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ep.06[Liar]

 仕事終わりの深夜、エリスはアンリを呼びつけておきながら誰かと電話をしているようだった。盗み聞きするつもりはなかったが、断片的に聞こえてくる単語をつなげてみれば、イノセンスの動向について話しているようだった。
 しかしながらここは東地方。北地方を拠点とするイノセンスのことをどうしてエリスが話しているのかと思ったが、多局や他地方との業務連絡も大いにあり得るので、また他人の電話内容にまでとやかく言うのは無神経だと思う常識くらいは持ち合わせているつもりなので、あえて気には留めなかった。

「すみません、お待たせしました」

 少しして戻ってきたエリスに何の用だと問いかける。

「そうですね……政府が──研究棟が人体実験をしているという話は本当ですか?」

 アンリは少々顔をこわばらせつつも、あくまで平静を装っていた。研究の事は、機密事項になっているはずだ。

「どうしてそんなことを?」
「風の噂で聞いたんですよ」
「でたらめを言うな。そんな不確かな噂をわざわざ聞くために呼び出したわけではないだろう」

 エリスはやれやれといったふうに肩をすくめてみせる。

「茶番は時間の無駄ですね……正直に話しましょう。研究棟に友人がいるんですよ」
「その友人から聞いたのか」
「クロード・エメットは知っていますか?」
「ああ……嫌というほど……それよりエリス、あれと友達なら実験に協力はしないって断ってくれないか!」

 まあ待って下さいよ、と話の腰を折られたエリスは牽制する。

「こんなところで話すのもなんですから」
 と言って外へ出るよう促した。
「どこへ行くんだ?」
「近くに借りてる部屋があるんです」
 そこなら万に一つでも他人に聞かれる心配はない、と耳打ちをした。アンリは黙って頷き、エリスの後をついて行った。

「本当に大丈夫なのか?」
 アンリは不安そうに尋ねる。何やら隠し事をしているような様子のエリスに誘われ、冬の夜の繁華街へと出ていた。もう日付が変わる頃だというのに、行き場をなくした少女たちや酔っ払った男たち、大勢で集まって馬鹿騒ぎをする若者たちなどがたむろしていて治安が悪い。ことにアンリは子供のころから人というものが苦手で、狭い道で肩がぶつかるたびに青ざめて縮こまっていた。

「大丈夫ですよ。私が今嘘をつく理由がありますか?」
「いいや」

 時々エリスはアンリの様子を見て「寒いですか?」と声をかけるが、アンリはただ小さく「いいや」と答えるだけだった。
 繁華街から少し外れて曲がった坂道をのぼる。その途中にある「close」の掛けられたお店の前で立ち止まった。エリスはどこからか鍵を取り出して、扉を開けて中へ入る。

「どうぞ入って、外は寒いでしょう?」

 エリスに呼ばれて恐る恐る中に入る。電気の消えた店の奥からエリスと同じアッシュブラウンの髪の少女が出てきて、エリスの姿を認めると駆け寄った。

「もう遅いよ!」
「ごめん、仕事が長引いちゃって」
「そちらはだあれ?」

 少女は小首をかしげてにこにことアンリを見る。
 アンリがしゃべろうとするのをさえぎって「彼はイル。僕の友人だよ」と偽りの紹介をする。アンリは何か言いたげにエリスに怪訝な視線を向けたが、少女はアンリを穴が開くほどじっと見つめると、何も言わずに手を差し伸べた。


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