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カラカラ空回り

その日の部活はどうにも調子が悪かった。何があろうと今までバレーに支障をきたすようなことはなかっただけに、自分でも動揺が隠せない。ブロックは中途半端だしレシーブも上手く返らないし、これで全国制覇を狙うだなんて夢物語だ。


「黒尾が調子悪いの珍しいな」
「うるせーよ…」
「昼休憩の別れ話が原因だったりして?」


そんなはずがないと分かって茶化してきた夜久の言葉に、俺は口籠る。別れ話自体は何も引き摺ることなんてないし、むしろ関係を終わらせることができて清々している(正確には終わらせられたのかは不明だが)。問題はその後で、俺の頭を過るのは名前ちゃんの蔑んだような瞳だけ。


「ある意味そうかもな」
「は?まじで言ってんの?あの黒尾が?」


夜久は俺の予想外の返答に相当驚愕したようで、持っていたタオルをはらりと床に落とした。まあそうなるよな。俺、女に振り回されたことねぇし。自分が一番驚いてるっつーの。
そんな俺達の元にやって来た研磨は、俺に鋭い眼差しを送って来た。あ、やべ。これは割と怒ってるな。


「クロ、名字さんと何かあったんでしょ」
「あー…まあ…」
「名字さんと同じクラスだから昼休憩の後から様子がおかしいのは知ってる。隠しても無駄」
「ちょっと、な」


どうやら俺のクラスを名前ちゃんに教えたのは研磨のようで、シャツを返しに行きたいから教えてほしいと頼まれたそうだ。律儀というか、そんなの研磨に押し付けて返してくれても良かったのに、わざわざ俺に直接会って返そうという心意気には感心する。俺としては嬉しいことだが、結果的にその行為によって、今はとんでもなく厄介な事態に陥ってしまっているから困ったものだ。
詳しいことは言わないまでも、研磨も夜久も俺と名前ちゃんの間でよからぬことがあったということは分かったのだろう。それ以上深くは追求されなかったけれど、代わりに研磨の鋭い言葉が俺を襲う。


「キャプテンがチームの足引っ張ってどうするの」
「おい…それはさすがに言いすぎじゃ…」
「いや、研磨の言う通りだ。悪かった」


慌てる夜久を宥めて、俺は練習を再開させた。研磨の言うことは間違っちゃいない。いちいち色恋沙汰でコンディションを崩しているようではチームのキャプテンなんか務まらないということは百も承知だ。それでも、気にしないように意識すればするほど名前ちゃんの表情が脳内を支配するのだからどうしようもなく、結局その日の部活は乗り切れないまま終わってしまった。
帰り道、研磨と自宅までゆっくり歩きながら手元にはスマホ。この状況を打開するには名前ちゃんと話すしかない。だから先ほどから何度も名前ちゃんの連絡先を呼び出してはいるのだが、いや待て、何って話せばいいんだと、情けなくも尻込みしている自分がいる。くっそ、女々しいな。
俺が電話をかけようとしては止め、かけようとしては止めという行為を繰り返しながら自分に苛立っていると、ゲームをしながら隣を歩いていた研磨が大きく溜息を吐いた。


「名字さんのこと、好きなんでしょ」
「………ああ」
「本気?」
「…たぶん?」
「それ、名字さんに直接伝えたの?」
「伝えられるわけねぇだろ」


俺の返事に、またもや嘆息する研磨。


「なんで言わないの?クロらしくないね」
「そりゃ…研磨だって言ってたじゃねぇか。本気なら先にやることあるだろって。だから今、色々清算してる最中なワケ」
「それ、いつ終わるの?それまでずっと今日みたいな練習するつもり?」


今日の研磨はいつも以上にグサグサと突き刺さる発言をしてくれる。相当腹の虫の居所が悪いのか、俺のあまりにも中途半端な状況に苛ついているからなのか。恐らく後者だろうが、俺にもいつ終わるのかなんて分からないのだからどうしようもない。


「今までとは違うんじゃない?」
「違うって…何が?」
「待ってたら相手が来てくれてた今までとは、たぶん違うんじゃない?」


研磨は人のことをよく見ている。だからその言葉には信憑性があって納得できた。


「クロが悩んだり苦しんだりするのは勝手だし、名字さんとどうなろうと俺には関係ないけど、バレーのことでみんなに迷惑かけるのは違うと思うよ」
「…分かってる」
「それなら良いけど。俺、先に帰るね」


言いたいことだけ言って颯爽と帰って行った研磨の後姿をぼんやりと見送って、俺は今一度スマホに視線を落とす。何も言い返せないのは、研磨の言ったことは全て的を得ているからだ。なんとも手厳しいが、そういうやつが傍にいて良かったとも思う。
俺は不本意ながらも研磨に背中を押される形で名前ちゃんの電話番号を呼び出した。通話ボタンを押すと無機質なコール音が続く。そもそも俺からの電話に出てくれるかどうかも分からないが、ダメ元で待ち続けるより他、俺に選択肢はない。
留守電に繋がることもなければ出てくれることもなく数十秒が経過し、さすがにもう諦めるべきかと電話を切ろうとしたところで、プツ、とコール音が途切れて、もしもし?という控えめな名前ちゃんの声が聞こえた。離しかけていたスマホを慌てて耳に押し当て、もしもし?と返事をする。電話でこんなに緊張するのは初めてだ。


「なんですか…?」
「あ、いや、話したいことがあって」
「…話したいこと?」
「今家?」
「そうですけど」
「ちょっと出て来るとか無理?」


どうしても直接会って話がしたかった。だからつい、無理を承知でお願いしてしまったのだが、それによって名前ちゃんはなんとなく警戒心を強めてしまったようで、なんでですか…?と訝しげな反応が返ってきた。


「直接会って話してぇなって思って?」


素直にそう伝えてみれば、訪れたのは沈黙。悩んでいるのか、それとも昼間の一件があってのコレだから引かれているのか。どちらにせよ、この沈黙は非常に心臓に悪い。俺にとって長すぎる沈黙を終え、次に名前ちゃんが口を開いた時の第一声は、無理です、だった。いやまあ、そんな気はしてましたけどね。


「もうお風呂入っちゃったので…」
「風呂入ってなかったら来てくれてた?」
「え、それは…、」


え、とか、あ、とか、明らかに返答に困っていることが電話越しにも伝わって、思わず苦笑してしまう。そうだよなあ。名前ちゃんにとっての俺のポジションなんて、そんなもんだよなあ。自分で尋ねておきながら勝手にヘコんだりして、俺は本当にどうかしている。


「悪い、今の忘れて」
「…話なら今聞きますよ」
「いや…いい」
「そう、ですか」


俺が言おうとしていることは電話で伝えるべきじゃない。それだけははっきりしていたので、俺は名前ちゃんの申し出をやんわりと断る。少しばかり声のトーンが下がった名前ちゃんの返事と、再び訪れてしまった沈黙。


「じゃあ、切りますね」
「急に電話して悪かった」
「…いえ」
「じゃあ、」


おやすみ、と伝える前にぷつりと切れた電話。俺はその場にしゃがみ込んで項垂れた。電話はできたものの、結局現状は何も変わっていない。むしろ後退したようにすら感じる。


「どうしたもんかなぁ…」


俺の情けない呟きは夜の暗闇の中に吸い込まれて溶けていった。


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