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ゴーストクピド

なんやかんやで準備は進み、やっとのことでむかえた文化祭当日。俺は黒地の浴衣を身に纏い、自作のパネルを掲げて集客活動に勤しんでいた。背が高いのもあるし、こう見えてそこそこ女性ウケの良い俺は、順調に呼び込み係を全うしている。この係の特権で校内を自由に散策できる俺は、後輩達のクラスを順番に冷やかして回っていた。
そして辿り着いたのは研磨のクラス。お化け屋敷というだけあって、並んでいる客はカップル率が高いようだ。確か研磨は裏方で驚かせる役をやっているはずだから会うことはできないだろうなあと思いながら通り過ぎようとしたところで、受け付けでいそいそと客に案内をしている名前ちゃんが目に入った。その姿は準備期間中に見た白地の浴衣ではないものの、色が俺と同じような黒地になっているだけで浴衣であることに変わりはなく、俺は思わず顔を顰める。
おい。浴衣は駄目だっつったじゃねーか。ポニーテールになんかしやがって。うなじモロ見えだぞ。
研磨に会えないなら意味がないとスルーするはずだったのに、気付けば俺の足は自然と受け付けの方に向かっていて、名前ちゃんは突然現れた俺に、うわっ!と後退りする。もはやこの反応はお決まりなので、いちいちツっこむのは止めにした。


「名前ちゃん?なんで浴衣着てんの?」
「そういうクロ先輩も浴衣じゃないですか!色も一緒!お揃いみたい!」
「………、俺は和風カフェだから良いんだよ。そんなことより、この前、浴衣はヤメろって言ったよな?」


お揃いという言葉に、それならいっか、と一瞬流されかけたが、いやいや、そういう問題ではない。俺が凄んでも名前ちゃんは全く気にする素振りを見せずにキョトンとしていて、その表情がまたなんともあざとくて。本人にその気がないだけに、より一層タチが悪い。


「検討の結果、死装束風にしてみました!」
「……お前らのクラス、頭おかしいんじゃねーの」
「ひどいですね。なかなか怖いって評判なんですよ?入って行きます?」
「野郎1人でお化け屋敷入るとかないわー」
「じゃあ彼女さんとぜひ!」


彼女、と言われてなぜかずきりと胸が痛んだ。つーか彼女とかいねーし。不特定多数のセフレならいますけどね。


「彼女なんかいねーっての」
「え?山本が、クロ先輩には綺麗な彼女がいるって言ってましたけど…」
「はあ?……勘違いじゃねーの?」


山本が言っているのは、たぶんセフレの1人のことなんだろうが、余計なことを吹き込んでくれたものだ。俺は適当に話をはぐらかすと、ふと、名前ちゃんを見遣った。
そういえば受け付け係はお化け屋敷の内部事情を知らないと言っていたはず。ということは、名前ちゃんは自分のクラスのお化け屋敷がどんな出来栄えなのか知らないということになる。受け付け係が内情を知らないのはいかがなものか。俺はニヤニヤする口元を隠さぬまま、名前ちゃんにある提案を持ちかけた。


「名前ちゃんが入るなら一緒に入ってあげてもいいですよ?」
「え。私は…受け付け係で忙しいので……」
「お昼時だし、客足落ち着いてきたっぽいけど?」
「………そうですね」
「もしかして怖い?」
「まさか!全然!」
「じゃあ中を偵察したら良いんじゃね?受け付け係も内情把握した方が良いだろ?」


明らかに強張った表情を見れば怖がっていることは一目瞭然なのだが、仕方ないですね!と強がって、入ることを決意したらしい名前ちゃんは、俺から呼び込み用のパネルを奪い取って、行きますよ、と入り口の方へ向かう。
勢いだけというか、ヤケクソというか、まあ名前ちゃんが入ると言うのなら、焚きつけたのは俺だし一緒に入ってやるのが筋なのだろう。クラスメイトに行ってらっしゃいと見送られた名前ちゃんは、俺を置いてズンズン中に入って行く。俺もその後をゆっくり追って、結構本格的に作ってんだなーと感心しながら歩いていると、あんなに勇ましく入って行ったはずの名前ちゃんが少し前の方で固まっていた。
すぐ近くまで寄って行くと、ぺしゃ、と胸元のあたりに冷たいものがぶつかってきて、古典的な冷えたこんにゃくで驚かすやつかな、と考えを巡らす。たぶん普通の身長だったら顔とか首とかにぶつかるんだろうが、生憎俺は人並外れた身長の持ち主なので想定外ってやつなのだろう。おかげで浴衣が少し濡れてしまった。
名前ちゃんはこのこんにゃく攻撃をモロに顔に食らったらしく、鼻や頬の辺りに水滴がついている。なるほど、それでビビって固まったパターンね。


