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ep.06[Liar]

「ほら、握手。友好の証」

 アンリが少女の手を取り渋っていると、堪りかねた少女はアンリの手をとった。

「イル、よろしく!……って、どうしたの?」

 ふと思い出したくない男の顔が脳裏によぎり、体を硬直させ青ざめる。温かい手、優しい言葉を投げかける大人、年上の男の淫猥な手つき。十年以上経っても、いま手を握っている相手が年下の女性だと分かっていても、未だに他人に触れられることが気持ち悪くて仕方がない。
 明らかにアンリの様子がおかしいのを見たエリスは、大丈夫ですかとアンリを落ち着かせようと肩に手を置いた。

「さっ……わるな!!!」

 叫んで我に返った様子のアンリは息を荒げながらコートの襟を整えて一歩下がる。年甲斐もなく取り乱してしまったことを恥じるとともに、事情を知らない少女とエリスへの申し訳なさから自然と目線が足元に移る。

「すまない、すこしトラウマがあって、触られるのは苦手なんだ……」
「えっと……イルさん、ごめんなさい……私何も知らないで……」

 自分が取り乱したことによって場の空気を悪くしたのは事実だろう、とアンリは少しの沈黙に申し訳ないと小さくこぼした。それからはっと気づいたように目線を上げ少女の顔を見据えて「君の名前を聞いていなかった」と問いかける。

「え、えっと、私はリト。リト・キャンベル」

 突然話をふられた少女は少々言葉につまりながら自身の名を名乗った。

「キャンベルの姓…というとエリスの──」

「私の娘です」

 顔立ちはあまり似ていないが、親子と言われて納得はできる。

「こんなところじゃ寒いでしょう、奥で本題に入りましょう」

 ガラス張りの扉と天井近くの細い窓からしか外の光が入らない薄暗い店舗スペースをぬけて、レジカウンターのその奥の、住居スペースらしきところへと通される。昼間は雑貨屋として使われているのか、壁の棚に可愛らしい小物やアクセサリーが置かれているのが目についた。
 部屋に入ると暖房が効いていて、凍るように冷えていた頬と指先が徐々に感覚を取り戻す。奥に行ったエリスが5人分のカップとティーポットを持って戻ってくる。その横で大きくあくびをする男に、アンリは見覚えがあった。

「クロード……」
「あれ、……イルくんじゃないかい」

 エリスがどうしてここまで口裏合わせて偽名を使わせようとするのかはアンリには分からない。ただこの場にいる全員が何かを隠してよそよそしくしていた。まるでアンリを試しているかのように、顔色をうかがい、言葉を選ぶ。

「エリス、君さあ、五個もコップ出してどうすんの?今日ハンナさん居ないって言ったじゃん」
「ああ、そうだった!」

 クロードに指摘されたエリスは苦笑いでコップを一つ戻しに行く。完全にアウェイなアンリは借りてきた猫のように大人しくしている。手持無沙汰になったクロードはまたひとつあくびをして、アンリの傍へ寄った。

「えーっと、イルくん」
「俺は実験には協力しないぞ」
「うーんその話じゃないんだな」

 クロードは肩をすくめて「もっと大事な話」と付け加える。アンリがますます怪訝な表情で小首をかしげるのをみて、クロードはくくっと笑った。やっと戻ってきたエリスは四人分のカップに温かいお茶を注ぐ。

「じゃあ本題に入ろうか」

 席に着いてそう呟いたエリスの声はいつもよりワントーン低く、表情も心なしか険しいように見える。
 見える、だけかもしれない。彼の事を何も知らなかったのかもしれない。
 まず最初に──とクロードの方を見やる。目線を受け取ったクロードは正面に座るアンリの目をみて話し始めた。

「単刀直入に訊こう。君は今の皇族政府をどう評価する?」

 彼の眼は真剣そのもので、からかっているわけでも、ただの世間話をするような気軽さもない。空色の瞳がじっとアンリを捉える。
 彼は自分を試しているのか?それとも自分の本心を引き出そうとしているのか?
 最適解を見つけ出す思考回路の片隅で、アンリは一つの可能性を見つけていた。


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