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憂鬱を遊撃つ

名前ちゃんとなんとなくイイ感じになってきて、さてこれからどう攻めていこうかと考えていた矢先に突入した夏休み。さすがに学校が休みの期間中に名前ちゃんがやって来ることはなかった。高校最後の夏。こんな俺でもバレーだけは真面目にやっているので、普段の練習も練習試合も、俺はただひたすら汗を流し続けた。名前ちゃんのことが頭を過らなかったと言えば嘘になる。けれども俺は、夏休みに入ってから一度も、自分から連絡することはなかった。実は、押してダメなら引いてみろ、という言葉を思い出して実践しているのだけれど、効力はないのかもしれない。名前ちゃんからの連絡、ねぇもんなあ。
夏休みも終盤に差し掛かってきた頃。今日は珍しくオフの日で、特にやることがなかった。俺から部活を取ってしまえば、本当に何も残らない。研磨の家に遊びに行ってもいいけれど、どうせお互いにゲームしかしないし、なんせ暑いので外に出る気にはならない。オフの日ぐらい、家でゴロゴロしていたってバチは当たるまい。
こう見えて意外と計画的なタイプの俺は夏休みの宿題という忌々しいものを早々に終わらせていたので、切羽詰まって宿題に向き合う必要はなかった。山本あたりは必死に宿題を終わらせようと奮闘していそうだけれど、あとのメンバーはなんだかんだ言ってうまく宿題を終わらせているんじゃないだろうか。


「…アイス食いてぇ」


クーラーが効いた部屋は非常に快適だ。しかし、ここでアイスを頬張ることができたら今より更に最高な気分だろう。俺は悩んだ末、スマホと財布だけポケットに突っ込むと、茹だるような暑さの外界へと繰り出した。さっさとコンビニに行ってお目当てのアイスを買ってから帰ろう。家から1番近いコンビニを目指し、着いたら真っ先にアイスコーナーへと急ぐ。
カップか棒か。はたまたチューブタイプか。真剣にアイスを吟味していると、背後から、あ、という声が聞こえた。振り返ってみればそこには、夏休みに入る前に出会って以来の名前ちゃんの姿。俺はこの瞬間、このコンビニに来ることを決意した数分前の自分に拍手を送った。よくやった、俺。


「お久し振りです」
「ん」
「買い物ですか?」
「見りゃ分かるっしょ」
「…外、暑いですもんね」


嬉しさは表に出さず、淡々と会話をする。けれども俺は、内心でだいぶ焦っていた。今は夏休み期間中。つまり、俺も名前ちゃんも制服を着る必要はないわけで。俺はラフなTシャツ短パン姿(ほぼ寝間着)。名前ちゃんはどこかに出かける用事でもあるのか、小奇麗なシフォンブラウスにスカートを揺らしている。このアンバランスさ。なぜ俺はもう少しまともな格好をして来なかったのか悔やまれる。


「どっか行くの?」
「え?…えーと、まあ、」
「俺に内緒でデート?」
「だとしても、クロ先輩に言う必要ないでしょう」
「ひっどーい。黒尾センパイ傷付いたぁ」
「そんな嘘には騙されませんよ」


嘘じゃねぇよ。ちょっとは傷付いた。…とは、言わなかった。この期に及んで、くだらないプライドが邪魔をする。久し振りに会えて嬉しいということも、私服姿を見ることができてラッキーだと思っていることも、何ひとつ伝えられやしない。つーか、誰とどこに行くんだよ。気になっていることも、きくことはできなくて。クロ先輩には関係ない。そう言われるのが怖かったなんて、馬鹿馬鹿しい。


「アイス、選ばないんですか?」
「そっちこそ。何か買うんじゃないんですか?」
「…クロ先輩、怒ってます?」
「いーや?」


怒ってはいない。ただ面白くないだけで。こんなの餓鬼みたいだって分かってる。どれだけ余裕ぶったって、結局はボロが出るのだ。夏休み前のいい雰囲気はどこへやら。今の俺達の空気は重苦しい。


「ちょっとだけ…がっかり、してます」
「は?なんで?俺に?」
「こんなこと言うつもりなかったんですけど、」


名前ちゃんは少し言い淀んだ後、チラリと俺を見上げて。


「先輩から連絡くるんじゃないかなって、期待してました」
「…マジで?」
「分かってます。高校最後の夏ですもんね。忙しいの、知ってます。山本からききました。すごく頑張ってるって。だから私からは連絡しない方が良いよなって思って。クロ先輩なら時間がある時にきっとメッセージくれると思って…ちょっとだけ、待ってた、から、」


