×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
幻想が現像になる

迎えた11月、春高出場をかけた東京予選大会。いつもの対戦相手と言えばそうなのだけれど、だからこそ手の内がバレているので非常にやりにくい試合。ハプニングで夜久が抜けたりして、そこそこ、いや、だいぶギリギリの試合展開ではあったけれど、俺達はなんとか春高出場の切符を手に入れることができた。本当は準決勝で梟谷を下し決勝に行くつもりだったのだけれど、結果は結果として受け止めるしかない。
嬉しい半分、悔しい半分の大会は無事に終了し、俺は頭の中にこびりついていた名前ちゃんとの約束を思い出していた。

春高出場が決まったら俺の彼女になって。

俺は9月、名前ちゃんにそう伝えて了承を得たわけだけれど。そういえば名前ちゃんはこの会場に来ているのだろうか。なんせ満身創痍で試合に臨んでいたものだから、俺としたことが確認し忘れてしまっていた。
とりあえず試合が終わったことを伝えてみるか。そう思ってスマホを取り出したところで、どこかから見ていたんじゃないかと思うほどタイミングよく、お疲れ様でした、というメッセージが届いた。ということは、つまり、名前ちゃんはこの会場のどこかにいるのか。俺はすぐさま名前ちゃんの番号を呼び出す。


「…もしもし?」
「会場にいんの?」
「え、あ、はい…見てました。ちゃんと」
「そっか」
「クロ先輩、とってもカッコ良かったですよ」
「でしょうね」


そりゃあバレーしてる時以外の俺と比べたらそうだろう。そうでなきゃ困る。謙遜するでもなく肯定した俺の返しに、電話の向こうでくすくすと笑う名前ちゃんの声が聞こえてきた。どんな表情をしているのか、すぐに分かる。ああ、会いてぇなあ。


「今どこ?すぐ行く」
「他の皆さんと別行動で大丈夫なんですか?」
「ちょっとだけ。会いたい」
「…会場入ってすぐのロビーにいます」
「1人?」
「はい」
「ちょっと待ってて」


通話を終了させ、近くにいた夜久に少し離れることを伝えて体育館を飛び出す。ロビーに行き辺りを見回すと音駒の制服を身に纏った名前ちゃんを見つけて、柄にもなく心臓が跳ねるのが分かった。何を今更緊張する必要があるというのか。散々みっともないことも、軽蔑されるようなことも、カッコつかないようなこともしてきたというのに。
少し息を整えて、ゆっくりと近付く。俺の存在に気付いた名前ちゃんは、お疲れ様です、と、メッセージで送ってきた文章と全く同じことを言ってきた。確かにお疲れではあるけれど、今はそんな疲れなんて感じない。


「カッコつかねぇよなあ。3位って」
「そんなことないです」
「だってギリギリじゃん?開催地特別枠だし」
「どんな枠だろうと、春高出場まで繋いだってことでしょう?粘りの音駒らしいじゃないですか」
「ふはっ…良いこと言うねぇ」


下手な賞賛の言葉より、よっぽど嬉しかった。こういうところが好きなんだろうなあ。


「さっすが、俺の彼女」
「えっ」
「…違うの?」


我ながら、随分とぶっ込んだ言い方をしたものだと思う。けれども、どうしても確認しておきたかったのだ。あの約束は果たされるのかと。これで名前ちゃんは本当に俺の彼女になってくれるのかと。
勘違いしてほしくはないのだけれど、俺は名前ちゃんと付き合うために死ぬ気で頑張ったわけではない。たとえ名前ちゃんとの約束がなかったとしても、俺は先ほどまでと全く同じように全力でプレーしたと言い切れる。だからこれはあくまでも、ご褒美。つまり、約束を忘れられていたとしても、破られたとしても、名前ちゃんを責めるつもりはない。無理やり、約束を守れと言うつもりもない。それでは意味がないことぐらい、馬鹿な俺にだって分かっているから。


