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混濁する白と黒

文化祭が近付いてきた5月下旬。校内は文化祭モード一色になりつつあって、午後の授業が丸々文化祭準備にあてられる日も出てきた。今日はその、午後が文化祭準備で授業が潰れる日なので、俺はジャージ姿で絵の具の筆を握っている。呼び込み係は準備なんて何もないだろうと思っていたのだが、呼び込み用のパネルを作れとクラスの女子に命じられたので、俺は渋々ながらパネル作成をしているわけだ。こんなことをしている暇があったらバレーをしたいと思ってしまうが、さすがに学校行事をサボるわけにはいかない。
とは言え、俺は興味のないことに関してはすぐに飽きてしまうタチなので、パネル作成にも早々に飽きてしまった。クラスメイト達は雑談をしながらも一生懸命それぞれの仕事に取り組んでいるようだが、俺はそろそろ限界だ。どうにかして抜け出そう。俺は、トイレ行ってくるわー、と言い残して教室を出ると、気晴らしに校内を歩いて回ることにした。
あちらこちらで文化祭に必要となるオブジェやらパネルやらを作成している姿を眺めながら、行く当てもなくフラフラ歩いていると、目の前から名前ちゃんが現れた。
確か名前ちゃんのクラスはお化け屋敷をすると言っていたが、俺の記憶が確かであれば名前ちゃんは受け付け係だったはず。ということは、衣装なんて必要ないはずなのに、目の前の名前ちゃんはなぜか白っぽい浴衣を身に纏っている。髪型も、いつもは下ろしているのに今日は横に結んでいるせいでうなじが露わになっていて、雰囲気が違う。
俺がその姿をぼーっと見つめていると、名前ちゃんは俺の視線に気付いたらしく、ぺこりとお辞儀をしてからこちらに近付いてきた。近くで見ると余計に大人っぽく見えて目の毒だ。


「なんで浴衣なんか着てんの?」
「受け付け係もお化け屋敷っぽい格好をした方が良いって話になって、試しに座敷童子をイメージしたこの衣装を着てみたんです」
「……へぇ、」
「座敷童子っぽいですか?」
「…………全然」


それのどこか座敷童子だよ。男から見たらそんな格好可愛いとしか思えねーぞ。…と、心の中だけで呟く。
うちのクラスの女子達も浴衣を着てファッションショーまがいなことをしていたが、へー浴衣着るとちょっと雰囲気変わるんだなー、ぐらいにしか思わなかった。それなのに、名前ちゃんが浴衣を着ているところを見ると、気が気じゃないというか、他のヤツにそんな姿見せてんじゃねーよ、と思ってしまうのはなぜだろう。おかげで、つい低い声が出てしまった。
名前ちゃんは俺の発言を聞いて自分の姿をまじまじと確認してから、そうですかー?と不満そうに口を尖らせている。


「クラスでは割と好評だったんですけど…」
「駄目。浴衣が」
「えー…」
「脱げ。今すぐ脱げ。浴衣を脱げ」
「…クロ先輩…それ、セクハラ発言ですよ……」


おっといけない。つい心の声が漏れてしまったらしい。脱げ、を連呼してしまったばっかりに名前ちゃんは俺を不審者を見るみたいな目つきで見上げてくるが、言ってしまったものは仕方がない。そんなに引くなよ…と言いながら苦笑しつつ、冗談だよ、と続けようとしたその時だった。
俺の後方から現れた1人の男子が名前ちゃんに声をかけた。その男子はどうやら1年生の時に名前ちゃんと同じクラスだったらしく、俺の目の前で親しげに話をしている。


「名字、浴衣似合うじゃん」
「ほんとー?お化けっぽい?」
「お化けっぽくはないけど似合ってるとは思うよ」
「ありがとう。でも、お化けっぽくないと意味ないんだよね…」


俺とは違って素直に似合っていると感想を述べる男子に、一種の羨望のようなものを覚える。名前ちゃんに好意を寄せていて言ったにしろ、そうでないにしろ、その男子の発言は名前ちゃんの心を射止めるには十分だったらしい。少し照れた様子で笑う名前ちゃんの表情を見たのは初めてだ。
そりゃあ、自分の身なりを褒められて嬉しくないヤツはいない。はにかむのも当然と言えば当然の反応なのだが、俺はなんとなくそれが気に食わなかった。同級生なのだから当たり前とは言え、砕けた口調で何気ない会話を繰り広げる2人は、はたから見たら初々しい恋人同士に見えなくもない。つーか、俺がいること忘れてね?俺、空気?


