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先週、及川の家に遊びに行かせてもらった。及川の遺伝子の発端となったお父さんとお母さんは当たり前のように美形だったし、お母さんのテンションはどことなく及川に似ていると思った(及川ほどウザくはないけど)。そしてその際、美味しいご飯をご馳走になったので、今日はそのお礼にうちへ来ないかと及川を誘った。目を輝かせて、行きます!と返事をした及川は、オモチャをもらって無邪気に喜ぶ子どものようだった。
及川の家からの帰り道での出来事は、思い出すと顔が熱くなってくるから、意識的に忘れるように努力している。けれど不思議なもので、そういう記憶だからこそ、及川の顔を見るたびに蘇ってくるからタチが悪い。


「名前ちゃん?どうしたの?」
「…なんでもない」
「あ、もしかして…この前キスした時のこと…「うるさい。来るのやめる?」
「ゴメンナサイ」


なんで及川は私の考えをピンポイントで読み取ることができるんだろう。私の表情や考えは分かりにくいと言われてきたけれど、案外分かりやすいのだろうか。ただ及川の読み取り能力が高すぎるのだろうか。どちらにせよ、私にとっては困ったことである。


「うち、及川の家みたいに広くないよ。賃貸だし」
「そんなの気にしないよ。それより、お母さんとか…大丈夫なの?」
「うん。むしろ喜んでた。私から彼氏の話したの初めてだったし」
「そっか!初めてなんだ!」


鼻歌まで歌って上機嫌の及川。この男は緊張しないのだろうか。私は及川の家に行く時、密かに緊張していた。彼氏のお母さんに会うのはそれなりに緊張するものだと思うし、その逆もまた然りだと思うのだが、及川はただ楽しそうである。
まあ、ガチガチに緊張されるよりはマシか。私は浮かれ気分の及川とともに自宅を目指すのだった。


◇ ◇ ◇



「初めまして。名前さんとお付き合いさせていただいてます、及川徹です」
「まあ…礼儀正しいのね。どうぞ。狭いけどゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」


及川徹という男がなぜモテるのか。それは、ただのヘラヘラしたイケメンではなく、こういうきちんとしなければならない場面で、恐ろしいほどソツなく、完璧に、デキる男を演じられるからかもしれない。
普段の3割増しぐらいのキラキラした笑顔を振り撒く及川に、すっかり騙されているお母さん。私には胡散臭く見えて仕方ないんだけど。


「名前、どうやってあんなイケメンで礼儀正しい男の子をオトしたの?」
「……お母さん騙されてるから」
「もう、照れちゃって」
「何か手伝いましょうか?」
「いいのよ!及川くんは座ってて!名前、及川くんに何か飲み物持って行ってあげなさい」
「はいはい…」


及川のイケメン爽やかパワーは、お母さん世代にも十分な効力を発揮している模様だ。イケメンなのはまあ認めるとしても、性格に関してはなかなか難ありというか残念なところが多々ある。それをこうも上手くひた隠しにできる演技能力には感心するより他ない。


「及川、いつもと違って随分ピシッとしてるんだね」
「名前ちゃん何言ってるの?俺はいつもこんな感じでしょ?」
「そのウソくさい笑顔やめて」
「ひどい」
「私、お母さん手伝ってくるから。及川はテレビでも見てゆっくりしてて」


私は及川をリビングに残しキッチンに戻った。夜ご飯の準備を手伝うのはいつものことだ。今日はお母さんが及川のことをしつこくきいてくるので苦痛で仕方なかったが、普段は一緒に料理ができるこの時間が好きだったりする。
そんなこんなで夜ご飯ができあがった。及川を呼んで、3人でテーブルを囲む。お父さんは今日も何時に帰ってくるか分からないらしい。


「美味しいです」
「良かった!たくさん食べてね」
「はい。遠慮なくいただきます」
「それにしても、名前にこんな素敵な彼氏がいるなんて…お母さん嬉しいわ。及川くん、これからもうちの子をよろしくね」
「ちょっと、お母さん!」
「勿論です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「及川まで!」


なぜかすっかり意気投合している2人。勝手に何を言ってるんだ…そう思い頭を抱えた時だった。ガチャリと玄関のドアが開く音がした。どうやらお父さんが帰ってきたようだ。こんなに早く帰ってくるなんて珍しい。
こちらを見たお父さんは恐らく及川の存在に驚いているのだろうけれど、その表情は変わらない。私の表情の変わりにくさはお父さん譲りなんだと思う。


「お父さん、早いね」
「今日はたまたま営業先から直帰できたからな。そちらは?」
「勝手にお邪魔してすみません。及川徹です。名前さんと、お付き合いさせていただいてます」
「……そうか」


あの及川が、緊張していた。椅子から立ち上がって堅苦しい挨拶をするその顔は、それまでと違って1ミリも笑っていない。さすがに彼女の父親には緊張するんだなあ、と他人事のように思う。
お父さんはそんな及川をまじまじと見つめ、暫くすると、ふっと表情を和らげた。


「娘がお世話になっているんだね」
「及川くん、とっても良い子なのよ。名前のことも大事にしてくれてるみたいだし」
「仕事の関係で転勤が多くてね。名前はその度に転校してばかりだから、学校に馴染めたか心配していたんだが…安心したよ」


そう言って私達と同じテーブルを囲むお父さんは、なんだか少し嬉しそうだった。1人娘である私に彼氏ができたら怒るかも、と思っていたのは杞憂に終わったようだ。
それからは和やかに食事が進み、あっという間に時間が過ぎた。及川はなぜかお父さんともすっかり仲良くなっている。さすが及川、人たらしの才能がある。


「そろそろ帰ります。遅くまでありがとうございました」
「いいのよ。また来てね」
「及川くん、娘を頼むよ」
「はい。喜んで」


最後まで爽やかスマイルを維持し続けて、及川は家を出た。私の方がどっと疲れたのはなぜだろう。帰ったらまた、及川について質問攻めに合いそうだ。少し憂鬱ではあるけれど、とりあえず、家の前で及川を見送る。


「名前ちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ」
「及川はあんなに笑顔振り撒いて疲れなかったの?」
「ぜーんぜん!」
「あ、そう」
「お父さんもお母さんも優しいね」
「そう?普通だよ」
「また来ていい?」
「いいんじゃない?2人ともすっかり及川のこと気に入ったみたいだし」
「名前ちゃん」
「何?」
「これでいつでも結婚できるね?」
「ほんとに及川って馬鹿だよね。早く帰りなよ」
「照れてるんでしょー?分かってるんだからねー!」


及川はそう言ってヘラヘラ笑いながら帰って行った。
何を言い出すかと思ったら、とんでもないことを言ってくれたものだ。馬鹿だなぁと思いつつ、及川に指摘された通り照れてしまっている自分が情けない。
このままではお母さんにツっこまれそうだ。そう思った私は、ほんのり熱い顔を冷やして家に入ることにしたのだった。


滴る愛言葉に堕落


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