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意志の上にも散念

その日の夜、ただでさえ上機嫌だった俺のもとに、なんと名前ちゃんから連絡が来て、俺のテンションは上がる一方だった。奥手というか、そういうことに免疫のない名前ちゃんのことだ、暫くは不自然なまでに避けられても仕方ないと思っていただけに、嬉しさは何倍にも膨れ上がる。しかもその内容が内容だったので、俺は自室で1人、ニヤついてしまった。気持ち悪いという自覚はある。


“クロ先輩のプロフィール教えてください。”
“は?なんで?”
“よく考えたら私クロ先輩のこと何も知らないので基礎情報がほしいんです。”


クソ真面目にもほどがあるだろ、とは思ったけれど、それだけ真剣に俺のことを考えてくれているという事実が嬉しくて、俺は尋ねられた質問に対し、包み隠さず返事をした。時折、名前ちゃんは?と質問し返すことでさりげなく名前ちゃんの情報を聞き出しつつ、他愛ないやり取りを続けること小1時間。
よく考えてみたら、こんなにも長い時間をかけて女の子とやり取りしたのは初めてだ。いつもは大抵、俺の方から返事をしなくなってしまうから。
体重とスリーサイズについては華麗にスルーされたものの(最初から本気で答えてくれるとは思ってなかったし軽い冗談だ)、その他のことについてはきっちり答えてくれた名前ちゃん。最後にひとつだけ聞いても良いですか?というメッセージに、もう最後かーなんて名残惜しく思ってしまうなんて、俺は病気かよ。


“また練習見に行っても良いですか?”
“俺は毎日でも大歓迎ですけど。”
“わかりました…おやすみなさい。”


丁寧な挨拶があって、やり取りはそこで終わった。まあ、そうは言ってもなかなか来てくれねぇだろうな…と思っていたのに。まさかそのやり取りをした翌日である今日、名前ちゃんが部活を見にきてくれるとは。一体どういう風の吹きまわしだろうか。いや、嬉しいけど。


「その様子だとうまくいったの?」
「ん?まだ保留」
「なにそれ」


研磨に呆れられたけれど、緩んだ表情は隠しきれない。チラリと2階へ視線を送れば、そこには間違いなく名前ちゃんの姿。バッチリと目が合った直後、慌てて逸らされた。やべ、可愛い。
名前ちゃんのことを好きになってからというもの、俺は良い意味で性格が変わったんじゃないかと思う。女に対して、可愛いと思ったことなどなかった。そりゃあ、美人だったりスタイルが良かったりすれば惹かれるものはあるけれど、そこに好意ってものは存在していなかったのだ。それが、名前ちゃんに対しては今まで抱いたことのない感情が生まれている。これが本当の恋ってやつなのだろうか。…なんて、似合わねぇな。


「早速来てくれたんだ?」
「…悪いですか」
「いや、嬉しいなと思って?」


部活が終わって、すぐさま名前ちゃんの元に言って声をかける。振り返ってみれば名前ちゃんの前ではだらしない表情しか見せていない気がするけれど、俺は元々、こんなに感情を表に出す性格ではない。


「見に来てくれた日は送るわ」
「え…、でも家が同じ方向の山本がいますし」
「山本は彼氏ってわけじゃねーだろ?」
「…クロ先輩も彼氏じゃないですよ」


痛いところを突いてくる。 が、名前ちゃんに悪気がないことは分かっている。事実は事実だし、反論もできないけれど。


「そうだけどさ。惚れた女の子と少しでも一緒にいたい男心ってのも分かってくれます?」
「な…っ、またからかって…!」
「ホントのことなのに。…つーか、」


いちいちウブな反応を見せてくれる名前ちゃん。今だって照れているからか顔は真っ赤になっているし、なんつーかマジで…


「顔真っ赤。可愛い」
「だから!からかわないでください!」


先ほどから本当のことを言っているだけなのに心外だ。しかも名前ちゃんときたら、遠くの方にいる山本の方へ走って行くではないか。嫉妬させようとか、そういう魂胆はないのだろうけれど、結果的に俺は簡単に嫉妬心でいっぱいになっている。
嫉妬という感情も生まれて初めて抱いた。相手に執着することがなかったから当たり前だけれど、今回はどうも初めてのことが多すぎて困ってしまう。
恐らく名前ちゃんが練習を見にきていることにすら気づいていなかった山本は、突然の名前ちゃんの出現にアタフタしている。きっとなんでここにいるのかなんて、何も分かってねぇんだろうなぁ。


