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想像不可能


営巣入りが解除され、次のミッションを行うため、マイスターはガンダムで先に刹那とロックオンがいる地上に降りる。場所はあの孤島だ。

アレルヤは個室に戻り、パイロットスーツに腕を通していた。スーツに着替えながらアレルヤは黙々と考えていた。

ディーアは僕に殺されたがっていた。
憎いだろうと、許せないだろうと呼びかけて。思考を覆い隠すように、誘いかけて。

もし本当に、彼女の言う通り、超人機関の始まりが彼女の存在だとしたら。ディーアはどれだけの地獄を生き抜いてきたのだろう。

彼女から始まったのなら、実験もまだ手探りだったはずだ。僕のときは既に大方の見当はついていたように思える。

どれだけの痛みを耐えたのだろう。
どれだけの苦しみを耐えたのだろう。

ディーアに初めて出会った日の事を、まだ鮮明に覚えている。

まるで世界の全てを見てきたかのような酷く冷めきった瞳。
太陽を知らないような真っ白な肌。
人を近寄らせようとしない、覆う雰囲気。
外界から自身を遮断するように、袖を長くしてなににも触れないようにした、ベルトの多くついた拘束服のような衣服。
だれでも知っているような当たり前のことは赤子同然に無知で、専門知識と戦闘能力だけが卓越していた。

彼女は、ディーアは、一体どんな思いで――僕を見つめていたのだろう。

アレルヤには想像できなかった。
いったいどんな気持ちを今まで隠していたのだろう。あの瞳に、自分はどう映っていたのだろう。

考えても考えても、得るのは客観的な感想だった。
アレルヤは苦し気に目を細めた。いつのまにか、手は力んでいた。


「(お優しいアレルヤさまには恨めないってか?)」

「っ! ハレルヤ……!」


頭の中からハレルヤの声が響いた。
ハレルヤが起きているなら、自分の考えはすべてお見通しだ。
ハレルヤが今、口端をあげながら喋っていることが、アレルヤにはわかる。


「(あの女が全ての始まりだ。アレさえいなけりゃ、超人機関が作られることもアイツらを殺すことも無かったんだぜ、アレルヤ?)」

「っ、そんなのはただの仮定だ。本当にそうなってたかもわからないし、根拠もない……それだけで彼女を責めるなんて」

「(でも可能性は十分にあった)」

「それでも……っ!」

「(あの女さえいなければ、俺たちがこんなことになることもなかった!)」

「違うっ! 彼女も傷ついた! 彼女も僕たちと同じ被害者だ!」


嘲笑して叫んでくるハレルヤに、アレルヤは悲痛な叫び声をあげて否定し続ける。

そうだ、彼女も傷ついた。彼女も被害者の一人にすぎない。
確かに研究は彼女が始まりかもしれない。彼女から超人機関というものができてしまったのかもしれない。だからといって彼女を責められない。彼女の存在が悪いんじゃない。彼女が居たことに罪はない。ただディーアが不幸にもそれに選ばれてしまった。ただそれだけの、同じ被害者に過ぎない。


「僕は……ただ、彼女を…………」


ギリギリと拳を握る。
そんなアレルヤに、ハレルヤは鼻で笑う。


「(なんだよ。また自分を重ねんのか、アレルヤ?)」

「っ! ちがう……」

「(それともアイツに重ねるか?)」

「ちがう……っ」


アレルヤの脳裏にあの日の記憶がよみがえる。

隣に立っていたディーアが寂し気で、どこか儚くすぐにでも消えてしまいそうだった。酷く悲しく見えた。
初めてディーアに触れた。泣いてるように見えて、指で涙を掬い上げようとしたけど、涙は流れていなかった。氷のように冷たい体温を知った。
誤魔化す様に今度は頭を撫でた。ふんわりと柔らかい感触が伝わった。
息をのむ音が聞こえた。初めてみる表情だった。目を丸くして驚いた様子で、瞳からポロポロと大粒の涙をこぼしていた。ディーア自身でも、流す涙の理由を知らなかった。涙を掬うように、ディーアが手のひらを開いて呟いた。


『――あめが、ふってる』


小さい子供のような、拙い言葉だった。
初めてのことで驚いているようだった。ディーアは涙を知らなかった。
はじめて、本当のディーアを見れた気がした。

確かに、最初は彼女に自分を重ねた。慰めるように彼女に接した。
次に大切だった女の子を重ねた。罪滅ぼしをするように彼女に接した。

わかっていた。ディーアは僕じゃない。ディーアは彼女じゃない。
あの日、初めて僕はディーアにふれた。ディーア自身をみた。自分でもない。彼女でもない。そして僕は心から思えるようになった。日を重ねるたびに、ディーアを本当の意味で大切に思えるようになった。

