に来てよ。湯浅ちゃんも一緒に…ね?」
「行かない。なんか人多そうだし」
「及川の追っかけがうぜーぐらいいるぞ」
「ちょっと岩ちゃん!余計な情報与えないで!」


何やら騒ぎ出す及川くん。お店に迷惑じゃないだろうかと冷静に心配した。
そもそも、余計な情報も何も、そんなことは予想できている。及川くんのファン?追っかけ?が多いにしても、3人のファンだってそれなりにいるだろう。そんなところに、なぜ私が行くと思うのか。
改めて断ろうと思い口を開きかけた時、それまで静かに傍観していた琴乃が口を開いた。


「私、行ってみたいな」
「え」


これには驚きを隠せなかった。どちらかと言うと自己主張しない内気な性格の琴乃がそんなことを言うなんて、微塵も思っていなかったからだ。
そう言えばこのファミレスに来てから心なしかそわそわしているような気もするし、それと何か関係があるのだろうか。戸惑う私をよそに、及川くんは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべている。


「じゃあ決まりね。詳しい日時が分かったら連絡するから連絡先教えて?」
「いや、私は…」
「友達の湯浅ちゃんが来てくれるのに名前ちゃんは来ないなんて、言うわけないよね?」


ほらほら、スマホ貸して。
なんということだろう。あれよあれよと言う間に私のスマホは及川くんに奪われ、連絡先を登録されてしまった。
琴乃が私にだけ聞こえるような声でごめんね、と言ってきたけれど、琴乃は悪くない。練習試合の話を持ちかけてきたのも、勝手に人のスマホを奪ってなんの断りもなく連絡先の交換をしたのも、全て及川くんだ。


「バレーしてる俺を見たら、名前ちゃん、惚れると思うよ」
「………そろそろ帰っていいかな」
「スルー!?今の俺の発言、スルー!?」
「及川ざまぁ」
「ざまぁ」
「ざまぁ」


3人に笑われている及川くんを見て、私も心の中で「ざまぁ」と呟いた。
それにしても凄い自信。出会った時から思っていたことだけれど、どれだけ自分のこと好きなのこの人。バレーの試合はテレビでちらりとしか見たことがないけれど、そんなに惚れる要素があっただろうか。甚だ疑問である。
そんな私の心中を知ってか知らずか、席を立ち琴乃と帰ろうとする私に彼が言った。


「呼び方、名前ちゃんでいいよね?」
「……どうせ変えてくれないんでしょ。勝手にすれば」


諦め気味に返答したくせに、彼の声音でそう呼ばれることをそこまで嫌じゃないと思ってしまったのは、きっと気のせいだ。


聲に眩惑


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