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恋踏み

この場合、当たり前と言うべきなのだろうか。翌日の朝練も調子が出ず、俺はボロボロだった。研磨には冷ややかな視線を送られるし、夜久にはネチネチ文句を言われるし、あの優しい海にすら溜息を吐かれてしまった。その上、後輩の山本やリエーフにまで心配されたとあっては、主将としての面目は丸潰れだ。部活だけでなく、授業にも集中できない始末で、これはいよいよヤバすぎる。
しかし、いくら調子が悪くても部活を休むという選択肢はない。放課後、いつもなら一緒に行く夜久は日直ということで置いてきたので、俺は1人、重たい足取りで部室に向かった。着替えを終えて、どうやったら名前ちゃんのことを思い出さずバレーに集中できるかと考えつつ体育館に向かっていると、体育館前に見覚えのある人物が立っていて目を疑う。
見間違いかと思い何度か目を瞬かせたけれど、間違いない。その人物は紛れもなく名前ちゃんで。俺は柄にもなく、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。ゆっくり近付くと、地面に向けられていた視線を上げた名前ちゃんも俺の存在に気付いたようで、おずおずと頭を下げてくる。何があっても礼儀だけは弁えている名前ちゃん。そういうところが、結構クるんだよなあ。
しかし、一体どうしたと言うのだろう。部活もしていない名前ちゃんが体育館に来る用事なんて思い当たらない。俺は昨日の電話でのやり取りを思い出しながら、妙に煩い心臓に気付かれぬよう何食わぬ顔で声をかけた。


「よー、どうした?山本にでも用事?」
「違います」
「ん?じゃあ研磨?」
「クロ先輩に、会いに来ました」
「…は」


ぶっちゃけ、全く期待していなかったわけではない。もしかしたら俺に何か言いたいことがあって来たんじゃないかと、そうであったら良いのにと、秘かに思っていた。しかし、面と向かってはっきり俺に会いに来たと言われてしまうと、嬉しさよりも動揺が勝ってしまって。俺はマヌケ面で固まってしまう。


「昨日、直接会って話したいって言ったのはクロ先輩でしょう?」
「いや…まあそうだけど…」
「話、聞きに来ました。何ですか?」


真っ直ぐで素直。ド直球で尋ねてくるその瞳は本当に純粋そのもので、毒気を抜かれた。どんな理由であれ、俺に会いに来てくれたことは喜ばしいことだ。思わず緩みそうになる口元を手で覆って、無駄に咳払いをする。風邪ですか?なんてヌけたことをきいてくる名前ちゃんは、俺の心情になんてこれっぽっちも気付いていないのだろう。ホッとしたような、残念なような。複雑な気持ちを抱えたまま、俺は丸い瞳をちらりと見遣る。
…いやいや、今ここで言うのは違うだろ。そろそろ他のヤツも来ちまうし。


「部活終わるの待っててって言ったらどうする?」
「なんで今じゃダメなんですか」
「んー、まあこっちの事情で?」
「はあ…」


いまひとつ納得しきれていない様子の名前ちゃんではあったけれど、俺がもう一度、ダメ?と問うと、数秒悩んだ後で、仕方ないですね…と折れてくれた。


「どうせなら部活見ていけって。な?」
「え。いや、教室で待ってますよ」
「まあまあいいから」
「ちょ…クロ先輩…!」


俺は強引に、体育館の2階に名前ちゃんを追いやると、あとでな、と手を振った。ぶつぶつ言いながらも腰を下ろすあたり名前ちゃんは甘いよなあと思いつつ、俺は部活をするべく1階に戻る。
男とは単純な生き物で、俺はその日の部活で信じられないぐらい調子が良くて自分でも驚いた。名前ちゃんの前でカッコ悪いところは見せられないと意気込んでいたからだろう。朝の状況からあまりにも一変しすぎたせいか、今度は一体どうしたんだと逆に心配されてしまったけれど、研磨だけはちらりと2階に視線を送っていたので全ての状況を理解しているだろう。分かっていて、それを周りに言いふらさないのが研磨の良いところだ。俺の顔を見て溜息吐くのは余計だけどな!


◇ ◇ ◇



部活終わり、俺は急いで着替えを済ませると海に鍵当番を任せて正門に向かった。汗だくだから臭ぇかな、などと気にしてはみたものの、タオルで滴り落ちる汗を拭く以外の方法は何もないので、首からタオルをぶら下げたまま急ぐ。


「悪い、待たせた」
「いえ…お疲れ様でした」


全て俺の都合で待たせていたにもかかわらず、名前ちゃんはひとつも嫌な顔をせずにそう言った。無理やり練習まで見せたのに、それについて責めてくることもない。今更だけれど、本当に、絵に描いたような良い子だ。これが演技だったら恐ろしいけれど、名前ちゃんに限ってそんなことはないと思う。


「家まで送るわ」
「あの、話は…?」
「帰りながらで良い。遅くなりすぎたら家の人が心配するだろ」


俺がゆっくり歩き始めたのに倣って、名前ちゃんも歩き始める。山本の家の近所に住んでいるということは分かっているので、そちらの方面を目指す。足取りは、できるだけゆっくりと。
何からどう切り出そうか。話があるとは言ったが、話したいことが多すぎて頭の中は何ひとつ整理できていない。いつの間にか少し後ろを歩いていたはずの名前ちゃんが隣を歩いていて、沈黙に耐え兼ねたのか、話って何ですか、と。何度目になるか分からない質問を投げかけてきた。