ハレルヤがまた笑う。仕方がない呆れた奴だと、笑った。
アレルヤは思考を現実に戻す。


「……ハレルヤ。君だって僕と同じだ」

「(あ?)」

「君が僕のことがわかるように、僕だって君のことをわかっているつもりだよ、ハレルヤ」


アレルヤの言葉に、ハレルヤは「俺の事をわかってるだって、アレルヤ?」と嘲笑めいた笑みを含んだ声色で聞き返す。


「誰に対しても容赦ない君が、あの時、ディーアを殺さなかった。それが何よりの証拠だよ」

「(……)」


ハレルヤは言い返さなかった。言い返せなかった。
黙りこくったハレルヤにアレルヤは言葉続ける。


「はじめて意見が合ったね、ハレルヤ。嬉しいよ」


パイロットスーツの上から自分の胸をギュッと握る。
ハレルヤからの返事はない。もう表には出てこなそうだ。

アレルヤは一度瞼を下ろし、自分の想いや気持ちを整理する。そして決断し、ヘルメットを持ってアレルヤは個室を後にした。




△▽




「あれ、またあなた?」

「っは、俺でわりぃかよ」


すでに何度か遭遇したことのある、アレルヤではない別人格である彼を前にして、ディーアが首を傾げた。それに別人格であるハレルヤが吐き捨てる。

そこは展望室だった。ディーアはよくそこにいて、もはやそこが彼女のテリトリーであり、ディーアに用がなければ誰もそこへは立ち寄らなかった。

ガンダムマイスターに選ばれた彼らはその時、連携の訓練やガンダムを使いこなすためにシュミレーションを毎日毎日何度も繰り返し行っていた。同時にヴェーダからプトレマイオスに乗船するクルーが選ばれ、それは遠く待ち望んだソレスタルビーイングが動き出す予兆を示していた。

毎日変わらない宇宙の景色を眺めるディーアの隣に、ハレルヤは手すりに腰を掛けるように窓から背を向いて半身を預けた。


「ねえ、あなた名前はないの? 呼びにくいわ」


この時、ディーアはまだハレルヤの名前を知らなかった。


「呼ばなきゃいいだろ」

「あなたは私を知っているのに、不公平じゃない」

「知りたくて知ったんじゃねえ。アレルヤが毎日うるさいだけだ」


ディーアを気にかけていたアレルヤは、何かあるたびにハレルヤに語っていた。それをハレルヤは鬱陶しそうにしながらも付き合って話を聞いていた。

ディーアがちらりとハレルヤを盗み見る。その時、ディーアはふとあることに気付いた。
ハレルヤは自分を見上げてくるディーアに気付いて視線を彼女に下ろした。


「あ? なんだよ」

「あなたの瞳って……」


ディーアがそっと手をハレルヤに伸ばした。

その日、ディーアの両袖には珍しくベルトがついていなかった。
ディーアの衣服は一言でいえば拘束服。白い生地で、首元を隠し、袖は腕よりも長く袖が余る。腰から下にも足首までのび、左右に腰辺りからスリットが入って前後でひらひらさせ、下はノーマルスーツのような肌にピッタリとしたものを履いている。そして、その服には多くの黒いベルトが装着されていた。首元にはもちろん、服の留め具はベルトでできていた。長く余った袖は巾着の淵を結ぶようにベルトで締め、両手を外界から遮断する。

その両の手を塞いでいたベルトが、今日は珍しくなかった。手を背の高いハレルヤに伸ばしたことにより、袖がするりと滑ってディーアの小さく白い手を晒した。

ディーアの細い指がハレルヤに触れる寸前だった。我に返ったディーアがはっとして伸ばした手を引いた。
ディーアは人に触れようとはしなかった。それを自ら覆そうとした行動に、戸惑っているようにも見える。
ハレルヤは手を引こうとするディーアの腕を即座に掴んで捕まえる。


「っ!」


身体がビクリと驚かせたのがわかる。初めて掴んだディーアの腕は酷く細いものだった。ダボダボの普段の服からはわからなかったが、それに隠された体は酷く華奢で、力をいれればすぐに折れてしまいそうなくらい脆かった。

ハレルヤは掴んだ腕をゆっくりと自分の方へ引っ張った。ディーアが触れようとした位置へ手を連れてくる。その即すような動きに、ディーアは戸惑いながらも従った。

掴まれた腕は離され、両手をハレルヤに伸ばす。
おそるおそるに伸ばされた両手が、ゆっくりとハレルヤの頬を包み込んだ。


「……」


酷く、冷たい肌だった。
自分とは違い、太陽の日差しなんて知らないような色をした肌に合う体温だった。

ディーアの手がするりとハレルヤを撫でた。指が瞳の下をひと撫でして、長く伸びた前髪を払いのけて片側の瞳を覗いた。


「前から思ってたアレルヤとの違和感は、これだったのかな」


見えていた瞳の色はゴールドで、隠されたほうはダークグレーだった。しかし、普段はダークグレーの瞳の方をよく見ていた気がする。
左右で異なる瞳を見てディーアは思った。


「きれい…………」


このとき、ディーアは気付いていたのだろうか。自分が、微笑んでいたことに。
いつもディーアは笑顔を見せることは無い。仏頂面で、笑うとしても口端をあげて薄く笑うぐらいだ。でも、今の微笑みは違った。柔らかくて、年相応にしては落ち着いた笑みだったが、それでもいつもみせる表情とは違った。


「……」


ハレルヤは未だ自分の瞳を指で撫でるディーアに笑みがこぼれ、誤魔化す様にそっと瞼を下ろした。

この時、ハレルヤは初めてアレルヤがディーアに抱いた感情が理解できた。