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ライク・ストロベリー

ある日の昼休憩、俺は教室に帰るべく廊下を歩いていた。面倒なことに今日は日直なので、提出物を職員室へ運んでいたのだ。昼飯まだ食ってねーのに、なんて思いながら気持ち早足で歩いていると、紙パックジュースの自販機の前で難しそうな顔をしている名前ちゃんを見かけた。何をそんなに悩んでいるのだろう。
その様子があまりにも滑稽だったので思わず立ち止まって観察していると、どうやら名前ちゃんはイチゴ・オレとバナナ・オレのどちらにするかで悩んでいるらしい。指が2種類のジュースの間を行ったり来たりしている。ぶっちゃけどっちでもそんなに変わらないと思うが、彼女にとっては大切な問題なのだろう。
どうすんのかなーと、そのまま観察を続けていると、名前ちゃんは、えいっ、と言わんばかりの勢いで2種類のジュースのボタンを同時に押した。どうやら自分では決められなかったため、神様にでも任せたらしい。
名前ちゃんが自販機から取り出したのは黄色いパッケージのそれで、バナナ・オレだったのかーと思っていると、なぜか名前ちゃんは顔を曇らせていた。いやいや、どっちでも良かったんじゃねーのかよ。イチゴ・オレが良かったなら最初からそっちのボタン押しゃ良いのに。
一連の流れを見てどうにもおかしくなってしまった俺は、つい噴き出してしまった。それに気付いた名前ちゃんが、ギョッとした顔でこちらに振り向く。あ、やべ。見てるのバレた。バレてしまったものは仕方がないので、俺はニヤニヤしつつ名前ちゃんに近付く。


「何やってんの?」
「それはこっちのセリフです」
「いや、面白いことやってんなーと思って、つい」
「せめて声かけてください」


名前ちゃんの言うことは正論と言えば正論なので、俺は思ってもいないくせに、ごめんって、と謝罪の言葉を述べる。そこまで怒っているわけでもないのだろう。名前ちゃんはそれ以上俺に何かを言ってくることはなく、手元のバナナ・オレを見つめている。


「そっちじゃ嫌だったの?」
「そういうわけではないんですけど…よく考えたらイチゴ・オレも飲みたかったなーって」
「ふ…何それ」


じゃー買えば良いじゃん、とも思ったが、その表情が随分と可愛らしいものだから突っ込む気力を削がれてしまった。純粋というか、汚れを知らないというか。久々にふわふわした気分になって、俺はまたもや小さく笑いを零してしまう。


「何がそんなにおかしいんですか」
「いや、なんつーか、可愛いこと言うなーって思って」


一応、本音を言ったつもりだった。が、名前ちゃんは眉を顰めて俺を見上げている。その表情は、完全に俺の言葉を信じていない時のそれだ。


「女慣れしている人の“可愛い”ほど、信じられない言葉はありません」
「いや、ホントに思ったんだって」
「誰にでもそんなこと言ってるんでしょう。からかわないでください」


どうやら名前ちゃんは気分を損ねてしまったらしく、くるりと俺に背を向けてしまった。しかも、そのままスタスタと歩き出すものだから、俺はなんとなく捕まえたい衝動に駆られる。
そうだ。イチゴ・オレ。俺はポケットから小銭を出して自販機に入れるとイチゴ・オレを買って、名前ちゃんの手を掴んで引き止めた。なんでそこまでしたかったのかはよく分からない。たぶん、そういう気分だったのだろう。
突然手を取られた名前ちゃんは、当たり前のことながら驚いて足を止め振り返る。そして俺に引き止められたことに気付くと訝しげに、なんですか、と尋ねてきた。


「これ。飲みたかったんだろ」
「…奢ってもらう義理はないです」
「まあそう堅いこと言うなって。俺があげたい気分なの」
「……はあ…じゃあ、ありがとうございます…?」


全然納得はしていない様子だったが、名前ちゃんは俺が引き下がりそうにないことを悟ったのか、目の前に差し出されたイチゴ・オレを渋々受け取ってくれた。ピンク色のパッケージは、なんとなく名前ちゃんの雰囲気に合っていると思う。


「イチゴの方が似合うんじゃね?」
「はい?」
「名前ちゃんの雰囲気に。可愛い感じとかが」
「………はい?」


聞こえていないわけではないと思うので、恐らく言葉の意味を理解できていないだけなのだろう。名前ちゃんは眉間の皺を一層深めて立ち尽くしている。
嘘やお世辞を言ったつもりは全くない。が、信じてもらえているかは微妙なところだ。このままではまた気分を損ねさせかねないので、俺は呆然としたままの名前ちゃんにヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
思ってたよりも楽しめそうかも。俺は自然と上がる口角を隠すこともせず廊下を歩く。昼休憩は少し削られてしまったが、殊の外有意義な時間だった。名前ちゃん…ちょっと落とし方考えてみるかなー。
新しいおもちゃを見つけたガキよろしく、俺はうきうきした気持ちで教室を目指して歩くのだった。


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