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現点皆既

「クロ、名字さんのこと口説いたの?」
「は?なんで?」


朝練に向かう道すがら、眠そうな目を擦りながら研磨が唐突に尋ねてきたことに、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな俺を見て研磨は怪しいと思ったのか、心当たりあるんだ…と小さく呟きながら軽蔑の眼差しを向けてくる。
口説いたと言われて思い出すのは自販機の一件の時に可愛いと言ったことぐらいだが、そんなに本格的に落とそうと思って言ったつもりはない。名前ちゃんの方は、そう受け取ってしまったのだろうか。だとしたら、それはそれで嬉しい誤算なのだが。


「イチゴ・オレ急に奢られた上に、嘘っぽいことばっかり言われたって怯えながら相談されたよ…」
「怯えながら?」
「どうせ可愛いとか、そういうこと、平気な顔して言って口説いたんでしょ…」


あの現場にいたわけでもないのに俺の言動を見抜いている研磨には、もはや感心するしかない。つーか、女の子って可愛いって言われたら嬉しいもんじゃねーの?怯えるって何?なんで?今までにないパターンすぎて、俺には到底理解できない。


「クロ…本気で名字さんのこと狙ってるの?」
「んー…ちょっと?今までにないタイプで面白そうだから気にはなってる」
「そんなゲーム感覚で遊んでたら、いつか痛い目見るよ」
「ま、そん時はそん時。研磨には迷惑かけねーから、な?」
「……ほんと、胡散臭い…」


研磨は俺に辛辣な言葉を投げかけると、いつの間にか取り出していたゲームの画面に集中し始めたので、会話はそこで途切れた。
こりゃ攻略するのに骨が折れそうだ…。名前ちゃんの顔を思い浮かべながら、俺は次なる一手をどうするか、思考を巡らせるのだった。


◇ ◇ ◇



その日の放課後は委員会だった。たまたまなのか3つの委員会が同じ日に開催するものだから、委員会終わりの廊下は3学年の生徒があちらこちらで入り混じって雑談しているので騒がしい。そんな中、早く部活に行きたい俺は、足早に体育館を目指していた。
すると、俺の行く先に見覚えのある男女の姿が目に入った。山本と名前ちゃんだ。知り合いだとは聞いていたが、2人が話すところを見るのは今日が初めてだ。どうやら相当打ち解けているのか、名前ちゃんは俺と話す時には見せないような自然な笑顔を山本に向けている。
あんな顔して話すんだなー、と。なぜか疎外感を覚える。…いや、待て。なんだ疎外感って。ここ最近、やたら自分でも収拾が付かない感情が出現することがあって、意味が分からない。
俺はその感情には気付かないフリをして何食わぬ顔で2人に近付くと、山本に声をかけた。そう、俺は名前ちゃんに話しかけたわけではない。飽くまでも山本に話しかけたかっただけだ。


「山本、委員会終わったか?」
「あ!クロさん!今から体育館行くとこだったんスよー!」
「あ、そ」


名前ちゃんが俺を見ていることには気付いているが、敢えて自分からは話しかけない。なんせ俺は怯えられているらしいので、これ以上自分から墓穴を掘るわけにはいかないのだ。


「そういえばクロさん、コイツと知り合いなんスか?」
「あー…まあ。なんで知ってんの?」
「コイツから聞いたんで」


まさか山本の方から名前ちゃんのことを聞いてくるとは思っていなかったので、俺は思った通りに疑問の言葉を口にする。つーか山本、名前ちゃんのことをコイツ呼ばわりできんの?そういう仲ってことか?女の子と話すの苦手だったんじゃねーのかよ。脳内では様々な疑問が浮かぶが、それらが音になることはない。
名前ちゃんは山本の服をくいくい、と引っ張って耳元に口を寄せると、小声で何かを言っているようだった。山本はそれに耳を傾けて、分かったよ、と言っている。何を話しているのかは知らないが、俺がいる目の前で堂々と見せつけてくれるとはいい度胸だ。


「仲良いのな?」
「中学からの知り合いなんで、家も近いんスよー」
「いや、それだけじゃなくて」


2人の雰囲気に水を差すように揶揄い混じりで言ってのけたセリフも、山本には効力を発揮しなかった。コイツ、どんだけ鈍感だよ。だから彼女できねーんだぞ。
名前ちゃんはまだ俺に怯えているのか、それとも他の理由でもあるのか、目を合わせることすらしてくれない。ふーん。へーえ。そういう態度取るわけね。ま、良いけど。


