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I see,tell you

結局あの日、名前ちゃんとはどこにも行かずコンビニで別れた。それからの夏休み期間中は、俺の方から連絡をしては他愛ないやり取りをするだけで会うことはなく。部活三昧だった夏休みはあっと言う間に終わりを迎えた。健全な高校生男子が海にもプールにも行かず、蒸し風呂状態の体育館で汗を流すだけというのはなんとなく悲しいけれど、それはそれで青春と言えるのかもしれない。
まだ残暑厳しい9月。思い思いの夏休みを過ごしたクラスメイト達と久し振りに顔を合わせ、他愛ない会話をする。そんな中、そういえば、と口を開いたのは、それほど仲良くもない右斜め前の席に座る男子だった。


「黒尾、新しい彼女できた?」
「できてねぇよ」
「え?でも夏休みにコンビニの前で女の子とアイス食ってたよな?」


言われて思い出すのは名前ちゃんに出会ったあの日のこと。どうやら見られていたようだけれど、気まずいとは思わない。彼女ではない、けれど、そう見えたのであれば否定するのは勿体ないような気がする。とは言え、今ここで、彼女だよ、などと嘘を吐いて名前ちゃんの信用を失うわけにはいかないので下手なことは言えない(元々信用があるのかどうかという点には触れないでほしい)。


「あれは彼女じゃねぇの」
「へぇ。じゃあ浮気相手?」
「残念。大ハズレ」
「じゃあただの友達?」
「それもハズレ」
「はぁ?」


彼女でも浮気相手でも友達でもない。名前は俺の、好きな人。コイツには教えてやんねぇけど。


◇ ◇ ◇



学校が始まろうが、当たり前のことながら部活はある。なんせ11月に春高出場をかけた東京代表決定戦があるのだ。休んでいる暇などない。あのリエーフが文句のひとつも言わずにレシーブ練習に励んでいるところを見ると、部全体の士気も自然と高まるようで、9月に入ってからはそれまで以上に力が入っていた。勿論、主将である俺だって最後の春高がかかっているのだから気合いは十分である。


「おーっし、じゃあそろそろ自主練も終わりな」
「もう1本お願いしゃーっす!」
「やる気は認めるけどオーバーワークはアウト」


リエーフの頭を軽くぺしっと叩いてから片付けに入る。何やらブーブー言っているようだが、最近はいつもこの調子なので気にしない。なんだかんだ言いつつ片付けを済ませ、着替えをするため部室に向かおうと体育館を出たところで、名前ちゃんの姿を発見した俺は僅かに驚く。練習中、2階席に名前ちゃんの姿は見えなかったような気がするのだけれど、俺の気のせいだろうか。なんにせよ、名前ちゃんが自分の意思で待っているという光景が新鮮すぎて落ち着かない。
俺を待っていたわけじゃないのかもしれないが、見つけてしまったからには声をかけないという選択肢はなく、俺は名前ちゃんに近付くと、何やってんの?と声をかけた。


「クロ先輩。お疲れ様です」
「ん。どーも」
「着替えてこないんですか?」
「いや、着替えるけど。名前ちゃんはこんな時間までどしたの?」
「委員会と日直がかぶってしまって…どうせなら待ってみようかなあと」
「誰を?」
「……クロ先輩を?」


名前ちゃんは素直だ。綺麗な顔をキョトンとさせて、それがどうしたと言わんばかりだけれど、それはつまり俺と帰ろうと思ったということじゃないのか。もう少し時間をくれと言われた。だから、俺にしては珍しく、だいぶ待ってんだけどさ。こういうことされると期待するじゃん。
もう1回好きだと言ったら、名前ちゃんはどんな反応をするだろうか。自分も同じ気持ちだと言ってくれるんじゃないか。いくらでも待つつもりでいたはずなのに、手が届きそうになるとすぐに欲しくなる。それが名前ちゃんなら、尚更。


「着替えてくるから待ってて」
「分かりました」


付き合ってはいないけれど、こういうやり取りができるのは特別ってことじゃねぇのか。ただ女の子と一緒に帰るだけなのに、いちいちテンションが上がる。馬鹿みたいだ。けれど、たぶん馬鹿じゃないと恋愛なんてできない。名前ちゃんのことを好きになって、それを思い知った。
俺は部室に急ぐとさっさと着替えを済ませ、海に鍵当番を押し付けて名前ちゃんのところへ向かう。夜久に、必死だな、と笑われようが、言い返しはしない。というより、言い返せない、と言った方が正しいかもしれない。自分でも情けないとは思うけれど、否定できないぐらい必死だし。ちゃんと好きになった初めての子だから、さじ加減分かんねぇし。振り回されているという自覚はある。同じぐらい、名前ちゃんを振り回しているとも思うけれど。


「早いですね」
「かなり急いだんで」
「別に私、逃げたりしませんよ」


ふふ、と笑うその表情に魅了されたのは何度目か。年下の女の子のくせに、性格はなんとなく幼いと感じるのに、表情だけは女を匂わせる。そういうギャップにやられてしまったのかもしれない。なんて、今更か。
一緒に歩く何度目かの帰り道。距離は変わらない。俺がいくら歩調をゆっくりにしても半歩後ろを歩く名前ちゃん。会話だって、特別な内容は何もない。学校のことと俺の部活のこと、それ以外はほとんど話さない。
もしも今の関係から恋人になったら、これらは変わるのだろうか。きっと、何も変わらない気がする。それならば今の状態は何だろう。すっきりしない。焦れったい。だから、決めた。待つなんて、元々性に合わなかったのだ。


「名前ちゃん」
「はい」
「11月、春高出場をかけた東京代表決定戦があんだけど」
「そうなんですか」
「それでもし、春高出場が決まったら」
「…決まったら?」


俺の彼女になって。


名前ちゃんの足が止まる。俺も数歩進んで、それに倣う。9月はまだ日が長く、遅い時間なのに真っ暗になることはなく薄暗い程度。だから名前ちゃんの迷っている顔がよく見えた。困らせるつもりはなかった。懐の広い男でありたいと思っていた。けれども俺はどうやっても大人の男にはなれなくて、これが本来の自分なのだと再確認する。
澄ました顔で女の子を嗜めて、執着せずに突き放して。そうすることが大人の対応だったとは決して思わないけれど、必死になることを格好悪いと思っていたのは事実だ。縋り付くなんてみっともない。だから縋り付いてくる未練がましい女は面倒で嫌いだ。そんなことを想っていた数ヶ月前までの自分が、今やこの有様だなんてお笑い種もいいところである。けれども名前ちゃんは、そんな俺を笑ったりはしないのだ。


「本気ですか?」
「冗談でこんなこと言うと思う?」
「もし負けちゃったらどうするんですか?」
「負けねぇし」
「…分かりました」
「え。マジ?」
「クロ先輩が提案してきたのにどうして驚くんですか!」


半分は賭けみたいなものだった。だから、こうもあっさり受け入れられるとは思っていなかったのだ。少し怒ったような、拗ねたような素振りを見せる名前ちゃんにそう伝えれば、返ってきたのは。


「応援してます」


これ以上ないほどのエールだった。それはさ、俺達が勝つのを期待してるってことでいいわけ?俺、すげぇ都合の良い解釈しかできねぇんだけど。


「応援されたらますます勝率上がるけど良いの?」


俺の冗談と見せかけた本気の問いかけに対し、良いとも悪いとも言わず、頑張ってくださいね、と言う名前ちゃんに、俺はたぶんこの先、一生敵わない。


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