「あー…まず先に言っとくけど、あれは彼女じゃねぇから」
「あれ、とは?」
「服返しに来てくれた時の、アレ」
「……でも、相手の方は別れるつもりないって言ってましたよ?」
「なんつーか…うーん…あー…」


あっちはその気でもこっちにその気はなかったんです。俺は遊んでただけなんで。っていうのが正直なところなのだが、それを言ったら名前ちゃんはどんな反応をするだろうか。既に幻滅されているとは思うが、更に好感度が下がるなんてことはあるんだろうか。
名前ちゃんに自分の気持ちを伝えようとしている以上、それまでの俺の犯してきたことを隠し続けるのは騙しているような気がするから。俺は内心びくびくしながらも、本当のことを全て打ち明けた。あの女以外にも身体の関係だけの相手が複数人いたこと、それが全て俺の意思によるものだったこと、そして今はそういう関係を全て断ち切ったということ。
話しながら時折ちらちらと隣に視線を送ってみたけれど、意外にも名前ちゃんの表情は変わらなくて、それが良い意味なのか悪い意味なのか、俺には全く分からなかった。まあほぼ確実に、俺への印象は悪くなっただろうけれど。


「もう遊ぶのはやめる」
「……その方が良いと思います」
「…好きなやつができたから」
「それは……良かった、ですね」


俺はそこで立ち止まった。名前ちゃんも、数歩歩いたところでつられて立ち止まり、俺の方へ振り返る。できるだけ真剣な表情で名前ちゃんを見つめる俺の瞳は、きちんと感情を伝えきれているだろうか。こんなに真面目な顔で恋愛事に向き合ったことはない。やべぇ。元々暑さのせいで滲んでいた汗が、今は別の意味で止まらない。けど、今言うって決めたんだろ、俺。


「好きなやつって、名前ちゃんなんだけど」
「……………はい?」


完全に予想外だったのだろう。かなり遅れてから反応してみせた名前ちゃんの顔は、少しマヌケだった。いや、まあそういう顔も可愛いけど。


「からかわないでください。私が誰ともお付き合いしたことないって知ってて、反応を楽しんでるんでしょう?」
「そりゃあ今までの俺の言動見てたらそう思われても仕方ねぇけど。残念ながらマジだから」


俺と名前ちゃんの時間だけが止まったみたいに、お互い微動だにしないまま沈黙が続く。
そうだ、そう簡単に信じてもらえるとは最初から思っていない。散々遊んできた俺の告白を、はいそうですかと素直に受け止めてもらえるはずがないのだ。
それでも、どうしても伝えたかった。こんなにも真剣に1人の女の子に心を奪われたのは、初めてのことだったから。自分でも恐ろしく戸惑ったのは、そのせいだろう。


「信じてもらえるまで何回だって言う。俺は名前ちゃんが好きだ」
「…そ、そんなこと、急に言われても…!」


少しは俺が本気だということが伝わったのだろうか。名前ちゃんはオロオロと狼狽え始めた。俺はこの機を逃すまいと畳み掛ける。


「驚かせて悪いとは思ってる。けど、本気だから直接会って言いたかった」
「…っ、」
「……話はそれだけ」


そう、返事は分かっている。だから今は言うだけで良い。自分勝手なのは分かっているけれど、俺は言いたいことだけ言って再び歩き始めた。
ゆっくりとした歩調で進み付いて来るのを待ってはみたけれど、背後に名前ちゃんの気配は感じられず。振り返ってみると、ぼーっと突っ立ったままピクリともしていなくて、さすがに心配になった。
そんなに衝撃受けることだったか?仮にも女子高生なんだから、色恋沙汰のひとつやふたつあってもおかしくないだろ…とは思ったけれど、相手はあの名前ちゃんだ。きっとキャパオーバーってやつなのだろう。
俺は仕方なく元来た道を戻ると、名前ちゃんの目の前で手を振りながら、おーい、と声をかけてみる。すると、俺とバッチリ目が合った名前ちゃんは漸くこちらの世界に戻ってきてくれたらしく、クロ先輩!と。それはそれは大きな声で俺を呼んだ。


「あの!え…と、私、まだ頭の中が整理できてないんですけど…」
「いや、いいから。俺が言いたかっただけだし」
「もしさっき言ってくれたことが本当なら…もう少し時間をくれませんか…?」
「へ?」


てっきり、この話は俺の一方通行で終わるものだとばかり思っていたし、当たって砕ける覚悟はできていた。それなのに、名前ちゃんは真剣に俺の気持ちを受け止めてくれたらしい。
律儀というかピュアというか。まあ俺としては非常に嬉しいわけで。思わず小さく笑いを零してしまった。


「考えてくれんの?」
「それは…その…本気なら……」
「そっか。ありがとな」


なぜか恥ずかしそうに俯く名前ちゃんの頭を、その場の雰囲気に任せてなんとなくポンと撫でてみる。すると、そういうことは軽々しくするべきじゃありません!という、なんともクソ真面目なことを言い残して走り去られてしまった。
あー…やべ。今更だけど、俺、結構名前ちゃんにハマってんだなあ。ダッシュで夜道を駆け抜ける名前ちゃんの後姿を眺めながら、俺は再び口元を緩めた。


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