「文化祭の準備がんばろうなー。当日の名字の浴衣姿、楽しみにしとくわ!」
「ありがとー。またねー」


ちゃっかりアプローチまがいな言葉を投げかけて去って行く男子の後ろ姿に小さく手を振る名前ちゃんの顔は、なんとも緩みきっていて腹が立った。というわけで、俺は名前ちゃんの頭をぺしんと叩く。そんな顔してんじゃねーよ、という気持ちを込めて。
頭に突然の衝撃を受けた名前ちゃんは、まだいたんですか、とでも言いたげな表情で俺を見上げながら叩かれた箇所を撫でている。さっきまでの緩んだ表情はどこへやら。俺に向けられる顔はどこか引き攣っている。まあ叩いてしまったのだから無理もないとは思うけれど。


「何するんですか…」
「俺のこと忘れてたろ。目の前でイチャつかれると腹立つ」
「い…、イチャついてたわけじゃないです…!忘れてたわけでもありません!」
「あっそ。表情筋だるっだるだったけどな?」


精一杯の皮肉を込めて頬を軽く引っ張ってやると、やめてくださいよー!と睨まれた。全然怖くねーけど。今度は引っ張られていた頬をさすりながら、なんなんですか…と呟く名前ちゃん。知るかよ。俺だってなんでこんなに腹立ってるか分かんねーんだって。
名前ちゃんはいまだに気難しそうな顔をしており、また何か抗議の言葉でも飛び出すのかと思っていると、ハア、とひとつ大きな溜息を吐いた。


「この格好じゃ座敷童子にもお化けにも見えないってことが分かりました…」
「…当日までに分かって良かったんじゃね?」
「ちょっとクラスに帰って検討し直します」
「浴衣は駄目だからな」
「イトウ君は似合ってるって言ってくれましたよ?」


どうやら先ほどの男子はイトウ君というらしく、折角忘れかけていた存在をまた思い出してしまった。似合うか似合わないかと尋ねられればそれは似合うのだが、そういう問題ではない。その格好を得体の知れないヤツらに見られるのが癪に触るのだ。
そこで俺は、はっとした。彼女でもない後輩の女の子に対して、俺は何を思っているのだろうか。無意識の内に自分のものにしたくてたまらない感情が湧き上がっていて、今更のように暴走していたことに気付く。あー…くっそ…またコレだよ。腹立つ!俺は行き場のない感情を持て余すかのように頭をガシガシと掻き毟った。


「どうしました?」
「……なんでもねぇよ…」
「私、そろそろクラス戻りますね」
「浴衣、駄目だからな」
「似合わなくても衣装なら来ますよ」


それでは、とご丁寧に会釈をしてから俺の隣を通り過ぎて行く名前ちゃんを、ぼーっと目で追う。そういえば今まで、名前ちゃんを見送ることはあっても見送られたことはねぇなあ、なんてどうでもいいことを思って。イトウ君とやらに手を振る名前ちゃんの姿が脳裏を過ぎった。
つーか似合わないとか言ってねーし。似合うとも言ってねーけど、そこは察しろよ。


「……俺は何がしたいんだ…」


最近ときたら迷走してばかりで、つい零れ落ちてしまった言葉。俺はもやもやした気持ちのまま、のろのろと重い足取りでクラスに帰る。すると、仁王立ちしている女子が俺のことを鬼の形相で出迎えてくれた。


「黒尾クン?今まで何してたのかな?」
「……校内の見回りとか?」
「へーぇ?パネル、できたの?」
「うん。できた。俺の心の中では」
「できてないでしょーが!時間ないの!次サボったら当日の仕事増やすからね!」
「はいはい…」


元々浮かない気分だった上に、仕切り屋の女子にこっ酷く叱られて踏んだり蹴ったりだ。それもこれも、俺のせいではあるのだけれど。
俺は制作途中のパネルのところに戻って、再び筆を握る。ダンボールで作ったパネルに塗るのは、先ほど名前ちゃんが着ていた浴衣と同じ白色だ。当日、浴衣着んのかな…見せたくねぇなあ…。俺のそんな心が手元に影響してしまったのか、白色の絵の具はいつの間にか枠をはみ出し他の絵の具と混ざっていて、黒っぽく変色していた。


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