低軌道ステーション真柱
人格連の軌道エレベーターで、アレルヤとディーアは宇宙へ向かった。二人のガンダムは、ティエリアの時と同様に紛れ込ませた。
アレルヤとディーアは用意されたリニアトレインの個室で寛いでいた。四席ある個室の中で、二人は向かい合わせに座り、食事をとったところで再度落ち着く。
「お食事はお済になられましたか?」
食事を終えたのを見計らって、アテンダントが個室へ入ってくる。
アレルヤは窓に向けていた目線をアテンダントへ向け、愛想の良い笑顔で「ええ」と答えた。ディーアは目もくれず、黙々と窓を眺めていた。
「食後のお飲み物をお持ちしましょうか?」
「コーヒーを」
「そちらの方はどうなさいますか?」
アテンダントはアレルヤの前に座るディーアに笑顔を向けて丁寧に尋ねた。
ディーアは窓の向こうを眺めていた瞳をちらりと逸らし、アテンダントを見る。しかし、口を開く様子はない。
ディーアは他人と会話をしたがらない。ソレスタルビーイングのメンバーでない赤の他人であればなおさらだ。それをよく知っていたアレルヤは、答えないことを予測して代わりに口を開く。
「彼女にはミルクティーを」
「かしこまりました」
アテンダントは、タイミングよくアレルヤが答えたことで、口を開かないディーアを気にすることは無かった。
笑顔を向けるアテンダントは、済ませた食事の残骸を片付けながら「旅行ですか?」と世間話を始める。
「好きなんですよ。上から地球を見るのが」
「その気持ちわかります。地上はごたごたしていますから、ソレスタルビーイングなんて組織まで出てくるし」
「……ホント、嫌だよね」
アテンダントの言葉に、アレルヤはそう言って苦笑をした。
ディーアはその様子を、窓の反射で伺った。
「まもなく到着しますので、それまで彼女さんとごゆっくりお待ちください」
「え」
アレルヤは短く声をあげ、ほんのり頬を赤らめた。
アテンダントはそのままニコリと笑顔を向けたまま、個室を後にした。
男女で旅行という事で、アテンダントは恋人同士だと勘違いをしたのだろう。ディーアの見目は15歳辺りだが、落ち着いた様子や大人びた容姿からもう少し年上にも見える。容姿の相違点から兄妹である予想は排除されたとみえる。
「ディーア……あの……えっと……ごめん……」
薄く頬を赤らめたアレルヤは恥ずかしそうにし、ダークグレーの瞳をゆらゆら揺らした。そして、そう言葉を零して恐縮する。だが、謝られた当の本人は目を丸くしていた。
「――? なにを謝っているの?」
「え? えっと……」
一体なにに対して? 意味の分からない。
そう意味も分からず目を丸くしてアレルヤを見つめるディーアに、アレルヤは声をひっくり返して驚きの声をあげる。頬はまだほんのりと熱かった。
「それは……」
気にしてない?
ディーアの様子を伺うようにそっとディーアに視線を送る。ディーアは小さく首を傾げ、不思議そうな顔をしたまま自分を見つめていた。本当に、気にしていないらしい。
良かったと思う反面、少し残念だと思う自分に苦笑を送りながら「何でもないよ」とアレルヤは一息ついた。
ディーアは興味がないらしく、「そう。なら、良いけど」と追求することは無かった。
「――よかったね」
ふと、ディーアが呟いた。
言葉からして、自分に向けられたものであるとアレルヤは理解する。
ディーアは窓を眺めながら、窓に反射して映るアレルヤを横目に続ける。
「新型機の監視で。破壊の可能性はあるけど、戦わなくて」
だからよかったね、とディーアは言った。
アレルヤが争いを好まず、任務であっても人を傷つける行為を嫌うことは知っていた。麻薬畑を焼き払った際に零してしまった言葉の一件もある。だからディーアはそう言った。
アレルヤはクスリと笑む。
少なくともディーアは自分を気遣ったのだろう。自分が不器用であることは分かっているが、ディーアも不器用なほうだ。こういった、少しわかりづらい気遣いを以前にも度々だれたことをアレルヤは覚えていた。
「そうだね。君を戦場に行かせなくてよかった」
「私は別に。計画が遂行できれば、それでいいから」
「ディーア…………」
素っ気なく事実を返せば、アレルヤは悲しそうに眉尻をさげた。
ディーアは窓からアレルヤに視線を変え、呆れたようにアレルヤを見た。
「まだ反対してるの? 私が戦うの」
「賛成なんてできないよ。君はまだ子供で、女の子なのに……」
「子供で女の子がダメなら、フェルトだって。あの子の方がまだ幼いわ」
「でも、モビルスーツに乗って戦場で戦ってるわけじゃない」
戦場で戦っているのは君だけだ。そう告げるアレルヤに、ディーアはムッとする。
前からアレルヤはそうだった。頑なに、アレルヤはディーアに戦闘させたがらない。個人の秘匿義務もあり事情もあることから強く言うことは無かったが、それでも良い顔をしなかった。
そのたび、ディーアを苛立たせる。
「……何度も話してるでしょ。私は普通の女の子でも子供でもないのよ」
「うん」
「私がマイスターになるのは、決定事項なの。必然的なの」
「うん。それでも、僕は君に戦ってほしくないから」
ディーアは目を細めてアレルヤを睨みつけるようにして見つめた。
アレルヤはそれに、困ったように笑うだけ。
未だに、アレルヤは自分が戦うことを認めてくれない。シュミレーションで圧倒的な力を見せても、既に戦場を二度は潜り抜けている事実を目にしても。
「ごめんね、ディーア」
アレルヤはそう言って悲しそうに微笑んだ。