ミッション放棄
リニアトレインが目的地に着くと、アレルヤとディーアは少ない手荷物を持って個室を出た。多くの人に紛れて二人はゲートに向かった。
ゲートを通り抜けたときだった。突然、頭にツキンと痛みが走る。
「なに……?」突然の不快な頭痛に、頭をおさえた直後――アレルヤが鞄を床に落とし、苦しそうに頭を押さえて膝を着いた。
「……!? な、何だ? あ、頭が……!」
「アレルヤ!?」
背後にいたアレルヤにすぐさま駆け寄る。
苦痛でアレルヤの表情が歪む。
「うう、くっ……! な、何なんだこの頭痛は? う、う、うあああっ!」
「アレルヤ? アレルヤ!」
苦しげに声をあげて蹲る。
「(一体なにが……っ!?)」
いや、問うまでもない。自分とアレルヤに共通してあるものなど、一つしかない。だが何故、ここまで彼は苦しむ。それほど介入されているということなのか。
アレルヤの苦しみように、さすがのディーアも焦っていた。
蹲るアレルヤを目の前に思考を巡らせていた、その時だった。
「くそ! どこのどいつだ! 勝手に俺の中に入ってくるのは!」
突然変わった。
ゴールドの瞳を釣り上げて、彼は立ち上がった。片手で額を押さえながら、苦しげに視線を彷徨わせる。
そして何かを感じ取ったのか、彼は叫ぶ。
「てめぇ、殺すぞ!!」
殺気を含んだ声色。温厚で優しいアレルヤからは発せられない言葉だった。
目の前に居る彼が辺りを見渡しながら、眉を顰める。
「誰だ……奴は誰だ……?」
「あなた……もしかして……」
「あん?」
発せられた言葉に、彼はすぐそばでしゃがみ込んでいたディーアに視線を逸らした。ディーアを見下ろした瞳はゴールドの瞳。いつもは隠れていた瞳が覗いていた。
目を丸くして自分を見上げるディーアに、彼は口端をあげた。
「……ハッ、お前か、女」
「あなた……」
「おい、あれ!」
瞬間、他の人の慌しい声が響いた。「重力ブロックじゃないか?」と言って窓の外を指している。
彼と共に窓の外を見ると、支柱が破壊された重力ブロックの一部がステーションから切り離されているのが見えた。
「事故か、ご愁傷様だな」
彼はそう言い、口の端を上げた。
雰囲気も言葉使いもその表情も、何もかもがアレルヤとは違った。それもそうだ、この人はアレルヤであってアレルヤではないのだから。
すると彼はどこか面倒そうに頭をかいた。
「出しゃばるなよ、アレルヤ」
「(――ハレルヤ!!)」
突然、頭に声が響いたのは、確かにアレルヤの声だった。
「……ハレ、ルヤ……?」
「ダメだ!!」
叫んだ彼を見上げると、ダークグレーの瞳を揺らしたアレルヤがいた。ゴールドの瞳は、いつものように長い前髪で隠された。
そのまま駆け出したアレルヤの背に、ディーアは呼びかける。
「アレルヤ・ハプティズム!」
「ディーア! ……だめなんだ、僕はあれを見捨てられない!」
アレルヤはそう言って再び駆けだした。
これからのミッションを放棄して、救出に向かうというのか。確かに、このままでは切り離された重力ブロックは大気圏に入り、燃え尽きてしまうだろう。そうなったら、中に居る民間人はみんな死んでしまう。
それをアレルヤは、見捨てることができなかった。ガンダムマイスターとしてのミッションを放棄することになっても、見逃せなかった。
一人取り残されたディーアは、アレルヤが駆けだした方を見つめていた。すでにアレルヤの姿はとうに消えている。
「……ええ。あなたが言うのなら、私は従うわ……アレルヤ――」
ディーアの言葉は混雑した人の雑音で、かき消された。