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満て見ぬフリ

名前ちゃんにカフェ・オレを貰ったあの日の夜。俺は結局ゴムを買って、適当に相手してくれそうな年上のオネーサンと行為に及んだ。それなりに溜まっていたのだろう、身体はそこそこスッキリしたが、気分は全く晴れず。それどころか、なぜか情事中にまで名前ちゃんの顔が頭を過って、謎の罪悪感に見舞われる始末だった。
ゴールデンウィークがあったこともあり、名前ちゃんにはその日以来会っていない。まあ、会う必要もないし用事もないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。ゴールデンウィークは合同合宿があり、バレー漬けの毎日を送っていたせいか一瞬のうちに終わっていて、気付けば今日からまた学校が始まってしまう。
バレーだけのためなら早起きだってそれほど苦痛には感じないが、授業があると思うと途端に身体が重たくなってしまうのだから、人間とは不思議なものである。授業なんてなけりゃいいのに、と都合のいいことを思ったところで、担任が今日のLHRは文化祭のことについて話し合うと言っていたことを唐突に思い出す。
音駒高校は6月に文化祭がある。なんでも秋は体育祭があるから、委員会やら教師側の事情やらで同時期に開催するのを避けるためだそうだ。俺としてはいつ文化祭をやろうが構わないのだが、その準備のために部活の時間が削られるのは非常に解せない。
俺は気怠い身体を引き摺って、朝練をするべく、ゲームをしながら歩いている研磨とともに学校を目指すのだった。


◇ ◇ ◇



「というわけで、うちのクラスは和風カフェに決定しましたー!」


クラス委員長の高らかな宣言をきき、教室内にパチパチと拍手の音が鳴り響く。うとうとしていたのであまり聞いていなかったが、やっと何を出店するか決定したらしい。女子が中心となって、あーでもないこーでもないと討論を繰り広げていた結果、辿り着いたのが和風カフェなのだろう。


「和風カフェなので当日はみんな浴衣を着てもらいます」
「いいねー!」
「楽しそう!縁日みたい!」


どうやら浴衣で接客して集客率アップを狙う作戦らしく、クラスメイト達のテンションは高まっているようだ。浴衣…あったっけ。昔のやつとか、たぶん丈短いよな。
そんなことをぼんやり考えていると、黒尾が適任だと思います!という発言が聞こえた。俺がぼけっと考え事をしている間に、話題は次に進んでいたらしい。なんだ。何が適任なんだ。


「背が高いから看板持ってたら目立つし、良いんじゃない?」
「何の話?」
「役割分担。黒尾は客引き係が適任じゃないかって」
「あー…楽なやつなら何でもいい」


隣の女子に尋ねてみれば、当日の役割分担のことについてのようだった。客引き係は、当日看板さえ持っていれば自由に動き回っていいらしいし、なかなか良い役どころだ。接客や調理は見るからに面倒臭そうだし、自由に徘徊していいなら客引き係の方が断然楽に決まっている。やりまーす、と。手を挙げて立候補すれば、俺はあっさり客引き係になることができた。
メニューはどうするか、値段はどうするかなど、まだまだ話し合いは続いているようだが、朝練の後に食ったおにぎりのせいで満腹中枢を刺激されている俺は猛烈な睡魔に襲われる。駄目だ。寝よう。無駄な抵抗はせず、俺は本能の赴くまま、机に頭をあずけて微睡んだ。


◇ ◇ ◇



午前中はLHR中に仮眠を取っただけあって、その他の授業は比較的真面目に受けた。俺はこう見えて、結構成績優秀だ。バレー部の主将を務めていることもあってか、教師達からの評価も良い方だと思う。うまく生き抜いていくための悪知恵だけは働くタイプなので、そこら辺はうまくやっているのだ。
4時間目の授業を終えて、やっとむかえた昼休憩。俺は研磨のクラスに顔を出していた。
今日の朝練はいつもよりギリギリに終わってしまったため、俺は慌てて教室に向かって走っていた。その時、どうやら俺はスマホを落としてしまったらしく、それを研磨が拾ってくれているのだという。ちなみにこれは夜久からきいた話だ。研磨から夜久に連絡がいき、それを夜久が俺に伝えてくれたのだろう。届けてくれないあたり、面倒臭がりの研磨らしい。
取り立てて急いで取りに行く必要もないし、部活の時にでも礼を言って返してもらえばいい話なのだが、俺は無意識の内に心のどこかで、名前ちゃんに会えるのでは、と期待してしまったのかもしれない。会う理由なんか、何もないくせに。