「約束、忘れた?」
「忘れてないです!…けど、」


名前ちゃんは躊躇いがちに、けれどスラスラと話し始めた。
私は誰ともお付き合いしたことがないからきっと面倒臭いと思いますし、その、経験豊富なクロ先輩は物足りないって思うかもしれないですし、そもそも私には何の取柄もなくて選んでもらえるような女の子じゃないと思うんです。それに、えーと…、
黙ってきいていればつらつらと、よくもまあそんなに自分のことを卑下できるものだと感心してしまう。俺は今まで、どちらかと言うと自分に自信満々の女ばかりを相手にしてきたから、こういう切り返しは新鮮だ。けれど。


「まだあんの?」
「まだまだあります」
「…もう十分でーす」


降参を表すように両手を上げてみせれば、名前ちゃんは不服そうに顔を顰めた。本当は名前ちゃんの気がすむまできいてあげようと思っていたのだけれど、俺には生憎、時間がない。それに、何を言われたって答えは決まっているのだ。


「残念ながら何を言われても俺は名前ちゃんがいーんだけど、それでもまだ続ける?」
「…っ、」


不服そうな顔から一変、ぽかんと口を開けたマヌケ面で固まること数秒。言葉の意味を理解したのか、徐々に顔を赤らめていく名前ちゃんを、俺は目を細めて見つめる。


「説得力ないかもしんないけど、ちゃんと大切にする」
「…は、い」
「だから、俺と付き合って」
「……私で、良ければ」


名前ちゃんで、いいんじゃない。名前ちゃんが、いい。何度もそう伝えているつもりなのに、俺の気持ちはまだ半分ぐらいしか届いてなさそうだ。まあそれは今後の課題にすることにして。
俺は控えめに名前ちゃんの頭を撫でてから時計を見遣った。そろそろ皆のところに帰らなければならない。


「じゃ、そろそろ行くわ。また連絡する」
「あ…クロ先輩!」


名前ちゃんの元を離れて数歩。呼ばれて足を止めれば、小走りで駆け寄ってきた名前ちゃんは、汗まみれの俺のユニフォームをぎゅっと握って。


「私、ちゃんと、好きですから」
「は?」
「…クロ先輩のこと」


ああ、そういえば言われたことなかったな。改めて言われるとすげぇ嬉しい。自分にこんな感情があったのかと驚くほどには浮かれている。けれど。
こんな汗まみれのままでは抱き締めることなんてできないし、何より周りに他校生もうじゃうじゃいる中でそんなことをしようもんなら、やっぱり嫌いです!なんて言われかねない。


「それ、2人きりの時にもう1回言ってネ」
「え!」


ニヤついた表情はうまく隠すことができていただろうか。戸惑っている名前ちゃんに今度こそ別れを告げて、俺は意気揚々と皆の元に戻る。すると、帰るなり、まだ何も言っていないのに研磨が、良かったね、と言ってきた。コイツまじでエスパーなんじゃねぇか、と思ったけれど、どうやら相当頬が緩んでいたらしい。そんなに顔には出ないタイプだと思っていたのだけれど、よく考えたら名前ちゃんのこととなると俺の表情筋はいつもぶっ壊れているような気がする。


「クロにしては手こずったね」
「だいぶな」
「それだけ本気なんでしょ」
「…たぶん?」
「名字さん、俺と同じクラスだから。面倒なことに巻き込むのだけは勘弁して」
「頑張りマース」


はあ、と溜息を吐いた研磨は、疲れたから早く帰って寝たい、とぼやいて出口の方に歩いて行った。なんだかんだいって俺と名前ちゃんのことを気にかけてくれているあたり、研磨は面倒見が良いというか、イイヤツだなあと思う。
さて、帰ったら何と連絡をしよう。これから、どうやってこの関係を進展させよう。大切にするとは言ったものの、今までが今までだっただけに、彼女という存在を大切にする方法なんて俺には分からない。俺もある意味、名前ちゃんと同じで「初めて」なのだ。


「さて、どーすっかな」


俺のワクワクを孕んだ呟きは賑やかな会場内の空気にかき消されていった。


prev | list | next