「お前ら、付き合ってんの?」
「「はっ!?」」


あらまあ息ぴったり。付き合っていないことは分かっていたが、揺さぶりをかけるつもりで試しに尋ねてみたら、2人して俺を見上げて固まるものだから、俺もつられて固まってしまった。そして暫くすると、これもまた2人同時に、見る見る内に顔を赤らめるものだから面白くない。なんだよこれ。まさかの両片思いってやつか。
思わぬ攻撃を食らった俺は、苦笑するしかない。名前ちゃん落とすとか、無理ゲーじゃん。いまだに赤い顔をした2人は、違います!を連発しているが、その反応を見る限り照れているようにしか見えない。
俺はもはやどうでもよくなって、この状況を打開するべく名前ちゃんに笑いかけた。途端、ひっ!と後退りされて、さり気なく傷付く。俺はオバケかっての。


「この後ヒマ?」
「え?私…ですか?」
「うん」
「今のところは……?」
「じゃあ部活見にくれば?」
「はい?」


俺の笑顔に怯えたまま、名前ちゃんは戸惑っている様子だった。俺の誘いの意図が分かっていないであろう山本も、不思議そうな顔をしている。
先輩がお前のために一肌脱ごうとしてやってんだから、もう少しマシな顔できねーのか。山本に対してそう思ったが、鈍感なアイツに察しろという方が無理な話なので諦めることにする。


「山本のカッコイイとこ、見放題だぞ?」
「………はい?」


あら?俺の予想では、またもや顔を真っ赤にさせて俯いたり、放っておいてください!とか言ってくるパターンだと思っていたのに、名前ちゃんときたら、素で何言ってんの?って顔をしている。山本も山本で、カッコイイとか照れるじゃないっスかー!と、勝手に盛り上がっている始末だ。
こいつら…どこまで鈍感だ。救いようねーな。俺が心の中でそんなことを思いながら溜息を吐くと、名前ちゃんが真面目な顔で尋ねてきた。


「なんで私が、山本を見に行かなきゃいけないんですか?」
「え?そりゃあ…山本が見に来てほしいかなーと思って?」
「そうなの?山本」
「え?いや別に」
「だそうです」


おいコラ山本。先輩の計らいを無碍にした罰は部活の時にたっぷりしてやるからな。
結局、名前ちゃんは怪訝そうな顔をしたまま俺達と別れて帰ってしまった。俺と山本はそのままの流れで一緒に体育館を目指す。


「お前、もうちょっと女心ってもんを分かるようにならねーと一生彼女できねーぞ」
「えっ!?俺、なんかしました!?どうしたらいいんスか!?」
「名前ちゃんに気があんじゃねーの?」
「ないないない!それはないっスよ!」


先輩の優しさで山本に助言をしてやろうと思ったのに、山本からはまさかの反応。山本が俺に隠し事をできるようなやつじゃないことは分かりきっているので、どうやら本当に名前ちゃんのことはただの友達として接しているらしい。つーことは、名前ちゃんは山本に片思い?


「名前ちゃんはお前のことが好きなんじゃね?」
「えー!それこそないっス!アイツとはどっちが先に恋人できるか争ってる仲なんで」
「………お前ら…中学生か」


山本からの話をきくと、名前ちゃんのあの冷めた反応も納得だ。勝手に勘違いして2人をくっ付けようとしたことはお節介だったなと、俺は密かに反省する。
更に山本に話をきいたところ、名前ちゃんはどうやら恋に夢見る女の子らしく、今まで誰とも付き合ったことがないそうだ。山本も恋に夢見る男の子(?)なので、中学の時にひょんな事から意気投合し、今もその仲が続いているという。
じゃあ2人が付き合えば済む話では?と提案したが、それは違うそうだ。俺達はお互い胸がドキドキするような恋愛がしたいんです!とは、山本のセリフである。ちなみに先ほど俺の発言に2人して顔を赤らめたのは2人揃って、付き合う、という単語に反応してしまっただけらしい。とんだ純情少年と純情少女がいたものだ。
今時ドキドキするような恋愛なんて少女漫画ぐらいでしか見たことがないような気がする。実際俺には何人も彼女がいるが、ドキドキしたことは一度もない。


「……まあ頑張れや…」
「クロさん、誰かいい人いないっスか?」
「恋愛したいんだろ。自分で探せ」


夢見がちな後輩をあしらって、俺は着替えをしながら考える。名前ちゃんと山本の関係は分かった。が、それと同時に、名前ちゃんを遊び相手にするのは困難だということも判明してしまった。俺が本気で恋愛にハマることはあり得ないので、どちらにせよ無理ゲーである。
あー…いい遊び相手になりそうだったのになー。着替えを済ませて体育館に足を踏み入れた俺は、一旦名前ちゃんのことを頭から追い出してバレーに集中し始めるのだった。


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