「研磨ー。スマホ。サンキュな」
「画面割れてなくて良かったね…」


俺は研磨からスマホを受け取ると、研磨の前の席の椅子を勝手に拝借して跨るように座った。さり気なく教室内を見渡すが、名前ちゃんの姿は見当たらない。


「何?帰らないの?」
「あー…今日はここで飯食う。そういえば研磨のクラス何やんの?文化祭」
「……お化け屋敷」
「ド定番だな。脅かし役とかすんの?」
「うん。音鳴らしたりとか」
「へー」


研磨がぬうっと暗闇から現れたら、それだけで結構怖そうだけどな。そんな、研磨に言ったら睨まれそうなことを考えていると、俺の目が名前ちゃんの姿を捉えた。たまたまなのか、名前ちゃんはこちらに向かって歩いて来ていて、俺の存在に気付くと僅かに肩をびくっとさせる。そんなに驚くことじゃなくね?


「どーも。先日はカフェ・オレご馳走サマでした」
「いえ…孤爪君と仲良いですね」
「まあな。幼馴染みなもんで」
「お昼ご飯一緒に食べてるんですか?」
「今日だけな」


俺は持って来ていたパンを袋から出し、一口齧りながら答える。研磨は名前ちゃんの顔をチラリと見ただけで、特に何も言わなかった。ゲームをやりながら弁当を食べる研磨は、かなり器用だと思う。


「お化け屋敷やるんだって?名前ちゃんもお化け役やんの?」
「私は受付とお客さんの誘導係なんです」
「ふーん。怖くなりそう?」
「さあ…お化け屋敷の中の仕掛けは担当になった人達しか知らないので私にも分からないんです」


身内にまで隠すとは、なかなか本格的である。となると、研磨は内部事情を知っているのだろうが、恐らく聞いたところで答えてはくれないだろう。今も、きっと俺達の会話が聞こえているにもらかかわらず、素知らぬ顔をしている。


「クロ先輩のクラスは何を?」
「和風カフェだとよ」
「わあ!いいですね!甘いものありますか?」


カフェときいて目を輝かせた名前ちゃんは、俺に期待の眼差しを向けてくる。また出た。このキラキラした目。毒気を抜かれるその視線に、俺は一瞬眩暈がした。普通に可愛い。まあ女ってのは笑ったら大概可愛くなる生き物だ。何も名前ちゃんだけが可愛いと思う対象ってわけじゃない。…たぶん。


「そりゃカフェっつーぐらいだからあるんじゃねーの。俺はよく知らねーけど」
「じゃあ当日、時間があったらクロ先輩のところに遊びに行きますね!」
「あ?」


その言葉に深い意味はないと思う。話の流れで社交辞令的に遊びに行くと言っただけかもしれないし、ただ単に甘いもの目当てなのかもしれない。というか、その線が濃厚だ。そんなこと、分かってる。けど、さぁ…俺のところ、って言い方はズルくね?なんか俺目当てで来てくれるみたいじゃん。
俺が複雑な心境でいることなど気付くはずもない名前ちゃんは、その言葉と屈託のない笑顔だけを残して、友達のところに行ってしまった。とんだ爆弾魔である。


「クロ…名字さんのこと、本気?」
「ンなわけねーだろ。遊べるタイプじゃねーのに」
「だから、本気?ってきいたんだけど」
「違うっての」
「ふーん…楽しそうだったのに」


ゲームばっかりしていて俺達のことなんか見ていないと思っていたが、そうだ、こいつは器用なヤツなんだった。自覚はないが、研磨が言うならそんな顔をしていたのかもしれない、けれど。


「気のせいだろ」


なんだか負けを認めるみたいなのが癪に触って、俺はそんな言葉を吐き出すと、食べかけのパンをムシャムシャと口の中に頬張った。名前ちゃんにもらった甘ったるいパンとは違う、オーソドックスなスティックパン。それなのに、口の中はなぜか、ほんのり甘いような気がした。


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