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元凶


「あ? どういうことだ?」


ハレルヤは目を細め、微かに口端をあげたディーアを見下ろす。
アレルヤはディーアの言葉に衝撃を受け、うまく思考が回っていなかった。それだけその言葉はショックだったと言えよう。

あげた口端を元に戻し、瞼を下ろす。


「あなたたちが超人機関にいたことは知っていた。脳量子波があったから。いまだって、ほら、アレルヤの声が聞こえる」


ハレルヤもアレルヤも言葉を詰まらせ、それには驚いた。脳量子波は伝わってくるが、まさか自分たちの会話さえ伝わっていたとは思ってもいなかった。


「超人機関はわたしが元で始まった研究だよ」


「……は?」思わぬ言葉に、ハレルヤの口から呆けた声が出た。

こんなにもあっさりと、予想もしえない真実が知らされた。ハレルヤもアレルヤも、思考が追い付くはずもない。
ディーアは顔色一つ変えず、閉じていた瞼をあげて見上げてくる。


「……は、お前から始まった? 俺よりガキのお前から始まるわけが……」

「ガキじゃなかったら?」

「……」


乾いた笑みで言ったハレルヤに、首を傾げながら薄い笑みを浮かべる。

確かに、ディーアの言う通り見た通りの姿形が本当のものでは無かったら。しかしそんなことができるのかと、頭の片隅で考える。


「ね、憎いでしょう? 許せないでしょう? 殺したいでしょう?」


誘うような声色だった。でも色気のあるようなそれではなくて、惑わすような、思考に雲を覆わせて誘導させる、そんな声だった。ほのかに微笑む顔がそれに拍車をかけた。

そしてディーアは微笑を飲み込む。


「あなたたちにはわたしを殺す権利がある」


超人機関。そこは人体実験を繰り返す、非人道的な研究機関。世間からは隠され、軍でも一部の上層部しか知りえない。その研究の始まりは自分だと、ディーアは言った。アレルヤはそこで人生を狂わされた。ハレルヤはそこで生まれた。ディーアがいなければ、この研究は始まることは無く、機関ができることもなかったかもしれない。


「……ああ、そうだな」


思っていたよりも静かで、冷静で、落ち着いた声が落ちてきた。

再び身を乗り出したハレルヤの前髪が揺れる。長く伸びた前髪の隙間から、隠れたダークグレーの瞳が覗く。
ハレルヤはゆっくりと両手を伸ばした。大きな両手はディーアの首筋を撫で、丁寧な手つきで包み込む。細い首だった。両手で包めば手が余る。そして徐々に、指に力をいれていく。

圧迫されていく喉元。徐々に力は増していき、空洞が閉ざされていく。呼吸がうまくできなくなり、肺が酸素を求めてくる。段々と苦しくなっていくこの状況に、ディーアは怪しく微笑を零した。


「――やめだ」

「え?」


すっと両手を離され、首元の圧迫がなくなり酸素を通す。息苦しさから解放され、肺に酸素がいきわたる。

さっきまで首を絞めあげていたのに、途端にぱっと手を放して解放したことに納得ができない。ディーアは訝る。


「どうして……」

「てめえを殺して何になる、面白くもねえ。てめえを殺す価値もねえよ」


「価値が……ない……?」その言葉に反応する。
指先がピクリと動いた。ディーアは目を細め、睨みつけるようにハレルヤを見た。


「あなたの人生を狂わした元凶が目の前にいるというのに、殺す理由がないと言うの」

「ねえ」

「……ッ!」


はっきりと、考える余地もなく、言い退けられた。

信じられない、殺す理由がないと何故言い切れる。何故そう判断した。憎いだろう、許せないだろう。この存在がなければ、研究は始まらなかったかもしれない。巻き込まれることは無かったかもしれない。なのにどうして、理由がないと言える。


「死にたがりを殺す趣味はねえ」


ハレルヤは人差し指で、とんとん、とディーアの喉元を触れた。

「違う……」ディーアから小さな声が漏れる。唇はほぼ開かず、ポツリと呟いた。


「死にたがりの、わけじゃ、ない……」

「……」


ハレルヤは瞼を下ろし、そっと喉元から手を遠ざけた。

少しして、覆いかぶさった身体が身じろぐ。上半身を少し起こして、ディーアから距離を取ろうとしていた。


「……ディーア」


不安げな色を持った声に応え、顎を引いて俯いていた頭をあげれば、ダークグレーの瞳が戸惑いがちにこちらを伺っていた。何かを伝えようとして口を開いては、言葉が見つからず、何と言葉をかければいいのわからず、口を閉ざす。
そんなアレルヤを、ディーアは見つめた。


「あなたはわたしが、ゆるせない?」


そう聞けば、アレルヤの身体が一瞬強張った。表情は悲しげに苦しそうで、そっと目を閉じて首を横に振る。違う、そうじゃない、と否定する。
開閉を繰り返していた口がゆるゆると開く。


「僕は……僕たちは、君を……」


伝えなきゃ……伝えないといけない……でもどうやって、この想いを言葉にすればいい。
アレルヤは苦しそうに顔を歪める。床についた両手に力をいれ、拳を震わせた。

そんなアレルヤを見てディーアは、もう彼が自分の欲しい言葉を言ってくれはしないと分かってしまった。苦しそうに顔を歪めるアレルヤから目を逸らす様に、瞼を下ろす。

ああ、ほんとに――


「――へんなヒト」