捲し立てるように言った名前ちゃんは、最後に、勝手にこんなこと思ってごめんなさい、と謝った。何も謝る必要なんてない。むしろ、今の言葉達で俺の気分は随分と高揚している。なにこれ、脈あり?作戦成功?俯く名前ちゃんの後頭部を見下ろしながら、緩んだ口元が隠せない。コンビニのアイスコーナーの前で、俺達何やってんだ。


「どっか行く前に、ちょっと時間ない?」
「…あります」
「アイス食うの付き合って」
「良いですよ」


嬉しそうに笑った名前ちゃんを見て、ああ好きだなあと思った。ひどく純粋に。俺らしくなく。この子と一緒にいたら自分も浄化されるような気がして。近付きたい。けれど、汚したくない。でも、自分のものにしたい。俺は、我儘だった。
付き合ってくれるお礼にと、俺と、名前ちゃんの分のアイスを買う。コンビニを出るなりむわりとした空気に襲われて、早くクーラーのついた部屋に帰りたいと思うのが普通のはずなのに、今はそうは思わない。コンビニ前の駐車場のブロックに腰かけて、2人並んで棒アイスを堪能する。アンバランスな格好のまま並ぶ俺達を、コンビニを出入りするお客さんが物珍しそうに見てくるのが少し気に障るけれど、そこは気付かないフリを貫き通すことにした。
隣に座る名前ちゃんは、それはそれは美味しそうに棒アイスを舐めていて、まあなんというか、よからぬことを考えてしまう。なんで棒アイスにしたんだ。いや、逆にラッキーだったか?男ってのは煩悩が多すぎてダメだ。舐めて、口の中に頬張って、また舐めて。やべぇ。すっげー目の毒。いや、目の保養。
俺の視線に気付いたのか、不思議そうにこちらへ視線を向けた名前ちゃんに、溶けるから食って、と促す。俺はあっと言う間に食べきってしまったから手には棒しか残っていない。名前ちゃんが食べ終えるのをしっかり拝ませてもらった後で、そういえば名前ちゃんには出かける用事があったのではないかと思い出した。


「また連絡するわ」
「無理にしてくれなくていいんですよ」
「俺がしたいからすんの」
「それなら、待ってます」
「つーか。今からどこ行くの?」


ずっと気になっていたこと。正確には、誰と、どこに行くのか。ブロックから立ち上がり、いまだに座ったままの名前ちゃんへ視線を落とせば、不自然に目を逸らされて首を傾げる。ん?そんなに答えにくいところにでも行くわけ?黒尾サン、益々気になるんですけど。


「山本に、」
「は?山本とどっか行くの?」
「ち、違います!山本に、今日部活休みだってきいて、それで…」
「……それで?」
「クロ先輩、どうしてるかなって思って、」
「へぇ…?」
「なんとなくここまで来ただけで、まさか会えるとは思ってなかったんですけど」
「俺に会いたかったんだ?」
「ちが…わ、ない…です…」
「ん。素直でよろしい」


きっとこの暑さのせいじゃなくて、別の意味で顔を赤く染めていく名前ちゃんの頭をゆるりと撫でる。俺も、会いたかった。するりと出てきた言葉は、どんな愛の言葉よりも甘ったるく感じた。俺はこんな声が出せたのかと、自分でも驚くほど。


「どっか行く?」
「え、いや、いいです」
「なんで」
「もう十分なので」
「俺はまだ十分じゃない」
「それは知りません」
「せっかく可愛い格好してきてんのに勿体ねぇじゃん」
「か…っ、別に、普通です」


俺は絶賛片想い中のはずで。それなのにこれはどういうことなのか。俺の連絡を待ってくれていて、俺に会いたくてここまで来て、確かに会えたのは偶然だけれど、それまでの経緯は俺への気持ちが良い方向に傾いていると思っても良いのではないだろうか。
そう思うくせに、俺のこと好きなの?と確認できるだけの勇気がない俺は、宙ぶらりんな関係のまま灼熱の太陽の下で押し問答を続ける。別にどこにも行かなくていいから、このままもう少し、終着点のない会話を続けようか。


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