「名前ちゃーん?大丈夫?」
「……冷たい」
「ん?おーい」
「………顔に、冷たいのが…」


駄目だこりゃ。完全にフリーズしてる。ここまで苦手だとは思いもよらなかった。軽いノリで偵察したらいんじゃね?なんて言ってしまったのは俺だし、とりあえずここから動いてもらわなければ次のお客さんが入って来られなくて困るだろう。


「ほら、一緒に歩いてやっから、さっさと出るぞ」
「そうしたいのは山々なんですが…怖くて目が開けられません……」
「はあ?ったく…そんなに怖いなら最初から怖いって言やいいのに……」


確かに先ほどから固く目を閉じたままの名前ちゃんに頭を抱えながらも、俺はおもむろに名前ちゃんの手を取って歩き出した。こうするしか動かす方法がないのだから、嫌でも諦めてもらおう。
俺が手を引くと、名前ちゃんは目を瞑ったまま俺の手をぎゅっと握ってよろよろと歩き出した。途中、妙な音楽やら悲鳴やらが聞こえるたびに、ひゃあ!と奇声を上げていたものの、名前ちゃんは俺に連れられて無事にお化け屋敷を出ることができた。
俺は握っていた手を離して、どことなく顔色が悪い名前ちゃんにいつもの調子で、やっぱ怖かったんじゃん?と茶化すように声をかけてみたのだが、名前ちゃんからは何の反応もない。これ本気で怖かったやつ?泣いてないよな?と、さすがに心配になって顔を覗き込んだ瞬間。
名前ちゃんが俺の胸元辺りの浴衣をきゅっと握って、薄っすら涙を溜めた瞳で俺を見つめてきた。泣かせてしまったという罪悪感と、情事中を彷彿とさせるような表情を見せられたことによる高揚感とで、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。


「クロ先輩が一緒で良かった…怖かった…」
「……っ、」


いっそのこと、クロ先輩のせいで怖い思いしました!とか言って怒ってくれたらいいものを、そんな弱々しく縋り付かれたらどうしたらいいのか分からない。悔しいことに、うるうるした瞳で見つめてくる名前ちゃんは可愛いと認めざるを得ないし、無性に加護欲を掻き立てられてしまう。


「そんなに怖いの苦手ならもっと嫌がれって…」
「だって……弱み握られるみたいで嫌じゃないですか…」
「まあ結局、弱み握ったけどな」
「……ひどい…ほんとに怖かったのに……」


その言葉に嘘はないのだろう。名前ちゃんはいまだに俺の浴衣を握り締めたままでいる。あーもう…分かったよ。俺が悪ぅございました。俺はせめてものお詫びのつもりで、名前ちゃんを安心させるように頭をポンポンと撫でてやった。


「怖い思いさせて悪かったよ。もうお化け屋敷入れとか言わねーから、機嫌直せって。な?」


俺がそう言って笑いかけると、名前ちゃんはポカンと口を開けて。次の瞬間、みるみる内に顔を真っ赤にさせたかと思うと、脱兎のごとく駆け出してあっと言う間に俺の前から姿を消した。
今のどこに恥ずかしがるポイントがあったのかは分からないが、あの反応の仕方は反則だろ。どんだけ可愛い反応すりゃ気が済むんだよ。今日名前ちゃんに会ってからというもの、俺はすっかり名前ちゃんに振り回されっぱなしだ。今日に限らず、ずっと、かもしれないが。
俺は女に振り回されるタイプじゃない。どちらかというと、自分の掌の上で転がすタイプなのだ。だから、こんなことは恐らく初めてで、一体どうしたらいいのか分からない。
ただ言えることは、名前ちゃんの存在が俺の中で確実に特別なものになりつつあるということで。認めたくはないが、手に入れたいと思っているのは事実だ。遊び相手にならないと分かっているのに。
俺は壁に置き去りにされていたパネルを手に取ると、再び校内を歩き始めた。名前ちゃんはどこに行ったのだろう。浴衣姿で出歩いて、変なやつらに捕まってなきゃ良いんだけど。俺はいつの間にか、呼び込みなんかすることも忘れて、名前ちゃんの姿を探すことだけに専念していた。


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