「名前ちゃん、着替えるまで待っててくんない?」
「え。クロさん、なんでコイツがここに…え?」
「おら山本、行くぞ」


やはり何も状況を把握できていない山本を引き摺って部室に向かう。名前ちゃんはなんだかんだで1人で帰るなんてことはしそうにないから、さっさと着替えて送り届けなければならない。
部室に入り、いつもよりスピーディーに着替えをする俺に、山本はますます不思議そうな顔をしている。どんだけ鈍感なんだよ。察しろ。


「名前ちゃんは俺が送るから、お前は1人で帰れよ」
「え…?あの、もしかしてクロさん…」
「山本ー帰るぞー」


空気を読んでくれたのか、見兼ねた夜久がほぼ強制的に山本を連れ出してくれたおかげで、俺はスムーズに鍵を閉めることに成功した。どうやら夜久は、なんだかんだで俺に協力してくれるつもりらしい。今度、野菜炒め定食でも奢ってやろう。


「待たせてごめんな。帰ろ」
「あ、はい…」


俺はきちんと部室前で待ってくれていた名前ちゃんの元に駆け寄り、帰路に着いた。半歩後ろを付いてくる名前ちゃんの歩調を合わせて、できるだけゆっくり歩くように心がける。
ちゃんと遅くなるって家の人に連絡してんの?という俺の質問には、はい、と返事があったけれど、それからはお互いに何となく押し黙ってしまい無言の時間が続く。無駄に喋るのは嫌いだけれど、このまま最後まで無言続きというのは些か寂しすぎやしないだろうか。そう思っていると、あの、と。控えめな声が聞こえて顔をそちらの方に向けた。


「あの、きいてもいいですか」
「いーけど。昨日から質問ばっかだな」
「駄目ですか?」
「いーえ。どーぞ」


昨晩のやり取りの時と同様、どうにも緩んでしまう口元を隠すべく前を向く。どんな質問でもいい。俺のことを知ろうとしてくれているなら、何でも。


「クロ先輩は、どうして私のこと…その……好き、に、なってくれたんですか?」


どうして。どうして?改めてきかれるとどうしてだろう。振り返ってみても、いつどのタイミングで好きになったのかはよく分からない。最初は、今までに出会ったことのないタイプで面白いかなと思ったぐらいだったような気がするけれど、いつの間にか…本当にいつの間にか、好きという感情を抱いていた。
そういえば最初から可愛いなとは思っていたかもしれない。綺麗な顔立ちなのに笑顔を見せると可愛くなるところとか、元々結構ツボではあった。ん?結局、どうして、だ?


「分かんねーわ」
「は?」
「可愛かったからじゃね?」
「…私より可愛い子なんて他にも沢山いると思いますけど」
「それもそうなんだよなぁ…」


そっちから告白してきたくせに、と思われても仕方ない呟きを漏らしてしまったことには後から罪悪感が募ったけれど、名前ちゃんの言う通り、可愛い子ってのは他にいくらでもいる。それでも名前ちゃんに惹かれた理由があるはずなのだけれど、今はそれが何なのか、はっきりと答えられない。


「理由は分かんねぇけど、好きになっちまったもんは仕方ないじゃん?」
「…本当に本気なんですか?」
「本気。それだけは信じて。マジで」
「分かり、ました」


わざわざ足を止めて名前ちゃんの瞳を見つめながら言った甲斐があったのだろうか。すぐに視線は逸らされてしまったけれど、俺の気持ちはしっかりと伝わったようなのでとりあえず良しとしよう。
さて、あともう少しで名前ちゃんとはお別れだ。名残惜しくはあるけれど、これ以上遅くなったら名前ちゃんの家族に心配をかけてしまう。止めていた足を再び進め始めたところで、またもや、あの、というか細い声。今度は顔を向けることなく、どした?と言葉のみで返事をする。


「バレーしてる時のクロ先輩はカッコいいと思いました」
「……ん?」
「クロ先輩のこと、これからもっと知れたらいいなと思ってます」
「…そりゃどーも」


嬉して堪らないくせにカッコ付けてスカした言葉しか返せない俺は、心底カッコ悪い。今名前ちゃんはどんな顔をしているのだろう。見たい、けど、見たくない。らしくなく、心が乱されるのが分かっているから。
それでも欲求に打ち勝てなかった俺は、横目で名前ちゃんの様子を窺ってしまい。ああ、やっぱり見るんじゃなかったと後悔した。そんな照れた顔すんなよ。手ェ出したくなっちまうだろ。
勿論、今ここで手を出したりはしない。今までの女とは違うから。今までの俺からは考えられないぐらい、ひどく健全で真面目なアプローチ。こんな状態がいつまで続くのか、考えるとゾッとするけれど。いつかはその無垢な肌に触れてみたいと邪なことを思ってしまうことぐらいは、どうか許してほしい。


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